第54話 アルカ山潜入レポート
ひときわ大きな声とともに、モーちゃんとメーちゃんが勢いよくリビングに飛び込んできた。
「よっ、アルカ山調査隊!おかえり!」
「天貴~!元気になったモ~!」
「べ~~!元気な天貴、好きだベ~!」
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「モ~~!!なんだこれ、しあわせバタ~だモ……」
「サクジュワぁぁぁ!癖になるベ~!」
クロワッサンを手に、もぐもぐと頬をふくらませる二人組。その頬のふくらみ具合は、もはやゆるキャラマスコット。
しかし、アリスが椅子を引きながら近づくと、その表情がふっと真面目になった。
「で、モーちゃんメーちゃん!アルカ山どうだったの?」
モーちゃんとメーちゃんは一瞬お互いの顔を見て、それから少しだけうつむいた。
「アリスと天貴ぃ。前に放牧行ったときの風の精霊、覚えてるベ?」
「もちろん!!死にそうになったし、今でも思い出すと……ゾッ」
俺は思わず腕を抱えて身震いする。その一言で、俺の隣の忠犬が反応した。
「てててんぱい!?死にそうになったってそれ、聞いてないっすよ!」
玄太がわたわたと詰め寄ってくる。
「あ~……」
めんどくさそうな雰囲気に思わず目を逸らす俺。
「まあ、過ぎた事だし?言うほどの事ではないかな」
「きぃぃぃ!風の精霊ぶっ飛ばす!!!」
そう言って、玄太は何もない空中に向かって拳を振るい始めた。完全に見えない敵と戦ってる。
(……うん、まあ怒ってる玄太は置いておこう)
「アリス!あいつ、山の風の精霊って言ってたよな?」
俺の言葉に、アリスが思い出すように少しだけ首を傾げる。
「ええ、確か…『我が存在神に在らず、風制す山の意思なり』だったかしら」
その重々しい言い回しに、少し背筋がゾクっとする。
「姿は見せないくせに、こっちの気配にはすごく敏感だべ!」
「モ!アルカ山に入った者の動きを監視してるモ!」
その言葉に、アリスの表情が少し曇る。腕を組んで、また“悩める乙女モード”に突入した。
アルカ山のアルカウッドの大量回収、これはなかなか骨が折れそうだな。
「ねえ、二人とも。アルカ山って、どこまで──」
言いかけたアリスの前に、モーちゃんがバターまみれの手で一枚の紙を取り出した。まるで“切り札”みたいなドヤ顔で、それを差し出す。
「これ、アルカ山の深部まで草を食みに行った子たちの報告書だモ!!」
「山の精霊も動物さんには警戒が薄いべ~!」
それを聞いて、アリスの目がきらりと光る。
「さすがだわ!牛のスパイなんて、さすがの精霊でも見破れっこないわよ!」
期待感MAXで、アリスがその紙をファサッと開いた。……が、そのままピタッと止まった。
いや、固まってる?
「アリス……?どした?」
その様子が気になって、俺もちらっと中身をのぞいてみる。
「……っぶは!!!」
そこにあったのは、文章でも地図でもなかった。ただただ、牛の蹄の跡。動物の足跡スタンプがぎっしりと押されている。
「おいこれ、モーモー語?」
思わず口から漏れた俺の言葉に、アリスも絶句して固まっている。
「あの、モーちゃん?」
「そこに行った子が言うには、その精霊たちはアルカ山の植物採集に厳しそうだモ」
「ほ、ほう……?」
俺とアリスはしばらく沈黙してから、そっと顔を見合わせた。
「あとはそこに書いてある通りだモ!」
言ってる内容はすごく重要そうなのに、紙面の説得力が皆無すぎる。
「で、モーちゃん。これはなんて書いてあるんだ?」
「ん……モは、言葉は分かるけど、字は読めない……不甲斐ないモ」
嘘だろ。
「アリスやみんなは頭いいから、字読めるモ?」
「う……それは……」
モーちゃんの無垢な瞳に見つめられて、アリスが軽くたじろぐ。どこまでもピュアなその問いに、「うん」とも「いいえ」とも言えない空気が漂った。
そのときだった。廊下の向こうから、パタパタと軽快な足音が近づいてくる。
「てんぱーい!起きてたっすよ!」
玄太が勢いよく顔を出し、その腕にはクータンが抱えられていた。まだ眠たそうに目をこするクータンだが、クロワッサンの香りに鼻がヒクヒク反応する。
「クータンおまえ、一応牛だよな?」
「一応も何も、見てのとおり純度100%の仔牛じゃ」
いや、どこがだよ!とその場の誰もが頭によぎる。
「ほお?じゃぁモーモー語、読めるか?」
そう言いながら練乳クリームを挟んだ甘乳クロワッサンを差し出すと、クータンは即答した。
「うむ、我に任せておけ。だてに長年仔牛をやっとらん」
「いや、長年も経ってないけどな」
そうツッコミながらも、俺たちは期待を込めて紙を差し出した。
クータンはソファにひょいと飛び乗り、スタンプだらけの紙面をじっと見つめたあと、ゆっくりと読み上げ始めた。
「ふむ……この紙にはこう記されておる」
【アルカ山の中腹の食みレポ】
【味→モモモモ】
【柔らかさ→モモモ】
【総評→安定安心のおいしさ】
(おいこれ、草のグルメレポなのか?)
