第34話 てんぱいの、ばかちん
騒がしかった戦場に、ようやく静けさが戻ってきていた。
焦げた柵、崩れた畑の一角、黒くすすけた風車の羽根。
それでも、この大地をちゃんと守りきった。
煙と土埃にまみれながら、俺はゆっくりと足を前に出した。そのとき、ふいにとなりから声が聞こえる。
「……てんぱい」
いつの間にか現代にいたはずの玄太が隣に並んで歩いてる。汗と泥だらけの顔で、俺をまっすぐ見てる。
「……おかえり、だな」
それしか出てこなかった。
それでも玄太は、にへらっと笑って「ただいまっす!」
……なんかもう、ズルいわ、そういうの。
嬉しさと一緒に、そうじゃない感情も喉の奥に何かこみ上げてきた。けど、いまそれを言葉にしたら絶対、泣くか怒るかしそうだ。
だから俺はただ、ちょっとだけ笑って、玄太から視線をそらした。
無言のまま、また歩き出すと、いつの間にか周りに人が集まってきて、じっと玄太を見ていた。
「……おや?君は……見たことない顔だな」
「ひょっとして……天貴の知り合いか?」
注がれる視線に、玄太は少しだけ身を縮こませて、口元を引きつらせる。
「……玄太っす。てんぱいの……いえ、天貴先輩の、隣ポジション担当っす!!」
独特な自己紹介に、周囲がどっと笑いに包まれる。
誰かが「面白い子だ」と言うと、またみんな笑った。輪の中で、玄太は戸惑い気味に頭を下げながら、ぎこちなく「よろしくっす」と続けた。
そんな玄太の様子を、俺は少し離れたところから見ていた。
(三つの持ち物で選んだからって……本当に来ちまうのかよ)
俺が選んだから、来てくれた。でも、俺が選んだせいで来てしまった。
冷静になればなるほど、嬉しさよりも後悔のほうが強かった。
この世界に来るってことは、能力の優劣で分けられる価値観の中で生きていくってことだ。俺はその“理不尽”を玄太に押し付けてしまうって事なんだ。
複雑な気持ちのまま、俺はそっとその場を離れた。
屋敷の前でラクターさんとアリスが戦後の状況の報連相をしている。その横に、なつかしの野菜かごの中で、ちょこんと座るクータンの姿が見えた。
「クータン!」
思わず声を上げると、野菜かごの中で小さな仔牛が、ぴょこんと顔を上げた。
「ふぉ!ぬしか。会えてうれしいぞ」
その声に、思わず苦笑がこぼれる。まったく、どこまでマイペースなんだか。
「お前、ちゃんと無事だったんだな……」
「うむ。なおも我が身在るのは、ぬしと玄太の世話の賜物。礼を申すぞ」
「でも、玄太が来ちまった。いや俺が呼んじまった。もう戻れない世界に」
言ってから、自分でもその言葉の重みに気づく。
「ここは、危険なんだ……!来る前は知らなかった。深く考えてなかったんだ」
クータンは目を細め、少しだけ背筋を伸ばす。
「あやつは、恐れぬがゆえ来たにあらず。恐れてなお、そなたを選んだのじゃ」
天貴は何も言わずにうつむいている。
「ぬしの傍に在ることを選んだのはあやつ自身。他の誰の意でもない。己の足で門を越えてきたのじゃ」
俺の目に浮かんだのは、炎の中を突っ走ってきた玄太の姿だった。何も持たずに、それでも俺の隣に立とうとしていた、あいつの決意の顔。
そして、クータンは最後にもう一言、ゆっくりと加える。
「……ぬしが思う以上にあやつは強い」
その声が胸に響いた、ちょうどそのときだった。
戦いの余韻が少しずつ薄れゆく中で、玄太が嬉しそうに、でも少しはにかみながら、俺のそばに歩いてきた。
「……てんぱい。おれ……やっと来れたっすよ!」
今にも「えへへ」って声が聞こえそうな顔で笑う。
「俺、てんぱいの側にいるのが、一番‟生きてる”って気がするんす!!」
まっすぐな言葉。まっすぐな目。
でも、それが俺の心にはまるで鋭い杭のように刺さった。
「なんで……」
「え?」
「なんで来ちまったんだよ!?」
一瞬、時間が止まった。
「だって……てんぱいが危ないって……だから……!」
言いながら、玄太の笑顔がみるみる曇っていく。
「俺よりも、自分の心配しろって!もう戻れないかも知れないんだぞ!?なのにお前はっ」
自分勝手でひどい言い草だ。言いながら、自分でもわかっていた。
……でも、止められなかった。
「それになぁ!ここは、お前には厳しい世界なん……」
「てんぱいが忘れろなんて言うから!!」
俺の言葉は、震える玄太の声に遮られた。
涙をこらえるように唇を噛んで、瞳にはうっすら光るものが浮かんでいた。
「て、てんぱいの、ばかちんっ!!」
俺が止める間もなく、玄太は泥だらけの地面をばちゃばちゃと踏みながら走り出した。
それはまるで、捨てられた子犬のような小さな背中だった。
*****
数分後。
農場の片隅の荷車の影で、玄太はひとり背中を小さく揺らしていた。声に出すのをこらえて、両腕で膝を抱えてうずくまっている。
(グス……そんなに怒らなくたって)
すると、すぐそばの小屋の裏の休憩所から、農場メンバーの会話がふと聞こえてきた。
「でもよぉ。もっとでかい襲撃が来たら、真っ先に危なくなるぞ」
「王国が堕ちて、この農場も孤立しちまってる。削られるばっかりだしな」
玄太はびくりと肩を震わせた。
「戦える能力がないやつぁ、足手まといになるかもな」
(……能力ない奴って、おれ?)
そして、ようやく気づく。
(てんぱい……おれに能力がないこと、ずっと心配してたんだ……)
「でも、おれは……」
そして荷車の影で膝を抱えていた玄太の前に、ひとつの影が差す。
「……玄太!!」
顔を上げた瞬間、青いツナギ姿が目に映った。
「て……てんぱぁぁぁぁぁ」
玄太は、泣きながら天貴の片足にしがみついた。涙も鼻水も構わず、ぐしゃぐしゃな顔で必死に抱きついてくる。
「おれ、ほんとは怖かったっすよ……足手まといになるから……でも、でも!」
玄太の頭にそっと手を置いた。ぎこちなく頭をぽんぽんしながら、俺は静かに言葉を探す。
「そういうの、勝手に決めんなよ」
そう言いながら頭を撫でると、玄太は子犬みたいに頭を押しつけてきた。
「俺がお前を呼んだのに、お前が足手まといとか言うな」
玄太はちょっとだけ黙ったあと、視線を落とした。
「じゃあおれ、てんぱいの側にいてもいいんすか……?」
「あ、当たり前だろ!!………他に、行くとこなんてねえんだからさ」
そう言うと、途端に玄太の顔から曇り空が消えた。
「へへ。おれ、てんぱいの力になるなんてカッコつけたっすけど……でも本当は、やっぱてんぱいと食う飯が一番うまいんすよね!」
その一言に、俺の中にあったモヤモヤした何かがポキッと折れた。
(っぶ!なんだよそれ、結局飯かよ!)
俺は情けないくらい、ニヤけが止まらなかった。
「……はいはい、分かった!分かった!俺が悪かった!」
玄太の頭をガシガシとわしゃってやると、こいつは「ひゃわっ!?」とか変な声あげて笑ってた。
──それでいい。そうやって俺の隣で笑ってれば。
それが、俺の玄太だ。




