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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第3章:忠犬はてんぱいを追って
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第34話 てんぱいの、ばかちん

 騒がしかった戦場に、ようやく静けさが戻ってきていた。


 焦げた柵、崩れた畑の一角、黒くすすけた風車の羽根。


 それでも、この大地をちゃんと守りきった。


 煙と土埃にまみれながら、俺はゆっくりと足を前に出した。そのとき、ふいにとなりから声が聞こえる。


「……てんぱい」


 いつの間にか現代にいたはずの玄太が隣に並んで歩いてる。汗と泥だらけの顔で、俺をまっすぐ見てる。


「……おかえり、だな」


 それしか出てこなかった。


 それでも玄太は、にへらっと笑って「ただいまっす!」


 ……なんかもう、ズルいわ、そういうの。


 嬉しさと一緒に、そうじゃない感情も喉の奥に何かこみ上げてきた。けど、いまそれを言葉にしたら絶対、泣くか怒るかしそうだ。


 だから俺はただ、ちょっとだけ笑って、玄太から視線をそらした。


 無言のまま、また歩き出すと、いつの間にか周りに人が集まってきて、じっと玄太を見ていた。


「……おや?君は……見たことない顔だな」


「ひょっとして……天貴の知り合いか?」


 注がれる視線に、玄太は少しだけ身を縮こませて、口元を引きつらせる。


「……玄太っす。てんぱいの……いえ、天貴先輩の、隣ポジション担当っす!!」


 独特な自己紹介に、周囲がどっと笑いに包まれる。


 誰かが「面白い子だ」と言うと、またみんな笑った。輪の中で、玄太は戸惑い気味に頭を下げながら、ぎこちなく「よろしくっす」と続けた。

 

 そんな玄太の様子を、俺は少し離れたところから見ていた。


(三つの持ち物で選んだからって……本当に来ちまうのかよ)


