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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第3章:忠犬はてんぱいを追って
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第32話 ゲド、雨のち晴れ

 アルカノア農場・内部


「工房の方に火の手よ!わ、私の工房があああ〜っ!!」


「ノーグさん!分かりました、今すぐ向かいますっ!」


 ノーグさんの悲鳴とともに、工房の屋根の向こうで黒煙がもくもく立ち上がっていた。


 いや、ちょっと待て。あの工房って、アグリギアの中枢パーツとか設計図とか全部詰まってる命綱じゃん!?


(燃えたら、農場の戦闘力ガタ落ち!)


 気づけば俺は走り出していた。


 けどその瞬間、アリスの声が背後から飛んでくる。


「だめ、天貴!援護から離れないで!」


 アリスの静止も聞かず、俺は火の手が上がる工房区画に向かってダッシュ!


「アリス!すぐに戻るから!」


 すると、その途中にあるスイカ畑から両手を土でドロドロにした兵士が、ズシャッと姿を現した。


「む?お前……お前が火を沈下させる元凶か!?」


「はぁ!?お前こそ、農場襲って土いじりとか、どんな研究だよ!?」


「ふん……バカが」


 そう言って、兵士は腰から何かを取り出すと、眩しい閃光とともに照明弾のようなものが空へ打ち上げられた。


 *****


 ヒュ〜〜〜〜……ボン!


「ゲド様!目標地点、視認できました!」


(ふふ……以前は雨を使ったが、今度はその雨を封じてやる)


「よし!!そこへフレイバードを集中させろ!!今すぐにだ!」


「了解っ!」 


「さぁ!空の支配者が誰か、思い知らせてやろう!」


 火の使い手が詠唱を始めると、次々と赤い魔力が空へと浮かび上がる。ゲドは馬上から、その光景を見つめて口元を吊り上げた。


「ふ……ははは!見てろ?もう農場に雨は降らん!燃え尽きるぞ……!」


 その瞳に映る炎の鳥が、空へ放たれた。


「終わったな、アルカノア……!」


 一方、農場のスイカ畑では。


「はは……これでもう、この農場は終わりだぁっ!」


 照明弾を打ち上げた兵士が、どこかヤケになった声で叫ぶ。


「一体なにを……はっ!おい!何を踏んでる!」


 そう言いかけて、目に入ったのは兵士の足元でぐしゃりと潰れた、緑の実。


 それは、植物促進のアストラになるべく頼らず大事に育てていた、育成途中の玄太のスイカだった。


(……あ……?)


 その光景に思考がスッと止まる。


 背後からアリスの叫び声がかすかに聞こえた気がする。


「天貴ー!早く!!そこから離れてーーー!!!」


 でも、その叫びは頭に入ってこなかった。 


「お前!いま、何を踏みやがった!!」 


「はぁ?なんだこのけったいな野菜は?どうせ全部燃えちまうんだろが!!」

 

 グシャッ!


 兵士のかかとが、もう一つのスイカを音を立てて踏み潰した。


 ――ブチッ。


 俺の中で、何かが切れた。


「てめぇ!!きったねえ足で…………踏んでんじゃねぇぇぇ!!」


 咄嗟に青雷を使うのも忘れて、俺は丸腰のまま突っ込んでいた。


 その時、俺の上空には、まるで弱った猫を取り囲むカラスのように、火の鳥たちが不気味に迫っていた。


 *****


 そして、農場潜入中の玄太は、底がぬかるんだ細い用水路の中を四つん這いで進んでいた。


「うっわ、せまっ!クータン、大丈夫っすか!」


「……ぬしも、ゴボ……だいえっとが必要じゃな……ゴボボ……」


「ひぃ、冷たっ!クータンに言われたくないっす!」


 半分沈みながらも、なんとか柵の下をくぐり抜ける。


 そして。


「よっしゃ!アルカノア農場、侵入成功ぉ!」


 農場の内側に滑り出た玄太は、びしょ濡れの手で顔をぬぐった。だが、息つく間もなく鼻につく焦げた匂いと、あちこちから聞こえる怒号が耳に飛び込んでくる。


「屋敷を落とせ!」


「させるかぁぁぁ!」


(はわわわ!て、てんぱい……!どこっすか!?)


 火の手を避けながら農場を駆けまわる玄太。


 だがその背後に一人の侵入兵が、じりじりと玄太に近づいていた。


「貴様、農場の者だな!?」


「えっ――」


 玄太が振り返ると同時に、兵士が剣を振り上げた。


「うわっ、うわうわわっ!!」


 とっさの展開に尻もちをついたその刹那、キィィィィィンッ!と高く鋭い音と共に、侵入兵の肩に一本の矢が突き刺さる!


