第48話 てんぱいが特効薬
部屋に起こしに行ったはずの玄太がいない。
「俺に何も言わずに出ていくなんて……珍しいな」
仕方なく、みんなの後を追うように玄関に行くと、そこには寝ていたはずの玄太が!
「なんだよ、玄太!もう起きてたのかよ!」
「てんぱい……?」
事態を知らないまま玄関先にやってきた俺。
「ちょ、ちょっと天貴!」
アリスは一部始終を足早に説明してくれた。でも俺は、いまいちピンとこない。
「洗脳~?玄太が?クータン、これマジのやつ?」
「うむ、ぬしよ。玄太が正気を失って埒が明かん」
しかし、俺は無言で玄太の前に出て目線を合わせる。玄太がいじけた時や泣いた時は、いつもこうしてるから。
「なぁ、玄太……?」
「はいっす……」
「俺は、誰かのものになっちゃうのか?」
玄太はとっさに首を勢いよく横に振る。
「てんぱいは、おれのてんぱいっす」
「……だよな?」
たしかに玄太の言葉にいつもの覇気がない。でも、話す言葉はいつもの玄太だ。
「じゃあ、俺が神の器だってお前に言ったのは、どいつだった?」
俺は玄太の両肩をつかんで、ぐっと力を入れた。
すると、玄太は無言で鶏小屋の女を指さす。
「……は!?なんで?」
鶏小屋の女の動揺を無視して俺は話を続ける。
「じゃあ、お前を最初に不安にさせたのはどいつだ?」
「あ……あいつっす!」」
そう言って、洗濯舎の女を指さす。
「んな!どうなってる!?」
「じゃあ、その不安を煽ってここへ来るように仕組んだのはどいつだ?」
「それは、そっちのおばさんっす!」
玄太はビシッと牛舎の女を指さす。
(なんだよ、やっぱりいつもの玄太じゃん)
「だ、だれがおばさんよ!!?」
「じゃあ、俺は神の器なのか?玄太!?」
そこまで言うと、玄太はくるりと向き直し、農夫たちに向かって思いっきり叫んだ。
「てんぱいは神の器なんかじゃないっす!!てんぱいはてんぱいっす!!!」
玄太の叫びが農場の空に響き渡った。
一瞬、誰もが黙り込む。
その静寂の中で、クータンがぼそっとつぶやく。
「……解けたの」
「はぇっ!?」
「やつはすでに正気じゃ。これぞ、天貴の異世界洗脳療法……」
そして、その場でフリーズしていた三人の女たちは、我に返るとひそひそ密談タイム。
「……!」
「ミミ聞こえた!あいつら三人が失敗したって!ゲドの手先でふ!」
ミミは三人の女を指さし、ありったけの声で叫んだ。
「やっぱそうか、ミミでかした!」
その言葉を聞いたコンバインさんが腕まくりをしながら三人の女に近づいた。
「くっ……ばれたわね」
「仕方ない、逃げるわよ!」
「任務中断、離脱するっ!」
同時に背を向けて逃げ出そうとしたその瞬間。
「おらぁああああ!!!」
雄叫びと共に、全速力で突っ込んで行ったコンバインさん。
ズドン!ズドン!ズドン!とひとりずつ完璧なタックルで容赦なく吹き飛ばす!
「な、なぜ解けた……」
「こいつら、ば、ばけもん……か」
三人の女は、コンバインさんの割とマジのタックルに、なすすべなく崩れ去った。
「隊長のコンバイン、制圧完了です!」
「さすが俺のコンバインだ……って、女にそれは少しやりすぎだ!」
ラクターのツッコミも追いつかない勢いで、見事にSPYファミリーは制圧された。
ニカッ!っとコンバインさんの歯が白く光った。
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洗脳主を失った農夫たちのやがて正気に戻り、それぞれ戸惑いながらもお辞儀をして寮に戻っていった。
「ふぅ……これでひとまず、だな」
ラクターさんがようやくひと息つくと、その腕の中でクータンが、ふんぞり返るように叫ぶ。
「万事解決、すべて我の采配によるものじゃ」
「いや、最後のとこ完全に俺だろ!」
そんなこんなで神の器騒動は一件落着。
そもそも神の器って何?という謎は残ったけど、これでいつも通りの日常に戻れるなら細かい事は気にしない。
「ふう……それにしても、スパイが入り込んでたなんてね……」
「ミミは反省してまふ」
「いいえ!結果的にあぶりだせたわけだし、むしろグッジョブよ!」
アリスがホッと息をつき、ミミはうつむきながらみんなにペコっとお辞儀。
最後はみんなで笑いあい、でも、ちょっとだけ反省会。
「だけど農場のみんな、やっぱり不安だったのね」
「それはそうだろう。国が落ちて家族と別れている者もいる」
「でも俺たちで国まるごと救うなんて、簡単な話じゃねえですぜ?隊長!」
たしかに現実的に見ても、この農場を守るだけで精一杯だ。それは多分、農場の皆も分かってる。
「それでも、不安ってやつは自分の意思で消すことはできないもんな」
俺がそう言うと、みんなもどこか心当たりがあるように考え込む。
「おれはてんぱいがいれば不安なんてないっすよ!」
ドヤ顔で言い放つ玄太。
「よく言うぜ!てんぱいを返せ~って隊長に詰め寄ってたくせに!」
そう茶化したコンバインさんに、玄太は顔を真っ赤にして言い返す。
「だ、だって!てんぱいが誰かに取られちゃうって思ったら心がグルグルして……!でも今は、大丈夫っす!」
玄太はまっすぐ、俺の方を見てニカッと笑った。
「てんぱいは、ちゃんとおれの事見ててくれてるっすから!」
「あーもう、謎に信頼重すぎるんだよ、お前!」
そう言いながらも、悪くない気持ちで俺はそっぽを向いた。
すると、夢中でノートに書きこむミミが目に入る。
「むふ、なるほどなるほど……」
「ミ、ミミさん?」
それにしても、ミミの妄想ノートが巻き起こした今回の騒動。
(これに懲りて少しは控えてくれるとありがたいんだけど)
「天貴氏、それはできない相談でふ」
「はぁ!?やば!今の聞こえた?」
「これはミミの生きがいなんでふ!誰にも止められないんでふ!」
そう言って俺を見る目はまっすぐで、無駄にまぶしい。
(はぁ、どいつもこいつもだぜ)
「てんぱい!イジメちゃ可哀そうですよ!ねぇミミさん?」
「ぶふぉ!玄太氏だいじょぶでふ。イジメられてたわけでは……ぷっ……」
まったく……。
玄太め。このノートに何が書かれてるかも知らないで、いい気なもんだ。
「むふ、やはり玄&天は最高でふなぁ」
そしてミミは、すかさずノートに「玄太&天貴→最推し」とメモを書き加えた。
でもこの時はまだ気づいていなかった。
俺が本当に、玄太“じゃない”誰かのモノになってしまう日が、遠くない未来に迫っていた事を。




