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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第4章:神の器の奮闘記
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第54話 アルカ山潜入レポート

 ひときわ大きな声とともに、モーちゃんとメーちゃんが勢いよくリビングに飛び込んできた。


「よっ、アルカ山調査隊!おかえり!」


「天貴~!元気になったモ~!」


「べ~~!元気な天貴、好きだベ~!」


 *****


「モ~~!!なんだこれ、しあわせバタ~だモ……」


「サクジュワぁぁぁ!癖になるベ~!」


 クロワッサンを手に、もぐもぐと頬をふくらませる二人組。その頬のふくらみ具合は、もはやゆるキャラマスコット。


 しかし、アリスが椅子を引きながら近づくと、その表情がふっと真面目になった。


「で、モーちゃんメーちゃん!アルカ山どうだったの?」


 モーちゃんとメーちゃんは一瞬お互いの顔を見て、それから少しだけうつむいた。


「アリスと天貴ぃ。前に放牧行ったときの風の精霊、覚えてるベ?」


「もちろん!!死にそうになったし、今でも思い出すと……ゾッ」


 俺は思わず腕を抱えて身震いする。その一言で、俺の隣の忠犬が反応した。


「てててんぱい!?死にそうになったってそれ、聞いてないっすよ!」


 玄太がわたわたと詰め寄ってくる。


「あ~……」


 めんどくさそうな雰囲気に思わず目を逸らす俺。


「まあ、過ぎた事だし?言うほどの事ではないかな」


「きぃぃぃ!風の精霊ぶっ飛ばす!!!」


 そう言って、玄太は何もない空中に向かって拳を振るい始めた。完全に見えない敵と戦ってる。


(……うん、まあ怒ってる玄太は置いておこう)


「アリス!あいつ、山の風の精霊って言ってたよな?」


 俺の言葉に、アリスが思い出すように少しだけ首を傾げる。


「ええ、確か…『我が存在神に在らず、風制す山の意思なり』だったかしら」


 その重々しい言い回しに、少し背筋がゾクっとする。


「姿は見せないくせに、こっちの気配にはすごく敏感だべ!」


「モ!アルカ山に入った者の動きを監視してるモ!」


 その言葉に、アリスの表情が少し曇る。腕を組んで、また“悩める乙女モード”に突入した。


 アルカ山のアルカウッドの大量回収、これはなかなか骨が折れそうだな。


「ねえ、二人とも。アルカ山って、どこまで──」


 言いかけたアリスの前に、モーちゃんがバターまみれの手で一枚の紙を取り出した。まるで“切り札”みたいなドヤ顔で、それを差し出す。


「これ、アルカ山の深部まで草を食みに行った子たちの報告書だモ!!」


「山の精霊も動物さんには警戒が薄いべ~!」


 それを聞いて、アリスの目がきらりと光る。


「さすがだわ!牛のスパイなんて、さすがの精霊でも見破れっこないわよ!」


 期待感MAXで、アリスがその紙をファサッと開いた。……が、そのままピタッと止まった。


 いや、固まってる?


