第17話 天貴、降り立つ
そして、時間は天貴の転移直後に遡る。
(第9話てんぱい、異世界への再読推奨)
異世界へ転移した俺は、小雨の降る高台からなにやら建物を発見する。
「歩いていけない距離じゃねえ、行ってみるか!」
*****
しかし、丘を降りるにつれて雨足は強くなる一方だ。丘を下る途中で見つけたデカい葉っぱを見つけて、傘の代わりにする。
(ぷっ!この葉っぱ傘、玄太に似合いそうだぜ)
「にしても、異世界初日から雨とはついてねえな!」
結構な距離だけど、なぜか身体は軽い。ひたすら歩いて建物に近づくと、天貴の目に嬉しいものが見えてくる。
(畑……?これ、畑だ!)
「え、ここまさか農場じゃね?しかも、かなりデカいぞ」
嬉しさとともに、雨に濡れた体が冷えてきた。
(このままじゃ風邪をひきそうだし、行くっきゃねえな)
「おっじゃまっしま~っす」
一応そう言って農場の敷地に入っていくが、人の気配はない。
「誰もいない……まあ、この雨じゃ農作業はできねえか」
周りを見渡し人の影を探す。そこで「おっ」と目に留まったのはトマトか?
(いや、色も薄いし葉っぱがちょっと違う)
ナスらしき野菜。これも色が薄い。
「しかもこのナス、やけにヘアピンカーブしてるなぁ」
トウモロコシは絹糸がかすかに光ってる。まさか粒も光ってたりして。
「食べる宝石ジュエルコーン!なんつって」
なんだか色々違うが、だいたい似たような野菜はこの世界にも揃ってて少し安心。
「デカいイチゴやダイコンみたいなものもあるな」
(なんか季節感バラバラだけど)
見渡す限りの菜園畑に圧倒されながら、ヘタや垂れ具合を見て収穫に近いトマトをひとつもぎ取る。
農場内で一際目立つでかい屋敷のひさしを見つけ、ダッシュして雨宿り。
(さて、異世界のトマトさんはどんなもんか)
「色は薄いけどすごい弾力だ!うん、そういう品種だろう」
違和感を感じながらも、勢いよく一口かじる。
「ガブッ……すっ……すっぱーーーーーー!!」
異様に酸っぱいし味も薄い。現代にある”美味しい緑のトマト”とは別物。ってか、これ本当に食べごろなのか?などと、トマトと睨めっこしていた矢先だった。
「ちょっと!そこの人!?」
突然の大声にびくっとして振り返る。
いつの間にか俺の背後には腰に手を当てて仁王立ちしている少女が。
フレッシュオレンジの髪が肩につきそうな長さで、歳は高校生くらい。髪色と同じ目の色が、さすが異世界の人って感じ!
「勝手にうちの野菜食べるなんて、あなた泥棒?それとも農場スパイかしら!?」
「あ、いや、すいません。あまりにも美味しそうでつい!」
そう言うと少女の顔はパーっと明るくなり、態度が一変した。
「そう!?そうよね!!うちの野菜は王国いち、美味しいんだから!」
マジか?これで王国いち美味しいって?などとは言えず、愛想笑いで誤魔化した。
「まあ、あなた悪い人じゃなさそうだし、気になる事もあるし……」
そう言って俺を品定めするようにジロジロ見定めしている。
(まぁ、顔は良いほうなんじゃない?)
「うん、そうかも!あなた、ちょっと来て!」
そう言うと少女は、クルリと身をひるがえし手招きをする。俺は言われるがまま少女についていくと、そのままにバカでかい屋敷に招れた。
玄関で待っていると、奥からパタパタと戻ってきた少女が「使って!」と、タオルを貸してくれた。そしてリビングのような部屋に案内され、ソファに座って待機する。
「お待たせ!」
少女がお茶とお菓子を運んできた。
「良かったのかよ?その、野菜泥棒かもしれないだろ?」
「んー、本当に野菜泥棒だったらトマトかじってボーっとしてないかなって!」
(ボーっとしてたんじゃなくてトマトの分析だっつーの!ブ・ン・セ・キ!)
