表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
序章:てんぱい最後の三日間
1/98

第1話 てんぱい、仔牛を拾う

「てんぱ~~い! おはよーございまーすっ!!」


「ふぁ〜ぁ…な、なんだ!?」


 窓の外から突然聞こえたのは、朝の静けさをぶち破る爆上げハイテンション。

 勝手に俺のモーニングコールを担当してる、後輩の玄太げんただ。


 寝起きで半裸のまま農場の寮から顔を出すと、見慣れた緑のツナギ姿が手を振っている。


「おう、元気すぎんだろ……!朝六時半だぞ!」


「だって~!てんぱいを起こすのはおれの使命っすから~!」


「わーったよ、すぐ降りる!」


 バタバタと青いツナギに袖を通し、ペンキで白くなった部分をはたく。

 そして片手にはいつもの朝飯、農場特製のミルクフランス。


 ふわふわのパンに、練乳クリームたっぷり。朝からハッピー確定の逸品。


 ……なんだけど。


 すでに玄太の視線が、俺の右手にロックオンしていた。


「今日も、最高にうまそうっすねぇ……じゅるっ」


「……しゃーねぇな。ほら、半分やるよ」


「うひょっしゃあ!てんぱい最高っす!」


 パンをちぎり、いつもどおり少しだけ大きくなった方を無意識で玄太に渡す。

 それも、まあ俺の癖だ。


 玄太はそのパンを受け取ると俺の口にぐいっと逆輸入してきた。


「てんぱい!目覚めの一本っす!」


「んぐっ!?おまえ……!」


「じゃあ、俺はこっちを……ぱくっ!」


 嬉しそうにパンを頬張る玄太を見て、思わず俺も吹き出しそうになる。


「うま~~!これで今日も一日元気いっぱいっす!」


 ほんと、毎朝これだ。


(いや、別に嫌じゃないけど…)


 玄太は近所の幼馴染で、中学卒業の時になぜか俺に進路相談。

 この農場に誘ったら、就職即決。


 今じゃまるで忠犬のように、毎日こうして俺に張りついている。


「ふぅ…ごちそうさまっした!」


「んじゃ、今日も牛舎からっすか?一緒に乳搾りっすか?」


「落ち着け。牛たちがびびるだろ」


 そう言って牛舎の扉を開けた、そのときだった。


 ……空気が違う。


「……てんぱい?」


「しっ。なんか変だ。匂い…っていうか、気配が」


 牛たちは草をもしゃもしゃ食んでる。普段と同じ。


 けど、その奥!


(……はなこ?)


 そのそばに、仔牛の影がピクリ。


「嘘だろ……予定日、まだ三か月以上先のはず……!」


 食べかけのパンをツナギの右ポケットに突っ込み、一気に駆け寄った。


「玄太!おやっさん呼んできてくれ!」


「はわわわ……が、合点っす!!」


 玄太が飛び出していく。

 その背中を見送りながら、俺はうずくまる仔牛の前に膝をついた。


「はなこ!産んだのか?おい?仔牛やーい!」


 動かない。反応がない。

 目も開いていないし、呼吸の気配もない。


「……おーい、生きてるか?」


 ダメ元でもう一回声をかけてみる。


 少しの沈黙……けれど次の瞬間、ハッキリと返事が返ってきた。


「……生きておるぞ?」


 俺の心臓が跳ね上がる。


「いやいやいや!? 喋った!? 今喋ったよな!?」


 飛びのいて後ずさりする俺を、仔牛…いや、真っ黒い体の何かが、ぱっちりした目で見つめていた。


 白い顔に短い脚。ぴょこっと立った小さな2本の角だけが、かろうじて牛らしさを主張していた。


「お、お前は……何者だ!?」


 するとそいつの小さなお口が、ふわっと開いた。


「Qü'dhânクゥ・ダァン


(…は?今の日本語?)


「えっと、もう一回いいか?」


「ふむ、我はクダン。未来を告げる者にして、現在、空腹である」


「なんだ普通にしゃべれるじゃねえか……!」


(って、それもおかしいが!)


「要するに予言する仔牛、それが我、クダンなのじゃ!」


「予言する仔牛…?なんだそりゃ」


(今日はちょっと変な朝だぜ)


 そんなふうに軽く思ってた。

 でもこの時、俺はまだ気づいてなかった。

 この出会いが、俺の未来まるごとひっくり返すなんて。


 ところで、この仔牛。

 どこかふわふわしてるのに、やたらと堂々としてる。


 すると突然スッと立ち上がったクダンが、ギラリと目を光らせた。


「ときにおぬし、右ポケットに何か仕込んでおるな?」


「……は?なに?」


 目がじぃっと、ポケットのふくらみに釘付けになってる。


「我はそれを所望する。まず、栄養補給である」


 ……おい、こいつまで俺の朝飯狙ってんのかよ。


「お前、なぜここにミルクフランスがあると分かったんだ!?まさかこれが予……」


「否!匂いである。それはもはや、予言でもなんでもない」


 いや、どんな予言者だよ。


「……ったく、ほら。食えよ」


 パンを渡すと、クダンは短い前脚でそれを受け取り、モフッと一口。


「む、これは……母の味、であるな?」


「練乳の原料は牛乳だし、まあな……」


「やわらかく、あたたかく、甘い……まさしく、母の乳を彷彿とさせる!」


「ってか、いつの記憶だよ!? おまえ、まだ授乳してねーだろ!」


 クダンはうっとりと目を閉じた。


「これは……甘乳パンに命名する他あるまい」


「いや、ミルクフランスって命名済みだから!」


 パンをぺろりと平らげたあと、満足げにポスンと座り込み、急にキリッとした顔に戻る。


「さて、予言じゃ」


(ちょ、切り替え早すぎだろ……)


 と、その時。外からガヤガヤと声が近づいてきた。


(玄太か?まずい!おやっさんも一緒だ!)


「おい、仔牛!ここにいちゃまずそうだ。とりあえず俺の部屋に!」


「ほほう、旅立ちの支度か?」


(……いや、コイツ、自分のヤバさに気づいてないのが、いちばんヤバい)


 会話してる場合じゃねぇ。俺はクダンをひょいっと抱きかかえ、そのまま寮へダッシュ。


「お前、見つかったらやばいんだよ!」


「それはいかほどの禍事か?」


「お前みたいなヤバい仔牛は、下手すりゃ殺処分だろ!?」


 口にしてから、俺は一瞬で後悔……。赤ちゃんに向かって言うセリフじゃなかった。


 すると俺の腕の中で、クダンがふわっと軽くなった気がした。


「心配は無用。我が命、もとより三日の定め……」


「……は?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