第43話 出動!グレッド・ボア仕留め隊
「お肉の在庫が少ない……!」
アリスの一言で、朝の食卓が完全にフリーズした。フォーク持ったまま、俺の手がピタリと止まる。
「えっと、このベーコンって農場産じゃないの?」
「燻製は工房でやってるけどそれ、グレッドボア。野生よ?」
「野生!?」
俺は思わず、フォークに刺したベーコンをそっと皿に置く。確かにこの農場、食肉の畜産が少ないとは思っていたけど、まさかの野生食材!?
「で、そのグレッドボアって何者なんだよ!?」
「何者って言われても……えっと例えばぁ、天貴が毎日食べてるお肉、ほぼグレッドボアよ?」
「え、マジで?」
知らない間に俺、グレッドボアさんをありがたくいただいていたらしい。初耳だけど胃の中ではすでに何度も供養済みでした。
「農場から西にある青巒の森、そこが主な狩場になるわ!」
さすがこの農場、拠点としてもハイブリッド!
「で、そろそろ狩りに行きたいんだけど、ゲドの動きがね……」
「だよな。狩り行ってる間に農場落ちてました、は洒落にならん」
その時、バァンと音立てて登場したのは、狩猟スタイル全開のラクターさん。
「それならしばらくは心配いらん!」
ゲームなら重低音の効果音がつきそうな巨大弓を背中に引っ提げてる。その反則級のカッコよさに思わず見惚れる。そしてその後ろには、謎な距離感で密着しているコンバインさんがぴったり張り付いていた。
「お父様、心配ないってどういうこと?」
「先日の襲撃失敗で向こうもダメージがでかい。加えて昨日の撃退劇だ。奴らもしばらくは無策では来んだろう」
「ってことは、狩りに行くなら今ってことね!」
ラクターさんが無言でうなずいたのを見て、コンバインさんが拳を握り締める。
「隊長の背中は、この命に代えてもお守りします!」
「頼もしいな、コンバイン。よし、今日は五匹は狩るぞ!」
農場が誇る最強メンツが「撃つぞ!」とか「守るぞ!」とか、物騒すぎるバトル会議。
それというのも、どうやらレッドボアって突撃力が野生のトラックって感じらしく、スイッチ入った瞬間に猛ダッシュしてくるらしい。
だから、矢で撃つラクターさんと、拳でカウンターかますコンバインさんってわけか!完全に弓と拳の最終兵器バディだな。
「おう天貴!相棒の調子はどうだ?」
「玄太はまだ本調子じゃないんで、今日一日寝てるように言ってあります!」
そう言ってクータンと仲良くスヤスヤ眠る玄太を思い浮かべる。
「うむ、無理はさせられんからな!」
「あいつのことだから、そのうち布団ごと飛び起きて来ますよ」
「よぉし!じゃあ今日は私も行くわよ!」
そう言ってアリスは背中に小型の弓を背負った。
「ア、アリスも狩るのか!?」
「もちろんよ。私の弓の腕前、知ってるでしょ?」
それはそうだけど、相手はトラックだぞ。現代女子のSNSじゃあるまいし、何だこの軽いノリ。
(異世界女子、恐るべし!)
「ま、まあデカい個体はちょっと無理だけど…小型のやつくらい狩ってやるわよ!」
「お、おう!お、俺も玄太の食い扶持くらいは!」
てなわけで、本日のメンバーをご紹介!
まずはメインハンターのラクターさん。で、その懐を命がけで守るコンバインさん。 森で導線を確保するために、邪魔な植物を退化させて道を作るのがベータ君。
さらに、仕留めた獲物の位置を記録する情報管理の子に、俺とアリス。
アルカノア農場が誇る最強メンツ、『グレッドボア仕留め隊』ここに結成!
*****
「全員乗り込んだか!?では、青巒の森へ向かう!」
荷馬車の後ろでは、弓矢の手入れをするアリス。ベータ君とコンバインさんは地図を広げて、何やら相談中。
そして俺の隣に座る眼鏡の子。彼女は……初めましてだな。
「おはよう!俺は天貴だ。よろしく!」
そう声をかけると、彼女はうつむいたまま小さな声でぽつり。
「ミミ、天貴氏の事はよぉく知ってまふよ……むふ」
この娘、語尾が溶けてるぞ。
「あっ、天貴!ミミは初めてだった?彼女は農場の情報管理よ!仲良くしてね!」
アリスの説明に小さくうなずくミミ。でもそのまま、スッとノートを開くと、自分の世界に没入していった。
(……情報管理か。そりゃ、今まで顔を合わせなかったわけだ)
ちょっと悪いかなと思いつつ、ついノートをチラ見してみると…中には人の名前がズラズラと並び、線で繋がれていた。
(これ、相関図か!?俺の名前もあるぞ?)