「ほ、ほう……?それで?」
突っ込みたくなる気持ちをこらえて、続きを待つ。
「次じゃ」
【深部の草を食もうとすると風が荒れる】
【ボスのミノ太さんが無理やり食みに行った所、三体の精霊に接触】
「んなっ!?いきなり核心きたぁぁ
「でもあの山、あんな奴が三体もいるの!?」
「しかも、深部を荒らす者には容赦しない感じだな……」
俺とアリスが顔をしかめるなか、クータンはさらに読み進める。
「焦るでない。まだ続きがあるのじゃ」
【ミノ太・アルカ山の深部の草食みレポ】
【味→モモモモモ】
【柔らかさ→モモモモモ】
【総評→毎日食みたい】
「ふぅむ、我には草の良さが理解できぬ。すまんのぉ」
「いや、そこは大丈夫」
俺がそう返すと、玄太がしれっと言った。
「なんか草、うまそっすね……アルカ山産ならワンチャンすかね?」
「……ねぇよ」(経験者)
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「私、やっぱりアルカ山行くわ!」
拳を握って立ち上がったアリスの目は、本気そのものだ。
「行って、風の三精霊に話を付けてくる!」
「ちょ、ちょっと待て!それって無謀じゃねえか?」
思わず俺は立ち上がりかけた。
だって、相手は山の風とかいう人外。あの時だって問答無用って感じだったぞ!?
「いいえ!今度はこちらの要求を伝えたうえで、正式に交渉よ!」
玄太も目をまん丸にしてアリスを見ている。
「いや、それ交渉っていうか、そもそも人外だし、話通じるっすかね?」
でもアリスは、一歩も引かない。
「通じるかどうかじゃないの。通すのよ!」
強気なその口調に、謎の安心感が漂う。まるで、すでに山の頂に立っているみたいな目だ。
「ごめんね、玄太さん!多分天貴の力が必要になると思う」
「うん……まぁ仕方ないっすね」
「そうそう、プロデューサー通してもらって……って、おい!」
俺の意思より玄太の許可が優先されるの、なんかおかしいぞ!?
「いや、てんぱいのスケジュール管理はおれの仕事っすから」
「いや、そういう仕事はプロデューサーじゃなくて、マネージャーな!?」
思わず突っ込む俺に、アリスはくすっと笑った。
「じゃあ決まりね。明朝、アルカ山に出発よ!」
「早っ!? もうスケジュール決まってんの!? 」
本当、預言者…いや未来少女の段取りはとんとん拍子すぎて困る。
「てんぱい、覚悟決めるっすよ。山の精霊と交渉とか、めちゃ重要イベントっすから」
「玄太、山の精霊を見てねえからなぁ。優しそうなお姉さんとかじゃないからな?」
「なら安心っす!てんぱいに色目使うお姉さんなら断固反対!」
「え?そっち?」
とまぁ、こんな感じで玄太はすでに気合い十分。俺よりも張り切ってるの、なんでだ。
「おねがい、天貴。どうしてもアルカウッドが必要なの!最後の話は私が付けるから!」
頼れるような、無茶を言ってるような。でも、その目は本気だって一目でわかる。
「もう、行くしかねーか。ったく……」
気づけば俺も、アリスと同じ方向を見つめていた。
窓の向こう、夕暮れに染まるアルカ山の稜線。
あの山で、また“風の精霊”と向き合う日が来るとは。しかも三体かよ。
「てんぱいの背中はおれが守るんで、安心して任せてくださいっす!」
「おう……玄太、頼りにしてるぜ」
とは言ったけど、正直めちゃくちゃ不安。
明日、俺たちは再びアルカ山へ挑む。目的はただひとつ。あの、風の精霊たちとの交渉だ。
今度こそ、言葉が届くと信じて。