「アリス……?どした?」


 その様子が気になって、俺もちらっと中身をのぞいてみる。


「……っぶは!!!」


 そこにあったのは、文章でも地図でもなかった。ただただ、牛の蹄の跡。動物の足跡スタンプがぎっしりと押されている。


「おいこれ、モーモー語?」


 思わず口から漏れた俺の言葉に、アリスも絶句して固まっている。


「あの、モーちゃん?」


「そこに行った子が言うには、その精霊たちはアルカ山の植物採集に厳しそうだモ」


「ほ、ほう……?」


 俺とアリスはしばらく沈黙してから、そっと顔を見合わせた。


「あとはそこに書いてある通りだモ!」


 言ってる内容はすごく重要そうなのに、紙面の説得力が皆無すぎる。


「で、モーちゃん。これはなんて書いてあるんだ?」


「ん……モは、言葉は分かるけど、字は読めない……不甲斐ないモ」


 嘘だろ。


「アリスやみんなは頭いいから、字読めるモ?」


「う……それは……」


 モーちゃんの無垢な瞳に見つめられて、アリスが軽くたじろぐ。どこまでもピュアなその問いに、「うん」とも「いいえ」とも言えない空気が漂った。


 そのときだった。廊下の向こうから、パタパタと軽快な足音が近づいてくる。


「てんぱーい!起きてたっすよ!」


 玄太が勢いよく顔を出し、その腕にはクータンが抱えられていた。まだ眠たそうに目をこするクータンだが、クロワッサンの香りに鼻がヒクヒク反応する。


「クータンおまえ、一応牛だよな?」


「一応も何も、見てのとおり純度100%の仔牛じゃ」


 いや、どこがだよ!とその場の誰もが頭によぎる。


「ほお?じゃぁモーモー語、読めるか?」


 そう言いながら練乳クリームを挟んだ甘乳クロワッサンを差し出すと、クータンは即答した。


「うむ、我に任せておけ。だてに長年仔牛をやっとらん」


「いや、長年も経ってないけどな」


 そうツッコミながらも、俺たちは期待を込めて紙を差し出した。


 クータンはソファにひょいと飛び乗り、スタンプだらけの紙面をじっと見つめたあと、ゆっくりと読み上げ始めた。


「ふむ……この紙にはこう記されておる」


【アルカ山の中腹の食みレポ】

【味→モモモモ】

【柔らかさ→モモモ】

【総評→安定安心のおいしさ】


(おいこれ、草のグルメレポなのか?)


「ほ、ほう……?それで?」


 突っ込みたくなる気持ちをこらえて、続きを待つ。


「次じゃ」


【深部の草を食もうとすると風が荒れる】

【ボスのミノ太さんが無理やり食みに行った所、三体の精霊に接触】


「んなっ!?いきなり核心きたぁぁ


「でもあの山、あんな奴が三体もいるの!?」


「しかも、深部を荒らす者には容赦しない感じだな……」


 俺とアリスが顔をしかめるなか、クータンはさらに読み進める。


「焦るでない。まだ続きがあるのじゃ」


【ミノ太・アルカ山の深部の草食みレポ】

【味→モモモモモ】 

【柔らかさ→モモモモモ】

【総評→毎日食みたい】


「ふぅむ、我には草の良さが理解できぬ。すまんのぉ」


「いや、そこは大丈夫」


 俺がそう返すと、玄太がしれっと言った。


「なんか草、うまそっすね……アルカ山産ならワンチャンすかね?」


「……ねぇよ」(経験者)


 ********


「私、やっぱりアルカ山行くわ!」


 拳を握って立ち上がったアリスの目は、本気そのものだ。


「行って、風の三精霊に話を付けてくる!」


「ちょ、ちょっと待て!それって無謀じゃねえか?」


 思わず俺は立ち上がりかけた。


 だって、相手は山の風とかいう人外。あの時だって問答無用って感じだったぞ!?


「いいえ!今度はこちらの要求を伝えたうえで、正式に交渉よ!」


 玄太も目をまん丸にしてアリスを見ている。


「いや、それ交渉っていうか、そもそも人外だし、話通じるっすかね?」


 でもアリスは、一歩も引かない。


「通じるかどうかじゃないの。通すのよ!」


 強気なその口調に、謎の安心感が漂う。まるで、すでに山の頂に立っているみたいな目だ。


「ごめんね、玄太さん!多分天貴の力が必要になると思う」


「うん……まぁ仕方ないっすね」


「そうそう、プロデューサー通してもらって……って、おい!」


 俺の意思より玄太の許可が優先されるの、なんかおかしいぞ!?


「いや、てんぱいのスケジュール管理はおれの仕事っすから」


「いや、そういう仕事はプロデューサーじゃなくて、マネージャーな!?」


 思わず突っ込む俺に、アリスはくすっと笑った。


「じゃあ決まりね。明朝、アルカ山に出発よ!」


「早っ!? もうスケジュール決まってんの!? 」


 本当、預言者…いや未来少女の段取りはとんとん拍子すぎて困る。


「てんぱい、覚悟決めるっすよ。山の精霊と交渉とか、めちゃ重要イベントっすから」


「玄太、山の精霊を見てねえからなぁ。優しそうなお姉さんとかじゃないからな?」


「なら安心っす!てんぱいに色目使うお姉さんなら断固反対!」


「え?そっち?」


 とまぁ、こんな感じで玄太はすでに気合い十分。俺よりも張り切ってるの、なんでだ。


「おねがい、天貴。どうしてもアルカウッドが必要なの!最後の話は私が付けるから!」


 頼れるような、無茶を言ってるような。でも、その目は本気だって一目でわかる。


「もう、行くしかねーか。ったく……」


 気づけば俺も、アリスと同じ方向を見つめていた。


 窓の向こう、夕暮れに染まるアルカ山の稜線。


 あの山で、また“風の精霊”と向き合う日が来るとは。しかも三体かよ。


「てんぱいの背中はおれが守るんで、安心して任せてくださいっす!」


「おう……玄太、頼りにしてるぜ」


 とは言ったけど、正直めちゃくちゃ不安。


 明日、俺たちは再びアルカ山へ挑む。目的はただひとつ。あの、風の精霊たちとの交渉だ。


 今度こそ、言葉が届くと信じて。

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