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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第3章:忠犬はてんぱいを追って
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第42話 おかえり、ゲンタ

 山道を走る馬車は、木々をなぎ倒す勢いで突き進んでいた。車輪が跳ねるたびに視界がガクンと揺れる。


「ラクターさん!このまま行けそうっすか!?」


「行けるもなにも、行くしかないだろ!……はぁっ!」


 ラクターさんの手綱を握る腕に力がこもる。


 その時――


「お父様!あれ!!」


「っく、こんな時に……!」


 前方の林の影から、馬に乗った兵士たちが現れた。鎧の胸に刻まれた紋章。


 ――帝国兵だ。


「あん?なんだあの馬車?」


「おい!あれ、アルカノアの奴らだ!生け捕りだぁぁぁぁぁ!!」


 帝国兵も俺たちの馬車を見つけ、号令と同時に馬を走らせてくる。奴らの怒号と蹄の音が、山道に反響する。


「数は六!いや……七人!このままじゃ逃げ切れねぇ!」


「牽制する!天貴もお願い!」


 アリスが馬車の後ろに立ち、弓を構える。その瞬間、矢じりに淡い光が宿った。


「……そこ!」


 ヒュッ――!


「うおっ!?危ねえ!」


 だが、馬の上で揺れる帝国兵の体を紙一重で外れた。


「くっ……うまく狙えない!」


 俺は立ち上がり、空へと手をかざした。


「青雷!」


 パリッ、と空気が弾け、青白い閃光が走る。だが、青雷も馬車の激しい振動で狙いがぶれ、雷は敵のすぐ横の地面を撃ち抜いた。


「へっ、外したぞ!」


 敵の笑い声が聞こえた。馬車の速度は落とせない。けれど、このままじゃいずれ追いつかれる。


「天貴!奴ら、囲む気よ!」


「分かってる!でも……正確に狙えねぇよ!」


 風が顔を叩き、目が開けていられない。それでも、俺は歯を食いしばった。


「玄太が待ってんだ!ここで止まるわけにはいかねぇだろ!」


 その瞬間、アリスが新たな矢をつがえる。


「なら、私が時間稼ぐ!あんたは一発に賭けなさい!」


「一発って……無茶言うな!」


(動く敵……集団……っは、そういや……)


 風を切る音に紛れて頭に浮かんだのは、ある日の玄太とクータンの会話だった。


 *****


『一騎打ちなら落雷で決まりっすけど、対集団ならやっぱこれっすよねぇ』


『ふむ、“これ”とはなんじゃ?』


『これっすよ!範囲でぶっ放せば命中率100%っす!』


『ほう。ぬしは、旦那に国盗りでもさせる気か』


『いや、国盗りって……ってか、旦那はまだ気が早いっすよぉ……ぷくく』


 *****


「よし、玄太!俺、やってみる!」


(ってか、誰が旦那だっつーの!)


 俺の反応を見て何かを察したアリス。


「……お父様!!もう少しスピード上げられる!?」


「よぉし、お前ら!帰ったら人参たっぷり食わせてやる!全力でいけぇ!」


 ヒヒーーーーン!!!


 ラクターさんの期待に応え限界まで加速した馬車。時間稼ぎで矢を無造作に打つアリスが、肩越しに叫ぶ。


「天貴!もう矢が残り少ない!いったい何をするの!」


 その声に、俺は必死で集中を保ちながら返す。


「いや、分かんねえ!!!」


 アリスが思わず絶句した、ような気がする。


「わ、わかった!もう思いっきりやっちゃって!」


 俺は両腕を広げて、奴らの全員を包むように大きく照準を作る。


「後輩のぉ……あれ?くそっ、なんだっけな」


『荒廃大地が生んだ千の刃よ~っなんてどうっすか!?』


『ぬしは何をいっておるのじゃ』


 あいつの得意げな顔がよぎって思わずニヤケる。


「荒廃の大地が生んだ千の刃よ!!」


(玄太!見ててくれ!)


