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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第3章:忠犬はてんぱいを追って
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第40話 晴れしらずの山

 そして到着した晴れ知らずの山。


 ラクターさんの遠い記憶とアリスの直感で苦労することなく洞窟を発見できた。そして今、俺の目の前に広がる、濃霧と酷い雨漏りでぐっしょぐしょの洞窟。


 中は真っ暗で霧が濃い。天井からはポタポタ水音。


「は~、なんも見えねぇ……見るからに立ち入り禁止って顔してんな」


「話のとおり、このままじゃ入ってもまともに進めないわね」


「……よし、あれの出番だな!」


 俺はポケットの中から、小さな赤い宝石をジャジャーンっと取り出す。


「はれよびのいしぃ~~!!」


 日本人の性で、アニメキャラっぽく粘っこいアイテムコールをしてみる。ポカーンとしてるアリスの横で、洞窟の入り口にさっさと埋める。


「よーし、晴れ知らずの山ぁ!晴れってやつを教えてやんよ!」


 入り口の地中に埋める事5分。なんか、ほんとに山の空気が変わってきた。もやぁっと立ち込めてた霧がスッと流れはじめて、洞窟の奥がぼんやり見えてくる。


「おぉ……晴れてきたんじゃね?」


「ほんと……!ゲドはムカつくけど、すごい力だわ!」


 俺とアリスは顔を見合わせて同時にうなずいた。


 天候操作の大先輩、晴れ呼びの石。「晴れ」に関してはこいつにはかなわねえな。


 一方、山の麓。


 馬車のそばに立っていたラクターさんは空を仰いで、黙って眉を上げた。さっきまでびっしょびしょだった空が、みるみるうちに晴れていく。


「効いたか……アリスを頼むぞ、天貴」


 *******


 暗光石を起動して腰に下げると、アリスとおれはゆっくりと洞窟の奥へ足を踏み入れた。ていうかこの石、暗いと光るってどういう理屈だよ。


「足元気をつけて。岩がぬれて滑りやすいわ」


「おう」


 ピチョーーーン……ピチョーーーーーン……。


 天井からぽたぽたと滴る水。


 静けさが耳に染みてくる。


 ぽたぽたと落ちる水音すら、闇の奥に吸い込まれていくような、閉ざされた世界。


「視界、まだ少し悪いわね」


「な……。空があれば、霧なんて晴らせるのに……」


 そう、俺のスカイリンク。


 空に命令するアストラだから、空が無ければ圏外。だから今回はサポートなしのガチ探索。


 暗光石で照らされた光に浮かぶ、アリスのシルエットがふっと振り返る。


「……天貴、そこにいるよね?」


「おう」


「離れないで。見失うと……簡単じゃない」


「……わ、わかった!」


 一歩間違えば簡単に死ぬかもしれない未踏の地。現代では考えられない場所。けど、そんな空間に自分の足音と息遣いだけが確かに鳴ってる。


 何が出てくるか?この先で、どんな異世界のヤバいやつが待ってるかも分からない。この感覚は正直、わくわくってよりお化け屋敷のハラハラに近い。


(これがダンジョン探索のリアルってやつか。簡単に宝箱出てくるゲームとは違うな)