そして目についたタイトルがこれ。
スクープ①:コンバイン氏に恋のライバル登場!?農場の主の心は誰の手に!?
【コンバイン】→♡→【ラクター】←♡←【天貴】
(いやいやいや!?)
さらに下には……。
スクープ②:農場の花婿候補に隠し妻登場!?アリス氏、波乱の婚活事情!
【アリス】♡【天貴】←♡←【玄太(新)】
(待て待て待てぇぇぇ!?)
ミミはノートを指でトントンしながら、“むふふ”と楽しそうににやけている。
(おい!農場の情報管理、問題あり!)
でも……勝手にノートを覗いた手前、何も言えない自分がつらすぎる。
「お、ミミ!前の狩りの記録か?見せてくれ!」
その声に、俺とミミが同時にビクッとする。
コンバインさんはそう言って、無邪気にノートをひょいっと手に取った。
そして、ページを開いた瞬間「んぐ!!」っと硬直した。
直後、ミミが「ふわああああっっっ!!」と焦りまくる。
おまけに俺までなぜか、あたふた。
(いや、なんで俺がこんなに焦ってるんだよ!!)
コンバインさんが、ぐるり俺に振り返った。
「な、なんだと!?てんきぃぃぃ……望むところだ……ッ」
(ひいいいいい!!やめろ!望まないでくれぇぇぇ!それガセネタだから!!)
地鳴りのようなその声に、俺は完全にパニック状態。そして、その様子を見たアリスが超絶に勘違い。
「天貴!初めての狩りで不安なのね!?大丈夫!あなたは、私が守るから安心して!」
(ちげええええぇぇぇぇ!!)
「ぶふぉっ!!おもしろくなってきたでふなぁ」
ミミが満面の笑みでノートを取り返すと、何かを書き加えた気がした。
(それより今、この馬車内にレッドボアより危険なのいるからぁぁ!?)
そんなこんなで、“勘違い馬車”は色んな勘違いを乗せて、青巒の森に到着した。
*****
「この森、空気ヒヤッヒヤ……!」
思わず俺が呟くくらい、森の中は静まり返ってた。鳥も虫も風すら鳴いてねぇ。まるでBGMが止まったRPGのボス前みたいな緊張感。
「さあみんな!気を引き締めて行くぞ!」
ラクターさんの一声で全員がビシッと反応する。さっきまでバカ騒ぎしてたとは思えないくらいの切り替え。
(すげぇ!みんな一瞬で真剣モードだ)
そのまま歩き出そうとした瞬間、背後にぬっと立つ気配。
「おう天貴。後ろは一番危険だ。俺が見ててやるからな」
魔獣ってやつは、熊よろしくバックアタック狙ってくるらしい。つまり最後尾って、むしろ一番の被弾ポジション。
「コンバインさん!ありがとうございます!」
こうして、勘違い中の恋のライバルにも優しいコンバインさんをしんがりに、“レッドボア仕留め隊”はついに森の奥へ進軍を開始した。
でも、リアルに森の中ってマジで道がない。うっそうと生い茂る草木たちが、まるで「お前ら通さねえ」って顔して立ちはだかってくる。
「ベータ!こっち塞がってる!」
「はい、ラクターさん!……プランダッ!」
ベータ君が手をかざすと、道を塞いでた植物たちがしゅるしゅる〜っと退化し、進路が開けた。
「うぉ、すげぇ!まさかの使い方!」
「あはは、そう言われると照れますね。まぁ、なんでも応用ですね!」
そして、森に入って30分ほど経った頃だった。
ミミがラクターさんの横で、スッと右斜め前を指差す。ラクターさんが耳を傾けて「ふむ」と頷くと、静かに「しゃがめ」の合図を飛ばす。
「全員待機!コンバイン、来い!」
「はっ、隊長!」
ラクターさんとコンバインさんが、しゃがんだまま気配に向かって進んでいく。
(おぉぉ、なんか空気変わった……?)
「いる……みたいね」
アリスが耳元で小声。こっちまで緊張が伝染してくる。
やがてラクターさんがスッと立ち上がると、背中から巨大な矢を一本引き抜き、ギリギリと弓を引き絞る。
(うわ、あの矢!玄太の身長くらいあるじゃん!?)
その矢が狙う先。赤いたてがみを逆立て、赤茶色の毛並みがぎらりと光る獣。
「見えた!あれが……グレッドボア!?」




