その2 絶対的庇護対象
★第七話『水の底の誓い』
その2 絶対的庇護対象
teller:New fighter
子どもの頃、将来開催されると言うバトル・ロボイヤルのことを、そして異界生物アンノウンと日々戦うビッグバンダーの話をも聞いて。
漠然と、かっこいいな、と思ってしまったのがそもそものきっかけだと思う。
オレはそんな、割とふわふわした理由でファイターを志して、ファイターの養成学校に通うに至った。
どうせならちゃんとした、正式なファイターになりたかったから、授業には真面目に取り組んだつもりだ。
ビッグバンダーを上手く動かせるよう、色々自分なりに戦い方に工夫を施したりもした。
そのおかげか、そこそこの成績のファイター候補生として認められるようになった頃、オレにある問題が浮上した。
――サポーターの存在。
ファイターに必要不可欠な、唯一無二の相棒。
学校側から自分のサポーターの希望者の名前を書くように専用のシートが渡されたが、オレはなかなかその空欄を埋められずにいた。
もともとオレは少しばかり人見知りで、授業には集中していたから学校生活ではそんなに困ることはなかったが、あまりプライベートで他人と話さなくて。
だから、心を許せる相棒、と言われても、誰一人として浮かんで来なかった。
そもそも、サポーターコースに知り合いも居なかったし。
優秀だと有名な人の名前を書けば良かったのかもしれないが、何だか気後れしてしまうくらいにはオレはちょっと内向的なところがあって。
どうしようか、と思ってとりあえずサポーターコースの見学に訪れたある日のこと。
「ぎゃあっ!?」
訓練用のビッグバンダーの整備に失敗したのか、軽くショートした回路を取り落とし、わたわたと慌てふためいている女の子の姿を見つけた。
オレより少し年下くらいの、小さな女の子。
ちょっと焦げた回路を素手で触ってしまって、軽く火傷したのかぎょっとして手を引っ込めて。
忙しなく表情をコロコロ変えて、ちょっとしょんぼりした様子で。
何だろう。
何だろうか。
凄く――ほっとけないな、と思ってしまった。
「大丈夫か?」
歩み寄り、手を差し伸べて。
こちらをきょとんと見つめる大きく無垢な瞳を視界に入れて。
かわいいな、とやっぱり漠然と、オレは思ったのだ。
◆
「あ、暁月くんっ、待ってっ、待ってっ、ふぎゃっ」
すぐ隣に居た筈の小さな影が、気付けばどんどん人混みに押し流されていた。
オレは眉を下げて笑い、ちょっと後ろに下がって、人混みに潰されかけていた小さな女の子の手を握る。
赤みがかった茶髪をツインテールにした、あどけない顔立ちの女の子。
小さな手をぎゅっと握って引き寄せる。
オレの所まで無事辿り着いた彼女は、ほっと安心したように息をついた。
そのまま手を繋ぎ、オレたちは歩き出す。
「……うえ、こ、このまま歩くの?」
どうしてだか、彼女はびっくりしたように目を見開いていた。
ほっぺたが赤くなっていて、ちょっと可愛い。
「こうしてれば、はぐれないだろ?」
「……わたし、もう14歳なんですけど」
「はは、そうだな」
「……もー」
少し膨れっ面をした彼女は、やっぱりまだまだ子どもで、素直に可愛いと思った。
オレの名前は、暁月=ブロック。
歳は18。
一応学業地区の基準では高校生相当にあたるけど、もうとっくに第30地区代表ファイターに晴れて選出されたから、もう養成学校に通う必要もない。
オレが手を引いているこの小さな女の子の名前は、彩雪=ウォーカー。
彼女が自己申告した通り、まだ14歳の女の子で――オレの、大切なサポーターだ。
初めて会った時から、放っておけないな、可愛いな、とずっと思っていた。
オレに妹が居たら、きっとこんな感じなのかな、なんて微笑ましい気持ちにもなった。
彩雪が気にかかって、彩雪と関わるようになってわかったことは、彩雪がちょっと、いやかなり抜けていて、とんでもなくおっちょこちょいだということ。