 そう思った矢先、急に霧がふわりと晴れて目の前の視界がパッと開けた。


 天井が高く、岩がドーム状にせり上がった広い空間。所々に天井に穴が開き、日の光が差し込んで水面に青白く反射してる。


「……うお、急に広っ!こりゃちょっとした絶景だな?アリス」


 と、そこまで言って、気づく。


「えっ、は?アリス?」


 さっきまで前にいたはずのアリスの姿が、どこにも見当たらない。


「やば!さっそくパーティ分断じゃん!!おい、アリス―?」


 と、テンパり始めたそのときだった。


「天貴〜!こっちこっち!!」


 少し離れた足場の向こうで、アリスが片手をぶんぶん振っていた。


「おいぃぃ!?どこ行ってたんだよ!ていうか、どうやってそっち行った!?」


「横から回り込めるわよ!それより、これこれ!」


 アリスが指さすその足元には黄色く発光する結晶が。


「え、まさか……!」


 俺はそばまで近づき、アリスが指差す結晶を覗き込んだ。


「……これ、導流晶なのか!!?」


 俺はしゃがんで結晶を見つめ、手をかざしてみた。すると、じわ~っと体の奥があったかくなるような、妙な感覚が背中から広がっていく。


「なんか少し元気出てくるんだけど!やったか!」


 アリスも隣に膝をついて結晶に触れ、静かに首を横に振った。


「残念だけど、これは活性晶よ」


「活性晶?」


「気力を一時的に高める効果がある結晶よ。確かに今の玄太さんに効果的ではあるけど、根本解決にはならないわね」


「そっか……残念だ」


 ちょっとテンション上がってた分、正直がっかりだったけど、アリスは迷いなく結晶を回収していた。


「使えるものは全部持ち帰る。それが、私たちの農場のやり方よ」


「……たしかに。そうしない道理はねえな」


 活性晶をアリスが手際よく包み、バッグにしまうと、俺たちは再び奥へと進んだ。


「なあ。なんとなく空気が変わってきた気がしねえか?」


「ええ……地下水脈の匂いが濃くなってる」


 おまけに湿気も倍増。足元の岩はさらに滑りやすくなっていた。


「気をつけて、ここから先はたぶん……」


 アリスが言いかけた瞬間だった。


 ──ガサッ!


「っわ!?今なんか動いたぞ!?」


 視界の端で、何か灰色のものが跳ねた。


「足元、気を付けて!!」


 アリスの声に反応して、俺が反射的に後ずさったちょうどその場所。


 岩陰の穴から這い出してきたのは現代でもよく知る、あいつ。


「ぐがががが!やっぱでやがったぁぁぁ」


 大人の胴くらいある、ぶっとい体躯の大鼠が3匹、低く鳴いてこっちを睨んでいた。


「やばっ!こいつ、ネズミってレベルじゃねえ!」


 前歯が変に赤くて長いし、しかも三匹も!これ絶対かまれたら終わるやつだ。


 俺の気配に反応した大鼠どもがガバッと跳ねた、その時!


 ──ドスッ!ドスッ!ドスッ!


 弓を引く音が連続した次の瞬間、三匹の大鼠の額に矢が突き刺さっていた。ドサ!という音とともに、ヤツらはその場で動かなくなる。


「ネツカミ……かまれると厄介。だいたい熱病を持ってる」


 アリスが弓を引いたまま言った。


「ひゅぅ」


(いや、速射で弓矢三連射できる女子って、思わず惚れそうになるぜ)


「天貴!前を見たい気持ちもわかるけど、こういう場所で注意すべきは……」


 言いかけて、アリスは指で前方の斜め上を指す。


「上よ!」


 そっと見上げた先にねっとりとした半透明の塊が、天井にぴたりと張りついていた。


「スライム……」


「うえっ……全然かわいくない」


 イメージではマスコットっぽいのに、現実はただのホラー演出でしかない。


「無機質からって油断しないで!音には反応しない、でも」


「……でも?」


「匂いと呼吸に反応する」


 アリスが、スッと自分の鼻先を押さえる。


「つまり……息を止めて通過するのが正解ってことだな」


(こんな命を賭けた息止めダッシュゲーム、やだな)


