第5話 てんぱい、デートする
朝、目を覚ますと少し日差しが高くなってた。
「9時過ぎか…、今日が休みで良かったな」
玄太とクータンは、俺の布団の端っこでくっついて気持ちよさそうに眠っている。
…なんだよ、ケンカしてたくせに仲良しじゃねえか。
玄太とクータンを見つめながら微笑んで、そっと立ち上る。
夜のうちに研いでおいた米の炊飯スイッチをONにして、静かに部屋のドアを開けた。
*********
「うん、うん、心配ないから…うん、また連絡する」
早速、家族に連絡…とはいえ、俺にはもうばあちゃんしかいない。
だから適当に「海外農場留学」ってことで誤魔化した。また連絡できるかは定かではないが、心配させないのが孝行ってもんだ。
その足で、昨夜書いておいた休職願をポストに投函。行き先はもちろんこの農場のおやっさん宛だ。
「面と向かって話すと、ややこしくなるからな…」
こうなりゃ向こうの世界で新種の野菜でも仕入れて凱旋するかな?
そう思った瞬間、ある事を思いついて、農作物の種の保管庫に向かう。
「よし…お前ら、俺と一緒に行くか!」
俺は麻の小袋に色々な野菜の種をまとめて、固く縛った。
早速三つの持ち物のうちの一つが決まった。
慣れ親しんだ作物の種を持っていけるならどこか心強い。
そろそろあいつらも起きる頃かと部屋に戻ると、炊きたてのご飯の香りが!
「あ、てんぱい! 朝飯できてるっすよ〜!」
「ぬしよ、栄養補給の刻じゃ!」
テンション高めの声ふたつが俺を出迎える。テーブルの上には、俺がいつも適当に焼いて食ってるものとは違いタコさんウインナーと玉子やき。
玄太は本当、料理スキル妙に高ぇな。早速、ちゃぶ台に座りでいただきます!
「うまいっすね、てんぱい!ところでクータン、いつもミルクフランスで飽きないっすか?」
「ふむ、甘乳パンはわしの命の源じゃ、問題ない」
そういえば、こいつミルクフランスしか食ってないよな。まあ、一応ミルク製品だし、産まれたての赤ん坊って、そんなもんか。
「さ、てんぱい! 食ったら今日は色々買い出しですよ!」
「ああ、吉田の商店街でも行ってみるか」
「ふむ。ぬしらは遠征か…、留守番は任せるがよい」
クータンはそう言いながら、食後の余韻で早くもウトウトし興味がなさそうにあくびをしている。
任せられねーけどな!と心の中でツッコみつつ、俺は出かける準備をする。
「そういやおれ、あの商店街に最近できたはちみつミルクサンド、食いたかったんすよね〜!」
準備ができた玄太がうきうきと話す。
──その瞬間、クータンの眼光がギラリと光る。
(この感じ、クダンの予言か!?商店街でなにかが──!?)
クータンはズザザザッと動いて、籐で編まれた‟野菜用の背負いかご”に自らIN。
「さあ、我の準備は万端じゃ。玄太よ、背負ってたもれ」
「え、せっかくてんぱいと二人でお出かけなのに!さっき留守番って!」
「否、我はぬしらの行動を見守る使命があるのでな」
どや顔で背負いかごにおさまったクータンを見て、俺はそっと心の中でつぶやいた。
(…いや、絶対ミルクサンドってところに反応したろ?)
吉田の商店街までは、自転車でおよそ十五分。
俺と玄太は、青空の下を風を切って走り抜ける。
玄太の自転車がガタっと揺れるたびに、背負いかごの中でクータンが「ぬぅ」とか「むぅ」とか言っていたが、気にせず豪快に自転車をこぐ玄太を見て、俺はプッと吹き出した。
それから少しして商店街の入り口に到着!
