第52話 てんぱいの背中 後半
丸二日間眠っているらしい俺は、ようやく永い眠りから覚めようとしていた。
「う、う~ん……玄太ぁ……朝かぁ?」
「て、てんぱい!!」
「え?うそ!本当に起きた!?」
驚きと喜びが混ざった声を上げ、みんながベッドに駆け寄ってきた。
「てんぱいっ!目、覚めたっすか!?ねぇ、見えてるっすか!おれのこと分かるっすか!?」
「……え?なに……お前、さっきからずっと叫んでたぞ……?」
そう返したその一言に、玄太の目がうるうるモード。
「うお!!マジで起きたぜ!す、すげぇぞ玄太!!」
「天貴さんっ!心配しましたよ!!」
俺が目を覚ますと、全員が俺を見て喜んでいる。
「おいおい、そんな大げさな……」
(って、何この空気。みんななんで泣いてんの?)
俺はキョトンとした顔でみんなを見渡す。
「天貴が二日間も目を覚まさなかったからよ!もう、死んじゃうかと思ったんだから!」
アリスが思わず声を上げ、シーダは涙をぬぐいながら笑っていた。
そんなみんなの様子にようやく俺の頭も、少しずつ現実を理解し始めた。
そして聞かされたのは、自分の背中の痣が、いろいろ引き起こしてたって話。
俺の魔力が変色し始めてること。で、その影響で倒れていたらしいってこと。
そして……。
「玄太ぁ」
「なんすか?てんぱい!」
「お前が苦しんだのは、俺のせいだったんだな」
その言葉に、玄太の目には洪水が押し寄せる。
「て、てんぱぁぁぁ……そんな顔しないでってば。おれが勝手にやらかしちゃっただけで!」
玄太のことは何があっても守るって決めてたのに、その俺が玄太を傷つけたのかよ。
(はぁ……情けなさすぎて、顔向けできねぇ)
思わず、ベッドの上で背中を向けた。今の俺の顔、きっと見せられるもんじゃない。
「グス……てんぱい」
背中から聞こえる玄太の声。
「おれ……てんぱいの背中、嫌いっす!」
玄太のか細い声が、背中にズキッと突き刺さる。
「だよな……怖いよな、俺……」
そうつぶやいた瞬間だった。玄太がいきなり、俺の肩をガッと掴んで、ぐいっと俺の体を正面に引き戻してきた。
「ちがうっす!!」
「てんぱいの背中見てると、どっか行っちゃいそうで嫌なんす」
やめてくれよ。
(そんな顔されたら、何も言えねぇじゃんか)
玄太は、まっすぐで、泣きそうで、それでも俺の目をじっと見つめてくる。
「だから……だから、ずっとおれの方を見ててください!!」
その言葉が、胸にストレートで刺さった。
返す言葉が見つからない。
「ね!?てんぱい!」
で、俺の口からとっさに出たのは、情けなすぎる一言。
「お、お…ぅ……」
何だよこれ、マジで。
(玄太は全力でぶつかってきてくれたのに、俺ってほんとヘタレ)
そのとき、背中の刻印がポゥッと、ほんのり脈動したのを感じた。でも、不思議といつもの痛みはなかった。
むしろ……ちょっとだけ、暖かかい気がした。
*********
「続きは二人でやってね」という謎の言葉を残して、アリス達はクータンを連れて部屋を出て行った。
クータンは「ファミリぃと共にいる」とかなんとか言ってたけど、甘乳パンひとつであっさり陥落。今ごろリビングで甘乳タイムしてるはずだ。
いや、てか……続きとかねえからっ!
ツッコミながらも、俺は一瞬だけ玄太の顔を見て、すぐに視線をそらした。
(……玄太、なんかソワソワしてんな?)
そして、ドアの向こうが静かになったと思ったら矢先。
「……よいしょっと」
ベッドの端がきしんで、玄太がニッコニコしながら乗ってきた。
「おいおい、狭いだろ」
「この前のお返しっす。今度はおれが、てんぱいに添い寝する番!」
「いや、いいって!てか、俺は寝てただけだろ?」
「おれが必要なんす!」
そう言うと同時に俺の肩に、ひょこっと玄太の頭が乗っかる。
(こいつ、テコでも動く気ないな……?)
「じゃあ……少しだけだぞ」
「も~、分かってますって!」
「…………ったく」
「…………」
――やばい。
何がやばいって、こっちは変な汗が出てくる。
「な、なぁ?ちょっとこの部屋、……暑くないか?」
「さっきまで、てんぱいはずっと冷たかったんすよ?この手、おれが温めなきゃ」
そう言って俺の手をギュッと握ってくる。
「………じゃ、仕方ねえ」
必要ないってフリをして、俺の手は玄太の手のひらに無抵抗。手をぎゅっとされると指が勝手に閉じちゃうのって、反射行動だよな?
(まぁ、確かにあったけえ……)
はぁ。それにしても、今日は色んな事が分かった。
背中の痣の事や、魔力の色のこと、それと……。
(添い寝って、してあげるより、される方が恥ずかしいってこと)
でも、さ。
そんなことより……。
玄太の手は、いつも通りあったかくて…。
「ねむっ……………」
俺が小さくつぶやくと、
「……………っすね」
玄太の返事が、まるで俺とリンクしてるみたいに返ってきた。
(今日はこのまま……寝ちゃっても、いいよな……なんて)