 そう言って俺たちは同時に息を止め、スライムの真下を一気に駆け抜けた。


「っぷはぁ!……ところでアリス」


「……ぅん?」


「その、未来視で視たってやつ、導流晶はどういう場所にあったんだ?」


「あ~、えっと……水の……中?」


「え?水中?」


 一瞬耳を疑った俺に、アリスはちょっとだけ困った顔で答えた。


「多分、地底湖の中。だから私、ずっと地面に流れる細い水脈がどっちに流れてるかを意識して進んでるのよ」


「マジか。ってか、導流晶って水中にできるんだ!?」


「詳しくは知らないけど。私が視たビジョンではって話……その、導流晶を持った天貴が、そのぉ……裸で嬉しそうに出てきてたから……」


 アリスは言いにくそうにそう言うと、前を向いたままスタスタ進んでいった。


「裸……いや、潜るなら当然だろ?」


「そう、よね。うん、おかしくない。そうのはず、なんだけどぉ……」


「なんだよその言い回し、なんか引っかかるな。俺、湖で何かトラブるのか!?」


「さ、さぁ?」


 アリスの微妙な反応が気になりつつも、俺は首をかしげながら彼女の後ろを追いかけた。


「でも、やるっきゃないでしょ?天貴!」


 たしかに導流晶が確実にあるなら、湖の中だろうが必ず持ち帰る!それが、今俺にできる唯一の行動だ。


(たった一つの希望を探しに来たんだ。泳ぎだってなんだってやってやらあ)


「で、アリス。水の流れ、合ってるんだよな?」


「ええ。少しずつだけど、足元の勾配が下がってきてる。あ、魔石!」


 足元に気を配りながらも、めぼしいものがあるとしっかり回収していくアリス。


 そして俺たちは、水音が次第に大きくなる方へと慎重に進んでいった。俺たちは声を潜めたまま、足を止めずに進んでいく。


「水の勢いが増してきた、近いよ」


 その言葉の直後、視界がふっと開けた。


 霧が白く立ちこめる広い空間。頭上の岩からぽたぽたと雫が落ち、地面に水が溜まっている。それが少しずつつながって、奥の方でひとつの水面になっていた。


「……湖?」


 薄い光を受けて、静かに揺れる水面に俺たちはしばらく、言葉も出なかった。


「……ついたわね」


 アリスがそっとささやいた。


「よし。ここからが、本番だ!」


 アリスの視たビジョン通り、ツナギを脱いでパンツ一枚になって気合を入れる。


「んじゃ、一丁潜ってくらぁ!」


 アリスは一瞬、俺を見たけどすぐに目を伏せて静かに頷いた。


「導流晶は紫色に発光してる。見ればわかると思うけど、無理はしないで!」


「ああ。でも、玄太が待ってる!」


 深呼吸してから、ぐっと息を止める。


 ――冷たっ。


 肌を刺すような水の冷たさに思わず肩がすくむ。それでも、迷わず湖に足を踏み入れた。


(でも……綺麗だ。あいつにも見せてやりてえな)


 全身を沈めると、目の前の世界が一気に変わった。


 光がゆらりと射し込み、岩肌を照らしている。水は想像以上に澄んでいて、息を呑むほど静かだ。魚も、泡も、動くものが何ひとつない。


(……助かったぜ。導流晶を守りしなんとか、なんてのが出てこなくてな)


 胸の奥で小さく笑いながら、俺はゆっくりと底を目指した。そのまま水底に向かって泳いでいくとなにか、様子がおかしい。


「コポッ……」


 水の流れが変だ。真下に引っ張られるような感覚が、足に絡みついてくる。


(なんだ?水の中なのに引力?)


 目を凝らすと、湖底の岩の隙間に、黒くぽっかり空いた穴があいていた。まるで、お風呂の栓でも抜いたかのように、水流がそこに向かって吸い込まれている。


(うおっ、マジか……!?)


 反射的に距離を取ろうとしたが、タイミングが遅かった。流れは思ったよりも強く、身体が徐々に引っ張られる。


(やっべっ!)


 必死に足をかき、なんとか岩肌をつかもうとする。だがそのとき、吸い込み口のすぐ近くに紫色に光る結晶の塊が見えた。


(あった!間違いねえ!あれが導流晶だ!)

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