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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第3章:忠犬はてんぱいを追って
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第41話 さよなら、青パンツ

 テンションが一気に跳ね上がった瞬間、流れに足を取られた。思ってた以上に水流がヤバい。体がグイグイ下へ引っ張られていく。


(落ち着け…焦るな…!)


 その時、視界の奥でひときわでかい岩がどっしり構えているのが見えた。どんな水流にも動じねぇあの図太さはまるで……玄太じゃん!いや、玄太岩か。心の中で笑って、玄太岩目指して思いっきり足をかく。水の抵抗で腕がちぎれそうになるけど、必死に腕を伸ばした。


 ガシィッ!!!


(おっしゃぁ!やっぱり抱き心地!)


 玄太岩をがっちりホールドし、ぐっと体を引き寄せる。その瞬間、足元の水流がズンッと重くなった。岩の下にぽっかりと開いた暗い穴へ水がドゥルドゥルと吸い込まれていく。まるで湖の底に、巨大な排水口でも開いてるみたいだ。しかし、紫色の光は排水溝のすぐ側。


(マジか。あんなギリギリの場所にあんのかよ!)


 喉が、ぐっと鳴った。導流晶までは、あと数メートル。けれど、次の一歩が出ない。

 そのとき――水の音に混じって、あの声がした気がした。しゃべるはずのない岩から、玄太の声。


《酸素ジリ貧っす!一気に決めましょ!》


 ほんの錯覚かもしれない。でも、その一言が背中を押した。小さく笑って唾をのむ。


(ったく、お前はそう言うと思ったよ)


 俺はその玄太岩にしがみついたまま、とっさに思いついたプランBに切り替えた。


(このまま腕を伸ばしても届かねぇなら、いっそ――)


 水の抵抗が重りみたいにのしかかる中、体をひねり足の力を一点に集中させる。俺は逆らうんじゃなく、あえて流れに乗るように玄太岩を蹴り出した。

 勢いに任せて飛び込んだ瞬間、吸い込み口のすぐ脇の導流晶の塊に全力で手を伸ばした!


(うし!掴んだ!?)


 けど、がっつり根付いてて全然抜けねえ!!


(くそっ、ここで離すかよ!)


 足で水底を踏みしめ、腹筋に全力で力を入れると叫ぶつもりで気合を込める!


(玄太が待ってんだよぉぉぉぉ!)


 ミシッ……バキッ!


 岩の奥で何かが割れる音がした次の瞬間、手の中にあった結晶がふわっと動いた。


(…取れた!)


 導流晶を根こそぎ引っこ抜いた瞬間、水流が一段と荒れて背中をグワッと持ってかれる!


(ヤバッ!すぐに離脱!!)


 岩を思いっきり蹴った勢いでその場から離れようとすると、足に何かが絡みつく。見下ろすと、足首にまとわりついた何かがユラリと揺れている。


(っくそ!水草か!?いや、このタイミングふざけんな!!)


 うおりゃぁぁぁぁぁぁっ!!っと全力バタ足。焦りながらそれを振り払い、水面目指して一直線。


 あと少しっ!けど、水が重い。必死に蹴っても、底の方へ引きずられる。腕も足も鉛みたいに動かなくなってくる。


(……ちょ、待て……上、どこだ……?)


 水の冷たさが皮膚を突き抜けて、肺がぎゅうっと縮む。空気を求めて口を開きかけた瞬間、喉の奥に冷たい水が入り込んだ。


「…ッゴッ!!」


 咳き込みたくても咳けない。

 

(やべ…息が…もたねぇ…)


 水面がどんどん遠のいていく。胸の奥がドクンドクンって悲鳴を上げている。けど、その音もだんだん遠くなって…何も聞こえなくなった。




(うそ?ミッション失敗…?)


 ゆっくりと沈んでいく中で、手の中の導流晶だけが、ぼんやりと紫に滲んでいた。

 

(せめてこれだけは届けたかった……)


 でも、頭がぼんやりして、もう何も考えられない。


(玄太………ごめ…………)


 そのときだった。


 ―――『まだ終わらセない……こノ体は、器……』


 声が、聞こえた。


 耳じゃない。もっと深い、体の奥の方に直接響いてくる。


(だ、れ…だ?)


 意識の闇に、微かな熱が走った。



 *****


 一方アリスは、天貴が戻らない地底湖を見つめていた。


「おかしい…天貴、遅すぎる!」


 アリスが靴を蹴り飛ばして上着に手をかけた、その時だった。


 ボッコォォォン!!


 アリスの目の前で、空気の塊が水面にドーンと落ちた。その衝撃で湖面のど真ん中がぽっかり抜け落ちて、水面がドーナツ状に盛り上った。


「なに、これ…?」


 アリスが身を乗り出したその時、湖底の奥からゴゴゴと低い唸りが伝わってきた。


 ドォォォォォォォッ!


