第50話 古強者を超えて
ヒートアイランドの中を平然と進んでくる白銀騎士。
「近づかれたらなすすべがねえ!なんとかあいつが来る前に!」
「てんぱい!もうこれ、解除して逃げっすか?」
「いや、下手に背中を見せたらまずいだろ」
「そ、そっか……そうか!」
その時、玄太の目がキラリと閃いた。
「てんぱい、雨っす!とびっきりのやつを一瞬だけ降らせて下さい!」
「……んあ?どういうことだよ!」
熱も雷も効かないガチガチの騎士にそんなん効くのか?という俺に玄太は早口で説明する。
「てんぱい!今ここ、焼け野原みたいになってるっすよね!?」
「ああ!ヒートアイランドでフライパンMAXだ!!それで!?」
「じゃあ、この灼熱のフライパンに、冷たい雨を急に降らせたらどうなるっすか!」
「そりゃぁ、ジュジュって跳ねて……」
俺はハッとする。
「そうか……気化爆発的な!?」
灼熱の大地に雨粒が落ちれば、水蒸気が一気に膨張を起こす。
まるでフライパンに水滴を落とすように。しかもこれは、異常気象クラスのスケールで!
「てんぱい、やっちゃいましょう!!」
「やるしかねぇ……か。俺達も多少ダメージ食らっちまうかもしれねえぞ?」
「はい!てんぱいと一緒なら怖くねえっす!」
「よぉし、玄太!俺から離れんじゃねえぞ!!!」
両腕を天へ突き上げ、俺はスカイリンクを限界まで開放する。
「来い……!」
ゴゴゴゴゴ……。
「ゲリラ豪雨!!」
黒雲が一気に広がり、雷鳴が唸り声のように空を裂く。
──ザアアアアアァッ!!!
滝のような豪雨が一瞬、熱された地表に叩きつけられた。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチンッ、ジュウウウウウウ……!!
あらゆる場所で瞬間的に蒸発が起こり、蒸気が爆発的に広がる。
「来る……!玄太、丸まれ!!」
「っひ!」
丸まった玄太を、俺は体全体で包みこむ。
そして、背中に熱を感じた瞬間に歯を食いしばると、大気がグンッっと揺れた。
──ボガァァァァァァァァァァァァァァン!!!
超高温の地表+冷水=気化爆発。
膨れ上がった水蒸気が周囲の空気を押し出し、爆音と共に中心から炸裂する。
熱気、爆風、衝撃波。そのすべてが、騎士を包み込んだ。
オオオオオォォォォォォン…………。
白銀騎士の影は、爆ぜる蒸気の中で崩れていった。
*****
爆風が晴れると、そこには体の大部分を失った騎士の骸と青白い光を放つ剣が。
その残った骸もサラサラと風に溶けるように少しづつ散っている。
「……終わった、のか?」
「てんぱい……や、やりました……!!」
玄太が、ずぶ濡れの顔で笑った。
「まったく!俺のプロデューサーは無茶な提案しやがるぜ」
「ここぞって時に決める男なんすよ、てんぱいは!おれの究極のアイドルっすから!」
俺たちは少しの間くっついたまま、さっきまでの事が嘘だったかのように真っ青な空をぼーっと眺めていた。
その時だった。
風に紛れるように、優しい声が古戦場に響いた。
【…………戦士よ……」
風に散っていたはずの骸が、ふと止まる。
そして、その中心。まるで最後の意志が宿るように、剣だけが青白く脈動を始めた。
「……ん?てんぱい?なんか言いました?」
「いや、あれ……」
俺は崩れかけた骸に近づいて声のぬしを見下ろした。するとまた、胸の奥に直接語りかけてくるような声が響いた。
【……あなたたちから……懐かしい匂いがする……】
その声は、どこか遠くの風に混じるように、静かで、柔らかくて……。だけど、言葉の端々には拭いきれない未練のようなものを感じた。
【……私が守れなかったもの……あなたたちなら………きっと………】
「あの!あなたは一体……!?」
そう言うと、剣の光が一層強くなり、次の瞬間、俺の目の前にすっとその柄が浮かんだ。
「てんぱい、これ……くれるって事っすかね?」
「わかんねえけど、多分……」
俺が剣に手を伸ばしかけたその瞬間、一筋の風が吹いた。
その風はどこか花のような香りがした。
(あれ……この風の匂い、どこかで)
そして剣を手に取った瞬間、ふっと力が抜けたように骸はさらさらと崩れて消えた。まるで、俺に何かを託し終えたように、風へと溶けていった。