「異常気象!サンドストーーーーーーム!!!!!」


 ピュルルルルルルル………。


 聞きなれない、甲高い風切り音が響く。


 すると兵士たちの周囲の地面から、突如として風が唸りを上げて立ち上がる。


「なっ……!?風が……地面からっ!?」


 その風は、まるで空が地上の砂を吸い上げるように渦を巻き、兵士たちの馬の足元から螺旋を描いて空へと伸びていく。


「おい……前が見えねぇ!?ぐっ、目が……!」


「ひ、ひるむなっ……ぐっ、いっ!ギャァ!」


 馬車の後方は視界が一気に茶色に染まり、世界がざらついた風音に包まれた。そして、巻き上げられた砂粒が鋭利な牙となって、奴らの装備の隙間を切り裂き、露出した肌を容赦なく削り取っていく。


「ぐああっ!?痛ってぇ!!な、なんだこの砂ァッ!?」


 馬が悲鳴のような声を上げて暴れ、鞍から投げ出された兵士が転がり落ちる。


「くそっ、馬が暴れて!ぐあぁぁぁぁ!」


 敵の隊列はバラバラに崩れ、砂嵐の中へ次々と飲み込まれていった。


「ははっ……これやべえな!どうだ、サンドストームの威力はっ!!」


「砂嵐……す、すっご……!」


 俺は馬車の上で叫んだ。


 アリスは隣でポカンとしていたが、次の瞬間にはしっかりと弓を構えていた。


「よし……追尾なし」


「やったか!?」


「やったわ天貴!お父様!」


 荒れ狂う砂の嵐を置き去りにして、俺たちを乗せた馬車は加速を続ける。


 背後で敵が次々と視界から消えていくのを感じながら、俺は濡れたツナギでガッツポーズを握った。


(パンツの犠牲は、無駄じゃなかったな)


「ラクターさん!やりました!」


「おっしゃぁ!このまま農場まで突っ走るぜ!」


「はい!!お願いします!」


 *******


 ようやく見慣れた防護柵の影が見えてきたころ、馬車は少しスピードを落とした。


「戻ったな……」


 ラクターさんの声が、いつもより低くて優しい。


 俺はツナギのポケットの中、濡れたままの導流晶をそっと握りしめた。


(玄太……待たせたな)


 農場の正門が開くと同時に、駆け寄ってきたシーダ。


「天貴さん!玄太くんが!」


「まだ間に合う!!」


 俺は飛び降りるように馬車から転がり、濡れたままの服も気にせず屋敷の中へ飛び込んだ。部屋の扉を開けると、そこには額に汗を浮かべてベッドに横たわる忠犬がいた。


「玄太……!」


「うぅ……てん…ぱい?」


 ぼんやりと目を開けた玄太が、かすかに微笑む。


「……おれ、死ぬんすか?」


「……ばか!間に合ったんだよ!だから、もう喋んなって!」


 俺は駆け寄って、濡れた手で胸元から導流晶を取り出した。


「アリス!シーダ!これ、これ頼む!!」


 シーダはすぐに俺の手から結晶を受け取ると、玄太の体の上にそっと置いた。


「導流晶を伝って玄太さんに流れる魔力を正常化します!」


 その声と同時に、彼女は両手をかざす。掌から淡い光がふわりと広がり、導流晶が優しく共鳴しはじめる。


 玄太の体が、わずかに震えた。


「っ……!」


 導流晶の内側から、小さな光の脈動が生まれ、玄太の胸へと吸い込まれていく。

 それはまるで、止まりかけた心臓に再び火が灯るように、温かな光を送り込んでいた。


「う……てんぱい……あぁ、すごい楽になってきたっす……!」


「玄太!治ったか!!」


 部屋にいるメンバー全員から「っほ」という声が聞こえてきそうな安堵感が漂った。


「……この石……おれのために取ってきてくれたんすか?」


 そう言って玄太は腹の上の導流晶を握る。その声にいつもの力強さを感じた瞬間、俺は思わず笑った。


「……当たり前だろバカ。お前が俺の忘れ物なら、何があっても守るに決まってんだろ」


 俺がかっこよくキメた、ちょうどその時だった。


 ぐぅ~~~~………ぐぅ~……ぅ~っ…。


「……ん?」


 なんか今、鳴ったよな。いや、明らかに鳴ったぞ。


 それは玄太の腹のあたりで、見事なまでに導流晶に共鳴した空腹音。


「…………」


「……っぷ」


「ふっ……はははははは」


 次の瞬間、俺たちは耐えきれず吹き出してた。


「……えへへ。だって!すっごいお腹減ったんすもん……」


「ぶはははは!バカ!笑わせんなよ!!」


 ホッとしたのと可笑しいので、涙がもう何の感情だかわかんねぇ。


(全くコイツは……でも、完璧なタイミングだな。)