駐輪場に自転車を停めると商店街の入り口では、焼きたてのたいやきの甘い香りが漂っていた。
「てんぱい見てくださいよ!あそこの八百屋のスイカ!昨日より100円安いっす!」
「え?マジ?…って、お前なんでそんな細かいとこだけ正確に覚えてんの?」
安月給の知恵っすよ!と玄太がドヤ顔で胸を張る。意外としっかり者で、こういうとこは俺が見習いたい部分だ。俺なんか、適当にポンと買っちゃうし。
「ところでてんぱい3つの持ち物って、なんとなくは決めたんすか?」
「うーん…それがさ、一つは野菜の種…にしようとは思ってる」
「うおぉぉ!さすがてんぱい賢い!それに農場愛っすね!!!」
無駄にテンション上がる玄太。褒めすぎだろ…。
「でも、あと二つがピンとこなくてさぁ…」
「そっすよねえ‥‥写真とか、思い出っていう考え方もありっすよね」
なるほど、父さんの写真とか形見のテンガロンハットとか、はたまた…。
そう言って、俺はスマホのアルバムにある農場のみんなで撮った写真を眺めた。
「まあ、でも商店街探せば『これだ!』ってものが見つかるかもしれないっすよ!」
「ん、それもそうだな!」
そういって商店街をあちこちと物色する俺と玄太。
「てんぱい!向こうは危険がいっぱいらしいから小型ナイフとか武器兼実用的な物ってどうっすかね」
「うわ~、納得だけどソレのお世話になりたくねえな」
「ははは…っすね!」
この商店街を歩くのもこれで最後か、と思うと悲しくなる。
そんで、玄太とこうして歩くのも…、なんて思いながら玄太の横顔を見つめたら、マジで泣けてきた。
だめだ、こんなところで泣いてたら…と思考回路のスイッチを切り替えようとしたら玄太の背中のかごの中からなにやら不吉な言葉が聞こえてきた。
「…情けなし!…愚かなり!」
何事だ?とかごにかぶせた手ぬぐいを少しめくると、ジト目で睨むクータンと目が合った。
「…ぬしら、ここへ足を運んだ本懐…よもや忘れてはおるまいな?」
俺たちは顔を見合わせ(なんだっけ?)と耳打ちすると、玄太も首をかしげて(さっぱりっす)と小声で返してきた。
「ミルクサンドなる物がこの地にあると聞いて参ったのじゃ!はよぉそこへ行くのじゃ!」
「ガーーーン!!俺としたことが!!!てんぱい!行きますよ!!」
はぁ、こいつらがタッグ組むとかなわねえな…。
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夕日の沈みかけた帰り道、玄太の背中のかごの中では満足そうに、はちみつミルクサンドをゆっくりと味わうクータンがいた。
「クータン!はちみつミルクサンドの味はどうっすか?」
「ムグ…むぅ、母の味が昆虫の分泌液によって魔改造されておるが…まぁ、良いじゃろう」
「ちょ!クータン?はちみつさんにあやまれ?」
と、思わずツッコむはちみつ好きな俺。
「そうっすよねぇ、やっぱうちのミルクフランスが一番っすね!」
玄太も?うん、まあ…いいか。こうして幸せそうにしてる二人の顔を見てるのは悪くない。気を取り直して、俺は玄太と今日の収穫について話し合う。
「とりあえず候補はいくつかGETできましたけど、てんぱい決めれそうっすか?」
「薬とコンパス、奮発してテント一式なんてもの買ったけど…うーんこれでいいのか不安だ」
電子機器がダメとなるとこれがなかなか必要なものが思いつかない。いかに現代人が電子機器に頼って生きているかを痛感する商店街ツアーであった。
農場へ戻る前に、家に戻って着替えをしたいという玄太についていく。
「ちょっと待っててっす」と言って”かご入りクータン”を自転車の荷台に置き、アパートに入っていった。
玄太が戻ってくるまでの間、俺はクータンに何気なく聞いてみた。
「なあ、三日ってざっくり言ってたけど、実際のとこ明後日のいつ頃なんだ?」
「明後日じゃと?…否。我が産まれた日が一日目じゃから。今日が二日目、つまり…明日じゃの」
明日だって!?急に心臓がドクンとなった。
待て待て待て、明日!?こいつが産まれた日はノーカンだと勘違いしていた!おそらく玄太も“Xデーは明日”という心持ちで今日を過ごしていない。
「てんぱ~い、お待たせっす!」
そう言って新しいツナギに着替えた玄太がアパートから降りてきた。
「新しいパンツに履き替えてきたっす!」
「そんな報告はいらないって」
玄太はへへ!と得意げに笑いながら、”かご入りクータン”を背負い自転車にまたがった。
さっきの件をどう切り出そうか迷っている間に、気づけば自転車は俺たちを農場へ運んでいた。
どうやら明日出発らしい。
もし玄太にこれを言ったら…。
(天貴の想像)
「明日!?明後日じゃなくて!?そんなぁ、早いっす!聞いてないっすよ!」
「あ!てんぱい、家族に連絡は!?休職届は!?お、おれは!?どうすればいいんすか!?」
きっとこんな感じで テンパリMAXになるんだろうな。…と考えていると、唐突に空身を読まない一言がクータンから放たれる。
「ぬしよ、先ほどは“刻”まで伝えておらんかったが…、明日の出立は夜間で問題ないぞ」
――――ちょ、クータン!?
唐突にぶっ込まれたXデー情報に、俺は慌てて玄太の顔色をうかがう。
「あ、明日っ…?そっすか…」
あれ?意外と反応が薄い。想像と違う玄太の様子に俺は少し拍子抜けした。
「あ~、それにしても、腹減ったっすね!今日はてんぱいの部屋で晩飯作るっすよ!」
「お、玄太飯!やったね!」
農場内の購買へ夕飯の材料を買ってくるという玄太に一万円札を渡す。
農場内の購買はコンビニスーパーのようなもので24時間年中無休で超便利だ。
「甘乳パンも忘れるでないぞ?」
クータンがエラそうに言う。
「ったく、言われなくても買ってくっす!予言で分からないもんすか!ねえ?てんぱい!」
そう言うと玄太は、俺にクータンを預けて購買へと向かっていった。
「お、おう…」
その返事は、すでにここいない玄太に届くことはなかった。
(いや、言われなくても買う気だったのかよ…)