「それに……」と言ってお茶を出してくれる。
なんだ?と思いつつも、丁重なもてなしに思わず手を合わせる。
「いただきます!ふーふー、ズズズ……はぁ」
温かいお茶が冷えた身体に染みわたる。
(うん、お茶は普通に美味い。柑橘系が香る、なんとなく異世界テイスト)
「そう言えばさっき俺がかじった野菜、トマトって言ったよな?」
「ええ!うちの看板野菜、ブリリアントマトよ?」
っぷ!確かに弾力だけは立派でブリリアンって感じだったな。俺は内心苦笑しつつ、愛想笑いでなんとか持ちこたえた。
(ここで笑ったら追い出されそうだしな)
「じゃ、じゃあ、あのデローンとカーブした野菜はナス?」
「ええ!あれはうちの自慢のデロリアンナスよ!」
少女がドヤ顔で自信満々に言い放つ。
(っぷ!デロリアンって、未来の味でもするのか?)
いやしかし、野菜の固有名詞は俺の世界と近い。
(野菜以外もこの感じなら、意思の疎通は問題なさそうだ!)
「ちょっと!知ってて聞いてる!?まあ、美味しいって思ったなら許してあげるけど!」
「ちょっと、いやすごく……すっぱいかなぁ……なんて」
とっさの問いについ正直に答えてしまったが、それを聞くとさっきまで明るかった少女の顔は明らかに曇り出した。
「や、やっぱり、そうだよね……はぁ」
(この農場になにか問題が?)
それとなく事情を聞いてみると、少女は重い口を開いた。
「雨がね……この農場だけ、ずっと止まないの」
話を聞くと、何ヶ月もこの農場を中心に連日雨が止まないらしい。
「この農場だけ?どういうことだ?」
そもそもこの世界では晴れている事の方が多いみたいだが、最近この農場一帯だけ全く晴れないらしい。
「ええ、そのせいで作物の味がどんどん落ちてるの」
太陽の光が当たらないんじゃあ、光合成もろくにできず野菜の味が落ちるのは当然。俺が腕を組んだその時、不意に玄太の笑顔が頭をよぎった。
「農場のヒーローっすよ!てんぱい!!」
天候の操作。本当にそんな能力が備わってるのか。いや、むしろこれはゲームで言うところのチュートリアル。俺のために用意されたアクシデント。
「ここでパァっと空を晴らして、ステージクリアってか?」
しかし、何をするにもこの世界の情報が足りない。
「なあ?この世界の人が持つ特殊な力、いや異能について教えてくれないか?」
「え?異能?それって醒神力の事?」
(アストラ……?)
クータンが言っていた異能とは、ここではアストラと呼ばれるらしい。
この世界の神に由来する能力らしいけど、性能差は人それぞれ。戦闘向き、生活向き、農場向き、能力によってはその力一つで王国の有力者になるとこも珍しくないらしい。
はたまた、能力を持たない者や役に立たない能力者はダストラと呼ばれる。まともな職にもつけず、友人も、親からも見放され、奴隷のような生き方を強いられる羽目にあうことも珍しくない。
(おい、こっちの世界の価値観ひどすぎんだろ)
「でもさ、歌を練習したりスポーツで技術を磨いたり、そういう事もあるだろう?」
「うん、多少はね?でも、その方面のアストラにはどうあがいても勝てないでしょ?」
例えば微弱な生活スキルしか持たないダストラがラグビーをいくら頑張っても、パワー系のアストラを持つ者やスピード系のアストラを持つ者には、何をどうしても勝てない、と。
(それはなんとなく想像つくな)
考え込む俺を少女はじっと見つめ、不意にふっと笑う。
「今時、そんなことで悩む人なんて珍しいわね。この世界ではもはやそんな基本的なことで悩む人なんていないわよ?」
「え、あ?そ、その」
「あなた、どこから来たの?」
(やば、やらかしたぁ!)
そういう事で俺の存在自体が怪しまれる可能性を考えていなかった。
俺はこの世界で身分を証明するものもないし、なんの経歴もない。下手したらこの世界の警察に捕まって、そのままジエンド?
(これは……考えてる暇はない)
ここが勝負所な気がする。
(玄太!俺はなるぜ、この農場のヒーローに!)
「あ、えーっと、コホン」
とっさに頭の中にクータンの口調が頭をよぎる。
「娘よ、よくぞ見抜いたな?俺は神より呼ばれ、この農場を救いに来た者、名は天貴である」
(俺、嘘はついてない……よな?)
少女は目を丸くしてキョトンとしている。そして――――
「こ、これは失礼いたしましたわ!」
突然、少女はすっと膝をついた。
「アルカノア農場の娘、アリス!あなた様のおいでを心よりお待ちしてまいりました!」
「へ?あ、マジ?」




