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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第3章:忠犬はてんぱいを追って
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第36話 空と、君のあいだに

 アグリスティア王都。


 かつて笑顔と活気にあふれていたこの場所は、今や重苦しい沈黙に包まれていた。


 市場に響いていた果物売りの声も、行き交う市民たちの笑い声も消え失せ、石畳の通りには倒された屋台や、ひしゃげた看板が無残に転がっている。


 その中を、軍靴の音を鳴らしながら歩く男がいた。


「ふん、しけたツラしやがって。俺がこの国を無能な王から救ってやったというに」


 赤いマントを翻し、街を闊歩するゲド。その背後には、彼直属の私兵たちが無言で付き従っていた。


 すれ違いざま、通行人の一人の服を乱暴に引き寄せ、ゲドは吐き捨てるように言い放つ。


「おいてめぇ、なんだその目は。俺が誰だかわかってんのか?」


 市民は顔を背ける。だがその瞳には恐怖ではなく、冷たい諦めと軽蔑が宿っていた。


(……この国を帝国に売った裏切者、ゲドめ)


 その無言の視線は、何よりも痛烈だった。


 私兵たちは店の看板を蹴飛ばし、気まぐれに野菜の山を潰しては笑う。ゲドは通りの端に置かれていた小さな花壇を、つまらなそうに蹴り飛ばした。


「将軍!あのカフェの女、今日は逃げたようで」


「逃げたぁ?裏路地にでも隠れたか?」


「はっ。すぐに見つかるかと」


「ふん、見つけ次第連れてこい。アレが今夜のおもちゃだからな!」


 にやりと笑ったその時。石畳を踏む、異質な足音が近づいてくる。


 それは漆黒のローブをまとった帝国の使者。仮面越しにのぞく鋭い視線が、すべてを見透かすようだった。


 使者はゲドの前に静かに立ち、低く通達する。


「将軍殿。即刻、城へお戻りを。街での私兵による武力行使、破壊、並びに民間人への不当拘束。すべて、帝国法により禁じられております」


「はあああ!?誰に口きいてんだてめぇは!!俺はこの国を落とした英雄なんだぞ!?」


「その英雄は、帝国から貸与された玉座に座っております。それをお忘れなきよう」


 無機質な声が、ゲドの怒号をすっとなぎ払った。その瞬間、後ろに控えていた私兵たちの動きがピタリと止まる。


 ゲドが振り返ると、彼らは誰一人として目を合わせなかった。仮面の下で沈黙を保つその姿に、逆らえない何かを察しているようだった。


「……チッ、わかったよ。戻ればいいんだろ、戻ればよ!!」


 ゲドは舌打ちし、怒りを隠そうともせずに踵を返した。


「だがなアルカノア。あの農場だけは、絶対に潰す。俺様の手でな……!」


 そして、数刻後。


 ゲドは玉座に身を投げ出すようにもたれかかっていた。


 そこは、かつてアグリスティア王国が誇った謁見の間。今は帝国軍によって薄暗く改装され、栄華の面影はもはやない。


「なぜだ……なぜ、あんな農場に俺様が……!」


 ギリッ、と拳を握りしめるゲドの前で、帝国の使者が淡々と報告書を読み上げていた。


「報告によれば、数度のアルカノア農場襲撃にて突撃部隊の約三割が負傷。作戦の失敗を帝国軍中枢は重大事と認識しております」


「黙れ……!」


 ゲドが低く、唸るように声を漏らす。


「貴殿の失態はすでに本国に報告済み。戦略責任者の更迭が検討されています」


「ふざけるな!!」


 ゲドが立ち上がり、赤絨毯を蹴飛ばす。


「俺はこの国を落としたんだぞ!?農場一つに手こずっただけで更迭だと!?」


「……ご理解いただきたい。貴殿が今座しているその玉座も、帝国の慈悲にて貸与されたものであると」


 使者の声音は、あくまで平坦だった。だが、その中に込められた冷ややかさは、ゲドの喉元を鋭く締めつけるようだった。


「誤算は、農場の抵抗だけではありません。スカイリンクと呼ばれる天候操作のアストラによって、火災が無効化されたことが確認されています」


「……スカイリンク?あの小僧か……」


「自然現象を操るアストラは前例が少なく、研究班も対応に苦慮しています。帝国としても警戒すべき対象と認識されつつあります」


 ゲドは歯を食いしばる。


 あの時、炎の空を割って現れた金色の雲。あれは、ゲドの知る魔法ではなかった。


「俺が、あんな小僧場にっ」


 かすれた声で、ゲドは呟く。


「……このままで済むと思うな」


 その瞳に灯るのは、もはや名誉や忠誠ではなかった。


 ただ静かに復讐という名の狂気だけが、じりじりと燃えていた。


 ***********


 そして翌朝のアルカノア農場。


 昨日の襲撃の余韻を残したまま、農場には朝の光と土の匂いが戻っていた。焦げた柵、ひび割れた樽。戦いの傷跡は、あちこちに残っている。


 それでも。


「グロウ!こっちの柵の復旧たのむ!」


「はい!ラクターさん!」


