あの夢
夜が深まるにつれ、空は濃い藍色に染まり、星が一つ、また一つと灯り始めた。私はベッドに横たわり、目を閉じる。夢が待っていることを知っていた。あの夢だ。何度も見るのに、毎回少しずつ形を変える、不思議な夢。
その夜、目を開けると、私は見知らぬ森の中に立っていた。木々の間を風が通り抜け、葉がざわめく音が耳に届く。足元には苔が広がり、湿った土の匂いが鼻をくすぐった。どこか遠くで、かすかな鈴の音が響いている。私はその音を頼りに歩き始めた。
夢の中の私は、いつも白いワンピースを着ている。裾が少し汚れてしまうのもお決まりだ。でも、気にならない。この世界では、すべてが許されているような気がするから。
やがて、森の奥に小さな湖が現れた。水面は鏡のようで、空の星をそのまま映し出している。
湖畔に立つと、鈴の音が近づいてくる。振り返ると、そこには一人の少年がいた。透き通った
瞳に、短く乱れた黒髪。手に小さな銀の鈴を持っている。「また会えたね」と彼は言った。声は柔らかく、風に溶け込むようだった。私は頷くだけで、言葉が出てこなかった。彼と会うのはこれで何度目だろう。夢の中でしか会えないのに、なぜか懐かしい気持ちが胸に広がる。
彼は湖のほとりに座り、私にも隣に座るよう手で示した。私はそっと腰を下ろす。水面に映る星が、ゆらゆらと揺れている。彼は鈴を鳴らし、小さな笑みを浮かべた。「この音、覚えててね。
いつか現実でも聞こえるかもしれないよ」
「現実で?」と私が初めて声を出すと、彼は目を細めて頷いた。「夢と現実は、そんなに遠くないんだ。線をなぞるみたいに、つながってるよ」
その言葉が頭に残ったまま、私は目を覚ました。
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を優しく照らしている。枕の時計は6時を指していた。静寂の中、耳を澄ませると、どこか遠くでかすかな鈴の音が聞こえた気がした。一瞬、夢の続きかと疑った。でも、窓の外を見ると風に揺れる木々の音しか聞こえない。それからというもの、私は毎朝、鈴の音を探すようになった。夢の中で彼が言った言葉が、頭から離れない。「夢と現実は、線をなぞるみたいに」。私はノートにその夢の断片を書き留め始めた。森、湖、少年、鈴の音。ページを埋めるたび、何かが近づいているような感覚がした。
ある日、通りかかった古い雑貨店で、小さな銀の鈴を見つけた。手に取ると、夢で聞いた音がそのまま響いた。胸がドキリとして、私はそれを買わずにはいられなかった。家に帰り、鈴を鳴らすと、まるで彼がそこにいるかのように感じた。
それ以来、あの夢は見なくなった。でも、鈴を手に持つたび、湖畔で彼と過ごした時間が鮮やかに蘇る。夢は消えたけれど、彼が言った通り、現実の中でその線をなぞることができたのかもしれない。
私は今日も鈴を手に持つ。そして、そっと目を閉じる。あの夢の続きは、もう私の手のひらの中にあるのだから。