 湖底から衝撃波みたいな泡の柱が一気に突き上がった。


「…っ!」


 そして、真っ白な水煙の中をひとりの人影が浮かび上がる。


「ぶはぁっ!!ぜえっ…はっ…取ったぞぉぉぉ!!」


 水柱を割って、飛び出した天貴が導流晶を握った右手を高く掲げた。

 

「バカ…遅いのよ、ほんとに……」


 アリスの目が潤む。安堵と感動が一気に込み上げ、胸の奥で何かがほどけていく。だが次の瞬間、アリスの視線が“ある一点”で止まる。


「――っ!て、天貴!?その、前っ!!」


「前!?魔物か!?」


 慌てて湖に振り返るが、そこにあるのは波打つ水面だけ。


(あれ?じゃあ、前って…?)


「…って、うそだろ!?」


 ふと下半身に目をやると、履いていたはずの唯一の装備がなくなっている。


「うおおおおいっ!?どういう原理だよ!!」


 とっさに、手に持ってた導流晶で前を隠す。キラキラと輝く紫の結晶。魔力の流れを正常化させる奇跡の石が、まさかの最前線をガード。よし、ついでにここの魔力も正常化!なんて、冗談言ってる場合か! 


「見てない!なにも見てないからっ!!」


 アリスは背を向けたまま、必死に目をそらしていた。声が若干震えている。


「ごめんって!今すぐ着るから!」


 慌てて岸に転がっていたツナギに駆け寄り、びしょびしょの身体をねじ込むように滑り込ませた。


「ふぅ…セーフ!」

「いや、ぜんっぜんセーフじゃないわよ!?」


 導流晶を握ったまま、俺はその場にへたり込みながら、びしょ濡れの髪をかき上げた。


「…まったく。カッコよく決めるはずの導流晶GETの瞬間がただのパンツ消失エピソードになるなんて、誰が想像したよ!」

「いや、私は知ってたけど……」


「はい?」


 あ~、あれだ。


「未来視で!?さすがアリス!…じゃあ、二回も見られてんじゃん!」

「仕方ないでしょ!実際に‟起こる未来”が視えるんだから!」


「そりゃそうだ!」


 俺たちは笑いあうと、一気に安心感が襲ってくる。そして、お気に入りの青パンツが吸い込まれた地底湖を後にした。


(いいんだ。パンツ一枚で玄太が救えるなら!!)



 *****


 帰り道、さっきのスライムが大鼠を溶かしている衝撃場面に出くわすアクシデント。


「うわあああ!!溶けてる、溶けてるぅぅぅ!」

「死臭に反応したのね。スライムは世界のお掃除屋さんでもあるわ」


「理屈とかどうでもいいってレベルでエグすぎなんですけど!?」


 さっきまで天井でプルプルしてただけなのに、スライムの下にはすっかり液状化したネズミの残骸がじゅぶじゅぶと泡を立てていた。


「マジ無理!早く出よう。パンツ無しでこの光景はメンタルにくる」

「もうツナギ着てるでしょ!一旦忘れてよ、それ!」


「だって、スースーすんだもん!」


 洞窟を抜けるまで、俺のテンションはだだ下がりだった。そして外に出た瞬間、光がまぶしくて思わず目を細める。


「はぁ。晴れしらずの山が快晴なんて!改めてみるとすごいわ!」


 アリスが驚いたように、見上げた空はまるでずっと昔からそこにあったかのような、青一色の広がりだった。


「すっごい青空!これは、天貴と玄太さんの絆の力だわ!」


 アリスが女優のように両手を広げて空を見上げてわざとらしくつぶやいた。


「いや?晴れてるのは晴れ呼びの石の効果だし、そういうのとは別物じゃね?」

「言わなくていいから、そういうこと!」


 空の下でツッコみ合いながら、濡れた服のまま坂を下りていく。俺は導流晶をぎゅっと握りしめ、ラクターさんが待つ馬車を目指して歩き出した。

 

(待ってろよ玄太。あと少しの我慢だぞ!)


 馬車に揺られ、農場へと急ぐ馬車で一息つくと、頭の上で聞き覚えのある声が響いた。


『ぬしら、大事ないかの』

「っ!?」


 アリスの視線がぴたりと停止し、俺の頭の上を凝視する。


「え?クータン!?なんでここにいるの!?」


 俺には見えないけど、すぐに気づいた。これ、俺の頭の上にクータンの思念体がいる。


『姉上、これは思念体じゃ。気に留めるな』

「留めるわよ!普通!?」


「クータンはこういうやつだ。慌てると損するだけだぜ?早く慣れるしかない」

「な、なるほど」


『……まぁよい。心して聞け』


 思念体の声が、急に真剣に変わる。


『やつの容態が悪化しておる』

「なんだって!?クータン早く言えよ!」


「玄太さん!あと少しだから頑張ってー!」


 原理を理解してないアリスは思念体に向かって叫んだが、当然玄太には届かない。いや、これ電話じゃないからな?


『では、伝えたぞ』


 思念体を見送ると、俺は馬車の荷台に飛び乗ってラクターさんに声をかけた。


「ラクターさん!玄太がやばい!急いでくれ!!」


 前方を見つめたまま、ラクターさんは軽くうなずいた。


「分かった!二人とも、振り落とされんようしっかり捕まっとけ!」


 その瞬間、馬車がグッと地面を蹴るようにして、猛スピードで走り出した!


 ガラガラガラガラガ……!!


 風を切る音と、車輪のきしむ音。


「玄太!あと少し、耐えてくれよ…!」


 道なき山道を突っ切るようにして、俺たちの馬車はアルカノアへ爆走した。

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