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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第3章:忠犬はてんぱいを追って
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第37話 甘乳パンは、世界を救う

 そして次の日の朝。


 俺に手を引かれた玄太は、眠そうに目をこすりながらふらふらとついてくる。


「ふあぁ……てんぱい、朝から牛舎っすかぁ?」


「違う違う! お前の一番好きな場所に行くんだよ!」


「好きな場所ぉ……?フードコートすかぁ……?」


「っば!んなもんあるわけねえだろ!キッチンだよ!」


「ふぁっ!? キッチン!?」


 キッチンの四文字で一気に覚醒した玄太。まるで犬が“おやつ”って聞いた時みたいにシャキッと立ち直る。


「おっはよお!!」


 俺たちはキッチンの扉を開けると中ではアリスとシーダさんが朝食の準備中だった。


「おはようございます!」


「おはよ~!こんな朝早くからめずらしいね。どしたの?」


(玄太、今回の主役はお前だ!)


 俺はニヤッとして玄太の背中をポンと押す。


「アリス!シーダさん!今日の朝飯、玄太に任せてくれないか!?」


「へっ?てんぱい!?」


 玄太が目をまん丸にして俺を見上げると、すぐに得意そうな顔に変わった。


「よぉし!だったらてんぱいの好物を……!」


「ちっちっち!」


 俺はピッと人差し指を立てて横に振りながらニヤリ。


「玄太!俺たちの甘乳パン、作ろうぜ?」


 数秒の沈黙。


 玄太の顔が、じわじわと笑顔になっていく。そして、目をきらきらと輝かせて、コクンと大きくうなずいた。


「は、はいっっ!任せてくださいっす!!!」


「よし!そうと決まれば、早速取り掛かるぞ」


 そう言って、玄太とガッチリ腕を交わせる。


「楽しみにしてるね!」と笑いながら出ていったアリスとシーダさんを見送って、俺たちはキッチンモードに突入。


 よし玄太!今日は俺たちの味で、この世界の常識に一発かましてやろうじゃないか。


「で、玄太。甘乳パンの決め手って、あの白いクリームだよな? あれ、作れるのか!?」


「もちろんす! それにはまずは練乳っす!」


 さすが食いしん坊!即答だ。


「ふっふっふ……そこで気づいてしまったのだよ、玄太くん」


 乳製品の工房を覗いた時だ。チーズとバター、ヨーグルトの存在は確認したけど、練乳っぽいものは無かったんだよな。


「んんっ!?」


「この世界。ひょっとしたら練乳って物自体が存在していない可能性が高いっ!!」


「ってことは……なるほど! 練乳を異世界でデビューさせてみんなをびっくりさせてやるっってことっすね!?」


「だな!ってか、クータンの主食も必要だしな!」


「昨日も、むぅむぅ言いながら仕方なくチーズのパン食ってましたもんね」


 二人でニヤリと笑いながら、俺たちは調理台へまっすぐ向かった。


「いきますよぉ!てんぱい異世界練乳プロジェクト、スタートっす!!」


「玄太、違うぞ!」


「え?」


「玄太の異世界食いしん坊プロジェクトだ!」


 *****


「まずはバターっとぉ。ペロッ………お、無塩バター発見っす!」


「バター使うんだな?中に塗るのか?」


「ちがうっす!これを今からガァァァって練って、クリーム作るためのベースにするんすよ!」


「へぇ、玄太やっぱすげえな……じゃぁ、牛乳もいるか?」


「はいっ!砂糖と牛乳を一緒に鍋にぶちこんでください!」


「よーし……っと、入れたぞ!」


「ナイスっす!じゃあてんぱいは、それをトロトロになるまでお願いするっす」


「おう!魔導コンロは強火でも焦げないから安心だぜ」


「マジっすか!じゃあ、分量増やしますんで大量に作れるっす!」


「ぅおぉ!えっ?えっ!?そんなに?マジかよ……! 」


 そして1時間後──。


 ドンッ!!


