フォトフィニッシュ
これは、古来から行われてきたより強い雄を決める争いの話である。
時は年に一度の体育祭。クラス対抗短距離走特別枠、陸上部限定レース待機場所では二人の男子が敵意を燃やしていた。
「分かってんだろうな、このレースに勝った方がマドカちゃんに告白出来る権利を持つんだからな」
「分かってるよ。まぁマドカちゃんが好きなのは俺だけどな」
「はぁ?!」
火花を散らす二人を周囲の同級生たちは温かい目で見守っている。つまりはいつものことなのだ。高校生にもなって小学生のような口喧嘩を繰り広げる二人のやりとりは、彼らの中では一種の娯楽となっていた。
ちなみに、マドカちゃんとは一学年上の陸上部マネージャーのことである。
「そんなの、分かんねぇだろ」
「いーや、分かるね。マドカちゃんは俺のこの足、かっこいいって言ってくれたからな」
「そんだけじゃねぇか。つか、フツーにお前のその足はかっこいいだろ。そんなのノーカウントだ!」
相手の言い分に言われた側の彼はグッと息を飲み込んだ。まさか褒められるとは思わず言葉に窮したのだ。ほんのり頬も上気しているが、喧嘩相手はそんなことに気づいていない。
ちなみに、彼らが今問題としているのは競技用の義足のことである。走ることに特化したその足にはスパイクも付いており、彼のためにこの特別枠が用意されたといっても過言ではなかった。
人との違いが気になる年頃だから余計嬉しかったのだろう。義足の彼が言い返してこないのをいいことに、腿をぺちりと叩いた喧嘩相手はマドカちゃんからの賛辞を自慢してみせた。
「俺なんか、フォームがステキって言われてっからな」
「そんなん、俺だって言われてる」
「前の大会の時だって、走り終わった後かっこよかったよって言ってくれたし」
「お前が緊張しすぎてタイム落としてたから慰めただけだろ。つかあれ、マジでなかったわ。いつものお前はもっと速くて綺麗な走りなのに。マジでもったいねぇ」
「う、うっせぇ! とにかく、お前には負けねぇからな」
「それはこっちのセリフだ」
口喧嘩は賑やかに続いていく。が、スタートラインに向かう頃には自然と口は噤まれていた。目付きだって真剣そのもの。それは、告白を賭けているからといった理由なんかじゃあなかった。あるのは、静かな闘志。
――誰にも負けねぇ。
未熟ながらも立派な、競技者としてのプライドだった。
――set……
張り詰める空気が心地よい。
――パンッと弾けたスタートの合図。
それと同時に加速する。頬を風が切った。レーンは緩やかなカーブを描いた白線からゴールまでの直線へ。真っ直ぐに、ただひたすらに。周りの景色も音も全部置いてけぼりにして。
走り抜く。
――ワッ!
両耳に音が戻ったのは数秒後。息の上がった二人が睨みあうまでにはもう数秒がかかり、判定が下ったのはそこから二分ほど後のことだった。
結果は、同率一位。
「速ぇだろ、お前! あー、くそ!」
「お前こそ速ぇんだよ、ふざけんなよ、あーー!」
悔しさにまた言い争いが巻き起こる。二人の様子を眺める周囲の目は変わらず温かいものであった。
ちなみに、この日の夕方、二人が陸上部部長と手を繋いで帰るマドカちゃんを目撃するのだが、それはまた別のお話。