「シーダ!まだ生きている苗や種を植えなおして!」


「分かったわ、アリス!」


「おらー!ダストラ組は俺に合わせてひたすら手ぇ動かせー!」


 そしてコンバインさんの元気な掛け声に、踏み荒らされた畑の復旧作業のリズムが乗っていく。羊は除草、牛は踏み固め、風車はまだ止まったままだが、みんなの動きは力強い。


「ミノ太、あと一歩前だモ!もう一歩!」


「ブモォォオ!」


 モーちゃんとミノ太の連携も絶好調。羊たちも焦げた草をきれいに食べながら、畑の再生を助けていた。


 そんな中、スイカ畑で割れたスイカをかたずけていた玄太。


「あれ?なんだこれ……?」


 土の中から現れたのは、スイカと同じ色の赤いネックレス。


「アリスさんのかなぁ?後で渡そうっと!」


「おーい、玄太君!


 農夫のひとりがクワを手に、声を上げた。


「はーい!今行きます!」


 そう言って赤いネックレスを胸のポケットにしまい、耕し班の列に飛び込んでいった。


「てんぱ~い!この爆裂クワ、マジやばいっすね!」


「んー!だよなー!」


 無邪気に笑う顔。


 周囲のアストラ持ちは、地面をなぞるようにサクサクと土を耕していく。でも玄太は、汗をかき、肩で息をしながら、クワを振り続けていた。


 でも、わかる。あれは“気を遣ってる”顔だ。


 アストラを持たない人たち。もしくは、“持ってるけど使えない”と判断された人たち。


 この農場は、そんな彼らにも役割がある場所だ。


 アリスとノーグの工夫。みんなの理解。誇れる環境だと思う。


 でも、それでも。どこかで「線引き」はある。


「よし、この区画は完了っと!天貴!雨頼めるか!?」


「……あぁ、分かった」


 空に手を向けて、ちょっと念じる。


 ぽつ…ぽつ………サーーーー……。


 それだけで雨が降る。


「ひゅー、助かるぜ!今日はたんまり降らしてもらうからな!次の区画終わるまで少し休んでてくれ!」


「あ、あぁ……」


 ちょろっと手を上げて空に向かって念じるだけで感謝される。


 いや、別にアストラ組がサボってるわけじゃない、でもなんだこの感じ。


(これが、勝ち組ってやつか……?)


 この農場は誰に対しても優しい。でもこの世界では珍しい事なんだろう。でも能力の便利さで、やっぱり差は出る。例え劣等感を抱かない環境を作っていても。


 現代ではなかった、‟埋められない何か”が、俺と玄太のあいだにある気がした。


「てんぱ~~い!スカイリンク最高っす!!」


「お、おぅ」


 そう言って手を振る玄太に、俺は全力で手を振り返すことが出来なかった。


「っつぅ……」


 背中が少し痛んだ気がした。


 ***********


 そしてその夜。


 作業を終えた俺と玄太は、湯気もうもうの風呂で肩までお湯に浸かっていた。


「てんぱい!背中流しますよ!」


 なんて言ってたのに、湯船に入った途端ウトウトする玄太。


「おいおい、ここ風呂だぞ……って、寝てるし!」


 俺の肩にコテンともたれかかって、玄太はすぅすぅと寝息を立てている。


 あったまりすぎて落ちたらしい。ちょっと寝言で「うまっ…」とか言ってるし。


(昼間の作業中、あんなに必死で動いてたからなぁ……)


 思えばあいつは、誰よりも泥だらけで、誰よりも汗をかいて、誰よりも笑ってた。でもそれって、たぶん自分が足手まといにならないようにって、無意識に頑張っちまってんだよな。


 俺にそう思わせないように笑って、「気にしてないっすよ」って顔して。


「……強ぇよな、こいつ」


 俺よりずっと、ちゃんと考えてるじゃねえか。


 答えの無い問いに天井を見上げると、目の前を一匹の黒い仔牛がぷかぷかと通過した。


「ふぅむ……甘乳パンが恋しいのう……」


 クータンが、湯船に浮かびながらぼそっとつぶやいた。


(ったく!クータンは相変わらず甘乳パン……)


「まてよ、甘乳パン!?」


 その瞬間、頭の奥でビリッとスイッチが入った。


「……そうだ、そうじゃん!」


「転玄太には、“食いしん坊”ってチートスキルがあるじゃねえか!」


 魔法も剣も使えなくても、特別なアストラなんかなくたっていい。


 玄太には“うまっ”を伝える力がある!“うまっ”を生み出す力がある!


 それだけで、誰かを笑わせることができる。元気にできる。希望にできる。


「そうだ!玄太のうまっ!で、この農場を変えてやりゃいいんだ!」


(そして何より……俺が落ち込んでる場合じゃねぇ!)


 自分じゃ戦えないのに、俺の武器を持ってきた玄太。それでも俺の隣に立つために追っ掛けて来たこいつに、俺ができることをやってくしかねえ!


「よし、やるか!玄太!甘乳パン復活プロジェクト、始動だ!」


 ヒーローばりにかっこよく決めたつもりが、返事はもちろん──


「くぅ……すぅ……んごぉ……」


 俺の肩にもたれたまま、ぐっすり夢の中の玄太だった。

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