第45話 天貴氏は神の器?
「玄太!クータン!戻ったぞ!」
帰って一番、俺はまっすぐ自分の部屋に戻って、玄太とクータンに帰還報告。
「てんぱーーーい!おかえりなさいっ!」
「首尾は上々か?」
「おぅ!俺ら三人の食い扶持くらいは働いてきたぜ!」
「さすがっす!でも……結構苦戦したっぽいっすね?」
そう言いながら、玄太が俺のツナギをじろじろと見つめる。
「そのツナギ、土と毛だらけっすよ!?どんな戦いしてきたんすか!?」
「いや、マジで軽トラみたいなやつと死闘繰り広げてきたんだって!」
そう言いながら自分の身体を見下ろすと、確かにひどい。
「風呂行ってくる。さすがに今は人としてヤバい気がする」
「了解っす!ちゃんと洗ってくださいね~!」
「部屋に戻る際、甘乳パンを所望する!」
「はいはい」
玄太とクータンの声に見送られながら、俺はふらふらと風呂場へと向かった。
*****
ザッバァァーーン!
「ふ~~、気持ちいいぃぃぃぃ!!!」
「はい!狩りの後のお風呂は格別ですね!」
湯けむりに包まれながら、ベータ君と一緒に湯船に突入。思いっきり汗をかいた後の風呂って、なんでこんなに神なんだろうな!
「今日の紫のお湯、いい匂いだ!この花びら、なんだろ?」
俺が手に取ると、ベータ君がちょっと誇らしげに笑う。
「今日はヒールラベンダーのお湯です!青巒の森に自生してるんで、今日採ってきたんですよ!」
「いつのまに!?薬効もあっていい匂いとか、チート花かよ」
まさに癒しのダブルパンチ。そりゃもう、魂ごと溶けるってもんです。
ガラァァ!!!
「おう、天貴!湯加減どうだ?」
その声とともに、湯けむりをかき分けて現れたのは肩幅バグ級コンビ。コンバインさんとラクターさん。狩り帰りでまだ若干、野生の風まとってる感じある。
「ははは!狩りのあとは風呂が一番だな!」
ザバァァァァァァァ!
ふたりが湯船にどっかり沈むと、豪快な音を立ててお湯が波打った。ちょっと……いや、かなりの迫力。
「天貴!お前のアストラいいぜ!死角でも真上からイケるのはデカいぜ!」
「そんな〜!やめてくださいよ!」
改めてそう言われるとちょっと恥ずかしくて二人に背を向ける。
「いや、コンバインの言う通りだ!それに………ん?」
ラクターさんがふと、俺の背中をじーっと見てきた。
「天貴?お前、背中に妙な痣があるな」
「え?あ~、そういや玄太も同じこと言ってたな」
俺は何気なく笑って流そうとした。
でも、ラクターさんは湯けむりの中で珍しく、真顔になってマジマジと背中を確認してくる。
「薄いが、模様に見えるな?歪んだ天秤のような……」
「え?」
(天秤?なんだそれ)
「やっぱ不思議なやつだな、お前って!」
そう言って痣に手を伸ばすコンバインさんにラクターさんの怒号が飛ぶ。
「よせ!コンバイン、それに触れるな!」
「ふぁ!?はい!隊長!!」
へ??俺の背中で一体何が……?