 俺が選んだから、来てくれた。でも、俺が選んだせいで来てしまった。


 冷静になればなるほど、嬉しさよりも後悔のほうが強かった。


 この世界に来るってことは、能力の優劣で分けられる価値観の中で生きていくってことだ。俺はその“理不尽”を玄太に押し付けてしまうって事なんだ。


 複雑な気持ちのまま、俺はそっとその場を離れた。


 屋敷の前でラクターさんとアリスが戦後の状況の報連相をしている。その横に、なつかしの野菜かごの中で、ちょこんと座るクータンの姿が見えた。


「クータン!」


 思わず声を上げると、野菜かごの中で小さな仔牛が、ぴょこんと顔を上げた。


「ふぉ!ぬしか。会えてうれしいぞ」


 その声に、思わず苦笑がこぼれる。まったく、どこまでマイペースなんだか。


「お前、ちゃんと無事だったんだな……」


「うむ。なおも我が身在るのは、ぬしと玄太の世話の賜物。礼を申すぞ」


「でも、玄太が来ちまった。いや俺が呼んじまった。もう戻れない世界に」


 言ってから、自分でもその言葉の重みに気づく。


「ここは、危険なんだ……!来る前は知らなかった。深く考えてなかったんだ」


 クータンは目を細め、少しだけ背筋を伸ばす。


「あやつは、恐れぬがゆえ来たにあらず。恐れてなお、そなたを選んだのじゃ」


 天貴は何も言わずにうつむいている。


「ぬしの傍に在ることを選んだのはあやつ自身。他の誰の意でもない。己の足で門を越えてきたのじゃ」


 俺の目に浮かんだのは、炎の中を突っ走ってきた玄太の姿だった。何も持たずに、それでも俺の隣に立とうとしていた、あいつの決意の顔。


 そして、クータンは最後にもう一言、ゆっくりと加える。


「……ぬしが思う以上にあやつは強い」


 その声が胸に響いた、ちょうどそのときだった。


 戦いの余韻が少しずつ薄れゆく中で、玄太が嬉しそうに、でも少しはにかみながら、俺のそばに歩いてきた。


「……てんぱい。おれ……やっと来れたっすよ!」


 今にも「えへへ」って声が聞こえそうな顔で笑う。


「俺、てんぱいの側にいるのが、一番‟生きてる”って気がするんす!!」


 まっすぐな言葉。まっすぐな目。


 でも、それが俺の心にはまるで鋭い杭のように刺さった。


「なんで……」


「え?」


「なんで来ちまったんだよ!?」


 一瞬、時間が止まった。


「だって……てんぱいが危ないって……だから……!」


 言いながら、玄太の笑顔がみるみる曇っていく。


「俺よりも、自分の心配しろって!もう戻れないかも知れないんだぞ!?なのにお前はっ」


 自分勝手でひどい言い草だ。言いながら、自分でもわかっていた。


 ……でも、止められなかった。


「それになぁ!ここは、お前には厳しい世界なん……」


「てんぱいが忘れろなんて言うから!!」


 俺の言葉は、震える玄太の声に遮られた。


 涙をこらえるように唇を噛んで、瞳にはうっすら光るものが浮かんでいた。


「て、てんぱいの、ばかちんっ!!」


 俺が止める間もなく、玄太は泥だらけの地面をばちゃばちゃと踏みながら走り出した。


 それはまるで、捨てられた子犬のような小さな背中だった。


 *****


 数分後。


 農場の片隅の荷車の影で、玄太はひとり背中を小さく揺らしていた。声に出すのをこらえて、両腕で膝を抱えてうずくまっている。


(グス……そんなに怒らなくたって)


 すると、すぐそばの小屋の裏の休憩所から、農場メンバーの会話がふと聞こえてきた。


「でもよぉ。もっとでかい襲撃が来たら、真っ先に危なくなるぞ」


「王国が堕ちて、この農場も孤立しちまってる。削られるばっかりだしな」


 玄太はびくりと肩を震わせた。


「戦える能力がないやつぁ、足手まといになるかもな」


(……能力ない奴って、おれ?)


 そして、ようやく気づく。


(てんぱい……おれに能力がないこと、ずっと心配してたんだ……)


「でも、おれは……」


 そして荷車の影で膝を抱えていた玄太の前に、ひとつの影が差す。


「……玄太!!」


 顔を上げた瞬間、青いツナギ姿が目に映った。


「て……てんぱぁぁぁぁぁ」


 玄太は、泣きながら天貴の片足にしがみついた。涙も鼻水も構わず、ぐしゃぐしゃな顔で必死に抱きついてくる。


「おれ、ほんとは怖かったっすよ……足手まといになるから……でも、でも!」


 玄太の頭にそっと手を置いた。ぎこちなく頭をぽんぽんしながら、俺は静かに言葉を探す。


「そういうの、勝手に決めんなよ」


 そう言いながら頭を撫でると、玄太は子犬みたいに頭を押しつけてきた。


「俺がお前を呼んだのに、お前が足手まといとか言うな」


 玄太はちょっとだけ黙ったあと、視線を落とした。


「じゃあおれ、てんぱいの側にいてもいいんすか……?」


「あ、当たり前だろ!!………他に、行くとこなんてねえんだからさ」


 そう言うと、途端に玄太の顔から曇り空が消えた。


「へへ。おれ、てんぱいの力になるなんてカッコつけたっすけど……でも本当は、やっぱてんぱいと食う飯が一番うまいんすよね!」


 その一言に、俺の中にあったモヤモヤした何かがポキッと折れた。


(っぶ!なんだよそれ、結局飯かよ!)


 俺は情けないくらい、ニヤけが止まらなかった。


「……はいはい、分かった!分かった!俺が悪かった!」


 玄太の頭をガシガシとわしゃってやると、こいつは「ひゃわっ!?」とか変な声あげて笑ってた。


 ──それでいい。そうやって俺の隣で笑ってれば。


 それが、俺の玄太だ。

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