「あの人、満足できたんすかね」
「ああ。何か、大事なものを守ってた人だったんだな」
ふたりでしばらく、骸があった場所を見つめていた。
*****
農場へ戻ろうと古戦場を後にすると、林を抜けた先でラクターさんと鉢合わせた。
「あれっ、ラクター隊長! 迎えに来てくれたっすか?」
「ああ……少し心配になってな」
そう言ったラクターさんの目が、俺が手に持っている“青い剣”へと向く。
その瞳が一瞬、大きく見開かれたのを俺は見逃さなかった。
「はっ!その剣……どうやって手に入れた?」
「え、あ……いや、その……色々あって……」
俺がしどろもどろに説明しようとすると、ラクターさんは力が抜けたようにうつむいた。
「……いたのか?……騎士が」
「え?あ……はい」
それだけをぽつりと返すと、ラクターさんは少し黙ってから、背を向けて歩き出した。
「………強かったか?」
その問いに、俺は一拍置いてから、はっきりとうなずいた。
「……とても」
「そうか。……なら、いい」
それだけをぽつりと残し、ラクターさんは前を向いたまま言った。
「さあ、帰るぞ。晩飯前には戻りたいからな」
「……はい」
「あの、てんぱい……?」
いまいちピンとこない玄太が歩きながら、不安そうに俺の手を握る。
「うん。大丈夫。……帰ろう、俺たちの農場に」
(俺もよく分からないけど、さ)
「なんか悪い感じはしない……だろ?玄太」
そう言って玄太の手を強く握り返した。
*****
帰りの馬車で、俺たちは手を繋いだまま、しばらく無言だった。
だけど、その静けさに我慢できなくなった玄太が、突然口を開く。
「にしても、ラクター隊長もひでえっすよ!まさか、マジで幽霊出るとか思ってなかったっすからね!?」
「っば、おま!いきなりそれ!?」
俺がツッコむと、すぐ横で手綱を握っていたラクターさんが、とぼけ交じりにぼそり。
「だから、言っただろう?『残留思念があるかもしれん』と」
「いや、“かも”っていうか、それ。確信アリっすよね?」
「玄太、お前……“かも”って言われたら、8割ぐらい出るやつだぞ」
「じゃあもう“出る”って言ってくれたほうが親切っすよ!!」
(いや。出るって言われたら行ってねえだろ?)
そうツッコもうと思ったけど、やめた。
「おれ、てんぱいの腕の中で命の振動感じながら丸くなってたっすからね!?」
「はっはっは、天貴に抱いてもらったのか。役得だったな」
「いや、そうなんすよ!てんぱいから抱きしめてもらってラッキー……って、隊長!!!」
「わっはっはっは!」
そうやって馬車の上でじゃれ合いながら、俺たちは揺れる景色の奥に、農場の風車を見つけた。
「……ま、俺は感謝してるぜ。玄太にな!」
「て、てんぱい……。ズズッ………プロデューサーっすから……当然っす!」
そんな俺たちを横目で見ながら微笑むラクターさん。
「てんぱい!そういや剣なんて使えるんすか?」
「いや、使えねえ!」
「っすよね…」
俺は青い剣先を見つめながら、少し考えてラクターさんに聞いてみた。
「ラクターさん!!この剣、本当に好きにしていいんすか?」
ラクターさんは前を見たまま片手を挙げてひょいひょい振った。
「え、てんぱいどうするんすか!?それ」
「うん、俺でも使える何かに……ノーグさんに相談してみよっかな」
「そういやこれ、さっき青雷吸収してたっすよね」
「うむ、その剣はすべての属性を吸収するエレメタルで打たれている」
属性攻撃吸収の剣?そんなやばいやつだったのか。
「炎も吸収してしまうんで普通の鍛冶職人では鍛えられんが、ノーグのアストラなら何とかなるだろう」
「え、あの人ただの発明家じゃなかったのか……」
「ん?あいつのアストラはクリエイター。鉱物を加工する能力だ」
マジか。じゃあ、あの人にとって農具の発明っていう要素は、単なる趣味的なやつなんじゃ…。
「……お、てんぱい!農場見えて来たっす!飯だ飯だ!」
「ははは、そうだな!飯にしよう!」
「よーし、今日は俺もいっぱい食ぅ……」
その時、突然俺は全身の力が抜けて、玄太の肩にダランと寄りかかった。
「て、てんぱいったら!今日は大サービスっすね」
「………」
「……てん、ぱい?」
「………」
「てんぱい!?」