*****
風呂から上がり着替えをして部屋に戻ろうとしたところ、ラクターさんに呼び止められた。
「天貴。少し時間あるか?」
「え?あ、はい。何か?」
「確認したいことがある」
その言葉に、どこかただならぬ空気を感じながら、俺はタオルで髪を拭きつつ後を追う。
向かった先は、農場の屋敷地下にある、あまり使われてなさそうな書庫だった。
「あれ、ここ初めて来ました」
「そうだな。以前、話したアリスの練乳の件は覚えてるな?」
「はい、確か地下の書庫で見つけたレシピって……まさかここが!?」
ラクターさんが棚の隙間を抜けて、奥の木箱をひとつ開ける。そして、古びた羊皮紙の束の中から、慎重に一枚を取り出した。
「うむ。これを見てみろ」
広げられたそれは、古代文様とともに描かれた紋章の記録だった。
真ん中に、大きく描かれたのは……。
「天秤……?」
「そうだ。傾いた天秤」
そう言うと、おもむろに俺の後ろに立つラクターさん。
「脱げ、天貴」
「え?ちょっ……あっ……ラクターさん……!」
*****
そして、同じ時間。
リビングの隅、ちょっと大きめのソファに、メガネの少女はちょこんと腰掛けていた。屋敷の風呂を借りたあと、タオルを頭にかけたままピクリとも動かない。
途中、ラクターと天貴が一緒に地下へ向かう姿を偶然目撃してしまった彼女。
地獄耳のミミは、その意味深すぎる二人の“密室の逢瀬”に耐えきれず、つい自慢のアストラ【エコーハント】を使ってしまった。
「でゅふ。イケないと分かっていても……ラク&天は見過ごせないでふ」
手には、例のノート。
そしてそのページには、すでにとんでもない妄想……いや、調査記録が追記されていた。
■玄太には内緒! 風呂上がりの情事!
■ラクター&テンキ! 地下密室の暗所密会
■ラクター氏・強引に天貴の服を脱がせる! 天貴の背中があらわに!?
「でゅふ。これは、玄&天危うしでふ」
*****
そして、話は地下室に戻る。
ラクターさんは俺の背中をそっとめくり、じっと見つめた。
「うむ……やはり同じ形だな」
「え!?ええ!??」
ラクターさんが、古びた羊皮紙をそっと広げた。
そこには、天秤のように見えるけど、どこか歪んだ形をした紋章が描かれていた。
「この模様が俺の背中に?」
「うむ。この刻印、クザン・アストレイと呼ばれる神に関係しているようだ」
「クザン、アストレイ……?」
初めて聞く名のはずなのに、どこか胸の奥がざわついた。まるで昔から知っていたような?
(なんか、妙にひっかかるな)
「その存在は実体を持たず、ただ“公平”という名のもとに存在する、この世界を司る神だ」
「神だって?じゃあ、俺ってその神と何か関係があるってことですか?」
思わず声が震えた。ラクターさんは、静かに頷く。
「まだ確証はない。だが、これを見てみろ」
そう言ってラクターさんが別の羊皮紙差し出した。
差し出された羊皮紙には、古い画法で描かれた一枚の絵があった。そこにいたのは、背中に天秤の印を刻まれたひとりの人物。
「この人物、“神の器”と呼ばれていたようだ」
その人物の背後には、うっすらと巨大な存在の影が描かれていたが、輪郭はぼやけ、正体はよく分からない。
ただ、その姿は、風と雲をまとい、空を背負うように立っている。
「神と対話し、その力を借り、世界に何かをもたらした……そんなふうに記されている」
「すごい……まるで、英雄みたいな話じゃないですか」
「そう思うか?だが選ばれし者の名誉の裏には、代償も伴うのが常だ」
ラクターさんの重い言葉が俺の逸る心にブレーキをかける。
「お前は“空”と対話し、天を動かす。まさに神に匹敵する器だと言っても過言じゃない」
心臓がどくんと跳ねた。信じられなかった。でも、俺の背中には、たしかにその痣がある。
「この天秤って、そもそも何を意味してるんですか?」
俺の問いに、ラクターさんは少し黙ってから、口を開いた。
「“均衡”だ。善でも悪でもない。ただ、どちらかに傾いた世界を……正す」
その瞬間、背筋がゾクっとした。それは多分、ラクターさんが俺の背中に触れたせいじゃない。
「この痣、人に触れさせるな!いかなる影響があるか分からん!」
「は、はい」
胸の中の、深いところが冷たくなるような感覚だった。
なんだよそれ。俺はただ、異世界で玄太と楽しく暮らせれば充分なのに。
******
アストラの使用を中断して、ノートに書きこむミミ。
「むぅ?何の話でふかねえ、これは」
■天貴氏の背中に【歪んだ天秤の痣】を確認
■クザン・アストレイ?
■天貴氏は神の器? 神に匹敵する力?
「これは新章突入でふな。続報が楽しみでふ」