「ぐっ……!?」


 玄太が驚いて振り返ると、弓を構えたシーダが立っていた。


「……あなた!大丈夫ですか!?」


「あ、ありがとうございます!!助かったっす!!」


 ほっとしたのも束の間、今度は別の方向から、急ぎ足で誰かが近づいてくる。


「ひぃ!また来た!」


 それは、息を切らしながら走ってきたアリスだった。


「シーダ!天貴がっ…天貴が今、火の中に閉じ込められてるの!」


 その言葉に、ついさっきまで尻もちをついていたとは思えない速度でアリスに詰め寄る玄太。


「えっ!?て、てんぱいが!?どこっすか!?そこ!!案内してください!」


「え、と。あなた……は……?」


 玄太は大きく礼をし、びしょ濡れの手を胸に当てて言った。


「おれ、玄太っす!こっちは仔牛のクータン!!」


 クータンはカゴの中からひょいと顔を出した。


「クータンと、玄太、さん……?わたし、アリスです!」


「ア、アリス……さん?」


(要警戒人物の登場……!でも、いまは……)


「それどころじゃない!」


  玄太とアリスが声を揃え、クータンが小さくうなずいた。


「……じゃの」


 アリスに導かれ、玄太たちは燃え広がる農場の一角へ急いだ。そして、煙の中、見えてきた光景に玄太は目を見開いた。


「て、てんぱい!?なんであんなとこに!!」


 火の手に囲まれた畑の真ん中で、天貴が兵士を押し倒し、馬乗りになって殴っていた。


「っざけんなぁぁぁあ!!お前っ!このスイカはなぁ!!」


 拳を振り下ろすたび、天貴の髪が乱れて土と灰が舞う。


「て、てんぱいだ……!クータン!本当にてんぱいがいるっす……!!」


「ふむ、我は定期的に見ておるがの」


 久々に見た‟リアルてんぱい”に感動。


「でも、どうしちゃったんすか!?なんであんな炎の中で……!!」


「……玄太さん。あの畑、天貴が怒ってるのは……スイカを潰されたから……」


 アリスが震える声で呟く。


「……えっ?」


 視線を向けると、兵士の足元で、ぐちゃぐちゃに踏み潰された小さなスイカの実が転がっていた。


(てんぱい……おれのスイカを守るために……!?)


「てんぱぁーーーーーーーい!!おれ、ここにいるっすーーー!!」


 でも、炎を吹き飛ばすように叫んだその声は、届かなかった。


「てんぱい……」


 炎の壁の向こう。


 青いつなぎの男は、ただ一心に、破壊されたものを前に怒りをぶつけていた。


 ***********


「……熱っ……!」


 頬をかすめた火の粉の熱で意識が戻った瞬間、俺の拳は止まった。


(え、なに……?俺、なんでここに……!?)


 ぼろっぼろの兵士の顔、拳についた土。そして周囲をぐるりと包む、赤い炎。


「やっば!!ここ、囲まれてるじゃん!!ひ、火ィィィィィッ!?」


 慌てて立ち上がるも、火の粉バチバチで動けない。


「おい、雨雲!来てくれっ!!」


 いつものように空に向かって手を突き上げた。


「スカイリンク!?……来いってば!雨雲プリーズ!!」


 しかし雲が少ししか集まらず、雨が降るまでには成長しない。まるで転移初日の、あの手ごたえのなさ。


「なっ……なんで!?俺のアストラ、バグった!?」


 真上にかざしたカギカッコがむなしく空を切る。


「マナはまだあるだろ!!!くっそぉぉぉぉ!」


 天貴の心の叫びは、空にも火にも届かないまま、煙に呑まれていく。


 *****


 炎が空を焼き、赤黒い煙が畑を覆っていく。

 

「おかしい……!天貴、雨を呼べてない!」


 アリスがぎゅっと拳を握った。


(なんで?スカイリンクが反応していないわ)


 じゃり……。


 焦るアリスの横で、玄太は一歩前に出た。


「アリスさん、クータン預かってほしいっす」


 そう言って、玄太はゆっくりと籠をおろしアリスに託した。


「えっ、はい。でも……ってか、重っ!」


 籠からひょいっと顔を出し、小さな目が玄太を捉えた。


「ぬしよ……行くのか?持つ主のもとへ……」


(え、この牛さん、しゃべるの!?)


 さも当たり前に人語を話すクータンに驚くアリス。


「クータン。俺、このために来たんすから……このため……あっ!」


 ハッと思い出したように、玄太はポケットに手を突っ込んだ。


「…………あったぁ!よかった!」


 取り出したのは、小さく折り畳まれたしわくちゃのメモ。


「よし、こういう状況に対抗する天候は……」


(え~っと……あ、これだ!!)


 そして、メモをポケットにしまい、くしゃくしゃの髪をバッと振って、にっと笑った。


「おれ、ちょうど全身びっしょ濡れなんで!行ってきます!」


「なっ――!?」


 言葉を失うアリス達を背に、玄太はためらう事なく炎の中に飛び込んでいった。

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