「玄太!回復した途端それかよ!」


「だ、だってぇ……」


 ふにゃっと笑った玄太に、アリスが微笑んだ。


「じゃあ、何か作ってくるわ。消化のいいものがいいわよね?」


「あ、ありがとうございます!」


 そしてアリスとシーダは玄太の額の汗を拭ってから、静かに立ち上がった。


「天貴もツナギ、着替えて!洗っちゃうから!」


「あっ、そっか!サンキュ」


 みんなが部屋を出ていき、扉が閉まると玄太と俺はふたりで残された。


「……なんか、騒がしかったのに、急に静かになったっすね」


「ま、俺らの部屋だし、いつも通りって事で。飯ができるまで寝てろよ、玄太!」


「はい……うっ」


「げ、玄太!?また悪くなったか!?」


「え、えーとっ。てんぱいがちょっと一緒に添い寝してくれたら良くなる、かなぁって……」


 玄太は俺をチラッと見て恥ずかしそうに言った。


「ったく、しゃーねーなぁ」


 やれやれって感じで玄太の横に寝転がると、小さなベッドはいっぱいいっぱいだ。


「ほら!これでいいだろ?」


「はい!三分……いや、五分くらいしたら治るっす!」


(やった!言ってみるもんすね♪)


 満面の笑顔で俺に抱きついてくる玄太から、しっかりとした体温を感じる。


「ツナギ、まだ少し濡れてるから冷たいだろ?」


「いえ!てんぱい、すごく暖かいっす!」


「お、おぅ…そっか」


(なんか恥ずかしいな、こういうの。でも、あったけぇな……)


 少しの間、時間がゆっくりと流れた気がした。


 そして、玄太がゆっくり目を閉じるのを確認してから、俺はようやく腰を上げる。


「寝たか……。とりあえず、着替えっか」


 濡れたツナギのチャックをずるっと膝まで落とし、替えのツナギに手を伸ばす。そして、ばさっと勢いよく脱いだ、次の瞬間。


「ててて、てんぱい!!!」


「んあ?起こしちゃったか?」


 振り返った俺に、玄太が枕から半身起こしかけて目を丸くしている。


「っぷ……ははは!てんぱい、なんでお尻まるだしなんすか!!」


「……あ?うお!?」


 俺はあわてて新しいパンツを探す。


「ち、ちげぇんだ!!これは地底湖で流されて!」


「ぷぷっ!てんぱい、さっきかっこいいこと言ってたけど、ノーパンだったんすねぇ」


「ノ、ノーパンでもかっこいいんだよ、俺は!」


(パンツ一枚、守れなかったけどな)


「はい……そりゃもう!てんぱいは、いつでもなんでもかっこいいっす!!」


「お、おうっ……!」


 自分で言ってたくせに、コイツに言われると急に照れるってなんだこれ。だけど、こうして玄太が元気な声で、いつものリアクションが返ってくるならさ。


「パンツ一枚くらい、くれてやるさ」


 *********


 次の日の朝。


 夜明けとともに目を覚ましたアリスは、農場の見回りがてら、ひとり静かに歩いていた。


「ん~……気持ちい~!今朝は、穏やかね」


 少し肌寒い風が通り過ぎる中、アリスの視線がふと、農場の片隅の小さな用水路に向く。


「…………?」


 なんとなく足を止めて、しゃがみ込む。


 水面をぼんやり眺めていると、視界の端に何かが流れてくるのが見えた。


「……あら」


 そっと手を伸ばして拾い上げると、しっとり濡れた布がぴろりと広がる。


「……え?」


 それは、明らかに見覚えのある青い下着。


「ちょ、これ……まさか!」 


 昨日、天貴が地底湖で流された、あの青パンツ。


 アリスは一瞬、息を呑み、それからこらえきれずにぷるぷると肩を震わせた。


「ふふっ……あの地底湖、まさかここに繋がってるなんて!」


 晴れしらずの山がある北の空を見上げると、まるで“運命の再会”でも果たしたかのようなその奇跡に、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべるアリス。


 彼女はそっと青パンツをハンカチでくるみ、ポケットにしまい込んだ。


「さぁて!天貴がどんな顔するか、楽しみにしておこうかしら」


 朝の農場に、いたずらな笑い声が静かに溶けていった。

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