「てんぱい!練乳クリームできましたっす!!」


 玄太が持つ鍋の中には、つやつやの、とろりとしたあの白い液体。


「おぉ、これがあの!?」


 指ですくって舐めてみると、少し懐かしい甘さが口いっぱいに広がった。


「間違いない、これだ!お前すごいぞ、玄太!」


「えへへ……うれしいっす!!」


 次々とフワフワのパンにそれを挟み、大量の甘乳パンが積みあがっていく。


「よし、完成だな!アルカノア農場初、玄太印の甘乳パン!」


 *****


 キッチンから立ち上る甘い香りは、いつの間にかリビングにまで届いていた。香ばしいような、やさしいような、幸せの予感がする匂い。


「じゅる……な、なんだ?このよだれもんの匂いは!?」


「玄太さんがなんかすごいもの作ってくれるみたいですよ!」


「モッ!モッ!モッ!早く食べたいモ~!」


「べェェェェ~~!待ちきれないべ~!」


 ぞろぞろと、農場の面々がリビングのテーブルに集まり始める。


 気がつけば農場オールスター状態。まるで祭りの前の騒がしさみたいに、ちょっとそわそわしていて、ちょっと楽しみで、みんな目をキラキラさせていた。


「時、来たれり!」


 その中央には、甘乳パンを誰よりも待ち望んでいるクータンの姿があった。


「お待たせしましたっす!!」


「み、みんな待ちわびすぎだろ!」


 そしてリビングのテーブルに、ドンっと置かれた大量の甘乳パン。


 クータンはその短い前脚でポフッと一つ手に取ると、まるで、伝説の料理人の最終審査が始まるかのように誰もが、固唾を呑んだ。


 ————ぱくっ。


 クータンが、ひと口食べた瞬間。


「…………はっ……」


「…………は?」


 皆が息を呑んで見守る。


「………母の味、ここに極まれり!」


 その言葉が放たれた瞬間──。


「うおぉぉぉぉぉ玄太!大成功だ!!!」


「クータンが認めたっす!間違いないっす!!」


 歓声が爆発し、農場のみんなが一斉に手を伸ばす。


 次々とみんなの口に運ばれていく甘乳パン。


「ちょっと……な、なにこれ……!?」


「やっば、うんまっ!!」


「んんんん!!初めて食べるのに、懐かしい味がする……!」


 笑顔と驚きが、ぱぁっと広がった。


「もぐもぐ……んぐ。美味なり……美味なり……」


 数日ぶりに味わう甘乳パンに、クータンはぷるぷると震えながら目を潤ませた。


「ぬしらよ……我はまたもぬしらに命を救われた。この甘乳パンある限り……この農場は未来永劫栄えるであろうぞ……!」


「ぶはっ!クータン!大げさっすよ!」


 その言葉に笑いが起きる中、コンバインさんは本気で泣いていた。


(やったな、玄太!)


 この世界に、練乳が初めて誕生した日だった。


「みんな!この玄太印の甘乳パン、いつか農場で売り出しましょう!」


「天貴、ナイスアイデア!また城が建つわ!」


「みんな!玄太はまだまだ美味いもん生み出しますよぉぉぉ!」


 甘乳パンを片手に、俺は派手に宣言してみた。


「おぉぉぉぉぉぉ!!」


 期待通りに湧く歓声。


「おお!俺はこれを毎日食べたいぞ!玄太ぁ!!」


「ライラも、お手伝いさせてください!」


 リビングにいるみんな大歓迎の満場一致だ。


「みんな、それって……おれの“好き”が役に立つってことっすか?」


 皆は黙ってうんうんとうなずいた。


 これが、玄太の“うまっ”から生まれた、この世界でたったひとつのチカラだ!


「ありがとっす、みんな……ありがと……てんぱ……」


 その様子を俺は嬉しく見守りながらも、玄太だけを“特別枠”にして守ってる自分に気づく。


(これで、めでたしめでたしってか?)


 理不尽なこの世界の在り方を否定しながら、自分の価値観で玄太を優遇してる。


(それって結局、この理不尽な世界を認めてるって事じゃねえか?)


 テーブルの向こうで、玄太がこっちを見て手を振った。口の端にパンくずつけたまんまで、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「てんぱ~い♪」


「ん?なんだ?」


 油断した一瞬、俺の口にガボォッと甘乳パンを突っ込まれた。


「久々の、目覚めの一本っす!」


「もがぁっ、おま!」


 エヘヘと笑う玄太の笑顔が、すっと胸に落ちる。


(モグモグ……ごくっ……そうか)


 たとえこれがエゴでも。正しさに背を向けていたとしても。


「玄太が隣で笑ってくれるなら、俺はそれでいい!」


 なんだか今日は、背中が軽い。


 *****


 皆で甘乳パンを楽しんでいると、リビングの扉がキィっと開いた。


「お父様ぁ!」


 アリスがぱっと声を弾ませる。


 現れたのはラクターさん。アルカノア農場の屋台骨だ。


「ちょうどよかったわ。これ、玄太さんが作ってくれたの。ぜひ食べてみて!」


 にこっと笑って差し出すアリスの手には、出来立てホヤホヤの甘乳パン。


 なんか、娘が父親に100点のテストを見せるみたいなノリ。


「……なぜかすごく懐かしくって、大好きな味なの!」


「ほう?それは旨そうだな」


 ラクターさんは目を細め、静かにパンを受け取った。そして、俺たち全員の視線が集まる中でひと口、そっと噛みしめた。


「ゴクッ……こ、これは懐かしいな!練乳か!?」


「練乳?お父様、この味を知ってるの!?」


(いや、ラクターさんサラッとすごいこと言ったぞ?)


 そして、次のラクターさんの言葉は、アリスの驚きをさらに上回った。


「うむ。赤ん坊のころのアリスが唯一、口にしたものだ」


「私が?」


 アリスがぽかんと口を開ける。


 その声にラクターさんがハッとしたように一瞬目を伏せた。次の言葉を飲み込んだように、ピタリと口をつぐんでしまう。


(何だって?じゃあ、なんで練乳のレシピが無かったんだ?)


 ラクターさんはパンを見つめそのまま黙り込むと、リビングにしんとした空気が流れる。


(……ど、どした!?)


 あまりの真剣さに、場が妙な緊張に包まれたその瞬間だった。


「……しかし、これは美味いな!」


 短く、けれど確かにそう言って、もうひと口パクり。その食べ方は豪快で、ちょっとだけ嬉しそうに見えた。


「うへへ!ラクターさんに認められるとは、光栄っす!」


 玄太がくしゃっと笑うと、空気がふわっと和らいでみんなの談笑が戻ってきた。


「玄太印の甘乳パン、アルカノアの名物おやつだな!」


 襲撃でボロボロだったはずのこの場所に、また一つ、笑い声が増えた気がした。

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