何もない所で転ぶし、料理を作ろうとしたら必ず焦がすし、さっきみたいに人混みに流されやすいし、良く迷子になる。
そんな彩雪を見てると、心配で、でもやっぱりそんなところがどうしようもなく可愛くて、オレは彩雪と一緒に居るようになった。
彩雪をサポーターとしてシートで指名した時、彩雪本人にも直接オレのサポーターになってくれるよう頼んだ時。
彩雪はとても驚いていた。
驚きすぎて、たまたま手にしていたバケツをひっくり返して、オレと一緒に水浸しになったのが、何だかおかしかった。
自分が誰かに必要とされる可能性すら思いつかない彩雪を見た時、やっぱりこの子は、オレが守ってあげたいな、と思ってしまった。
そうしてオレは、彩雪が――と言うより、オレと彩雪が一緒になって整備している、ペンデュラムを武器に戦う多機能性ビッグバンダー『オネイロス』に搭乗して、このバトル・ロボイヤルに挑むこととなる。
今は、その為に、カーバンクル寮で共に過ごしながら、バトル・ロボイヤルがいざ開催される『その日』を待ち続けているわけなんだけれども。
「暁月くんっ」
「ん? どうした?」
ふと、彩雪が弾んだ声を上げた。
ぎゅ、と手を強く握られ、くいくい、と引っ張られる。
オレが首を傾げていると、彩雪はある屋台を見て目を輝かせていた。
クレープの屋台。
最近、こういう屋台を良く見かける。
バトル・ロボイヤル開催に備えて、少しでも街を賑やかにしたい政府の策だろうか。
治安の悪い喧噪は未だに頻繁に聞こえるし、この前の爆破テロみたいなトラブルが起きたりもするけど。
『その日』はじわじわ、近付いてきているのだろう。
オレたちがぼんやりしている裏で、着実に、確実に。
それでも彩雪の瞳は、今日も無垢だ。
クレープの屋台を純粋に見つめる、澄んだ瞳。
ああ、なるほど。
彩雪はやっぱり、こういうところがとても可愛い。
「食べてくか?」
「うんっ!」
笑顔で頷く彩雪が可愛くて、つい頭を撫でると、ちょっと不満そうな顔をされた。
昔は、頭を撫でても嬉しそうにしてくれたのに、最近はたまに怒られてしまう。
彩雪もお年頃なのだろうか。
オレからすれば、まだまだ子どもなんだけど。
◆
「甘くておいしいーっ!」
「そうか、良かったな」
彩雪は、屋台で買ったイチゴチョコデラックスクレープ、というのを口いっぱいに頬張って、これ以上ないほどにこにこしていた。
オレはその隣で、彩雪の手を引きながら何も食べずに歩いている。
「暁月くんも、買えば良かったのに」
「オレは彩雪が幸せそうな顔を見ているだけで充分お腹いっぱいだし、オレも幸せになれるよ」
「……暁月くんて、たまに凄いこと言うよね」
彩雪が、ちょっと顔を赤くして、オレから目を逸らした。
あ。
口に、クリーム付いてる。
「彩雪。ちょっと、動かないで」
「え、何――わっ」
彩雪の口元を軽く指で拭う。
自分の指にべったり付着したクリームを見て、彩雪が美味しい美味しいと絶賛していたせいか興味が湧いて、そのままそれを舐めた。
「っ、ああああああ暁月くん!?!?」
「うん、ほんとに甘くて美味しいな」
オレが笑うと、何でか彩雪は真っ赤になって口をはくはくさせていた。
ちょっとりんごみたいで、可愛いな、と思った。
しばらく彩雪は固まっていたけど、ふと目を伏せて。
「……暁月くんは、わたしを何だと思ってるの?」
「可愛いと思ってるよ」
「そういうことじゃなーいー……」
もごもご言いながらクレープを食べる彩雪はやっぱりオレにとっては可愛くて、ちゃんと守ってやりたい、妹みたいな大切な存在で。
ずっと、この手を繋いでいられたらいいな。
そうしたら、何となくだけど、幸せな気がした。
本当に、全てにおいて何となくの何となくで生きている自分が、ちょっとだけ嫌になったけど。
隣の彩雪が可愛いから、オレの中のモヤモヤは、今日も簡単に消え失せてしまうのだ。




