その15 コール・ミー!
★第六話『暴走暴発暴虐ガールズ!』
その15 コール・ミー!
teller:ダリア=リッジウェイ
あのあとすぐに、廃ビルの場所がカーバンクル寮全体にも、政府上層部にも特定されて。
テロリスト集団は全員確保され、警備組織に連行されていった。
街全体にばらまかれた爆発物はとっくにサポーターの解析により機能停止させられている。
現在、寮で待機していたファイターたちによる爆発物撤去作業が行われているらしい。
テロリスト集団の正体は、そもそもテロリストですらなかった。
元々は、治安が悪いこの星のあちこちにいるチンピラ集団と同じ。
よく見かける存在だ。
悪ぶって、声を荒げて、力を誇示して市民を怯えさせる存在。
よく見かけるそいつらと今回の連中の違いは、爆発物の知識の有無。
連中の目当ては金。
それだけ。
は爆破テロで政府を脅して、大量に金を得るつもりだったらしい。
その過程で、どれだけの人がどのくらい傷付くのか、深く考えもせずに。
もっとも、その爆発物の知識すらドロッセルに言わせればお粗末なもの、らしいけれども。
彼らはこれから、裁かれるのだろう。
然るべき場所で。
法すら完全に機能していないセカンドアースだけど、このセントラルエリアはきっとまだ、この星で一番街として機能している場所の筈だから。
できることなら、今のこの星で一番の倫理に則って裁かれてほしいと、彼らがどうか自らの罪を自覚してほしいと願う。
ただ、今は彼らに思いを馳せるより優先すべきことがある。
「ドロッセルに、謝ってください」
今回のきっかけーードロッセルに任意同行を要求してきた政府職員さん二人の前に、私は毅然と立っていた。
困惑した様子を見せる職員さん二人と、心底嫌そうに目を逸らすドロッセル。
そして、勢いで連れてきてしまった笹巳。
私のエゴなのはわかっていた。
わかっていたけれど、止まれない。
やっぱり今日も、私の心には私だけの正義の炎が煌々と燃えている。
「ドロッセルはテロリスト集団を捕まえました。爆破テロも止めてみせました。でも貴方たちはドロッセルに疑いをかけた。ドロッセルは何も関与してなかったのに」
「ちょっと……ダリアちゃん、そういうのいいって。そんなしょうもない大人に謝罪されても、わたしどうでもいいもん」
「うん、ごめん。でも私、これはドロッセルが望んでいなくても必要なことだと思うの」
「……はぁ?」
廃ビルで見せた可愛らしい笑顔はどこへやら。
ドロッセルは、不快そうに眉間に皺を寄せる。
だけど怯んでやるつもりもない。
勿論、この星では社会的な地位が上であろう目の前の職員さんたちにも、だ。
「私たちファイターは、サポーターと一緒にそれぞれ一つの地区を背負ってる。私たちの名前は今、私たちが思っているよりずっと重くて、誇りあるものだと私は思うの。この人たちは、ドロッセルの誇りに傷をつけようとした。それこそ今のセカンドアースでは凄く重い罪だと、私は思う」
私が一歩前へ出て近づくと、職員さん二人はぎょっと狼狽えたように目を剥く。
私はそのまま、はっきりと告げた。
「だから、ドロッセルに謝ってください。ただの謝罪だけじゃない。政府上層部全体で誠意をもって、ドロッセルの誇りを穢した罪と向き合って――それを、何らかの形として目に見せてください、ドロッセルに対して。この星を守る人たちなら、できるでしょう?」
私がどれだけ真っ直ぐに見ようとしても視線を泳がせていた職員さんたちが、固まった。
ようやく目が合い、彼らは気まずそうに俯くと、二人してドロッセルに頭を下げようとした、が。
「……要らない」
ドロッセルが、それを拒んだ。
「あんたたちの幼稚な『ごめんなさい』なんて、わたし要らない。そんなのわたしに何の価値もない」
ドロッセルが職員さんを見る目は、冷たい。
何が言わなきゃ、と口を開いた私を遮るように、ドロッセルは畳みかけた。
「でも、ダリアちゃんの言う通り。わたしに疑いをかけたこと、ちゃんと『上』に持ち帰って。誠意を『上』なりに形で示して。あんたたちじゃなくて、『上』の人たち全体の謝罪として謝って。……そうでもされないと、わたしの誇りに塗られた穢れは、拭えないもの」
その場での謝罪を完全に拒絶するドロッセルに、怯んだように二人は顔を上げる。
そして結局、何も言葉を口にすることなく、彼らは一度私たちに深く深く頭を下げると、カーバンクル寮の玄関ロビーから去っていった。
途端に、はああ、と長い溜息が聞こえる。
溜息の主は、疲れた顔をしたドロッセル。
彼女はじろりと私を不満そうに見て、首を傾げた。
「あっきれた。とことん綺麗事を地で行くんだねえ、ダリアちゃんは。上の人にケンカ売ったって思われるかもよぉ? いいのぉ?」
「え、いいよそんなの。それでもドロッセルに何の謝罪も来なかったら、私は許せない。上層部でも何でもいい。何を敵に回しても、私は私の考えを曲げられないし」
「……それは、ダリアちゃんが『正義の味方』だから?」
「それもあるけど……ちょっと、違う」
先生の教えを、脳内で何度も何度も復唱する。
正義の味方は、私の夢。
私にとってはとても大事なこと。
でも私はまだ完全な『正義の味方』になれているわけじゃないから。
ここからは私の、まだただのダリア=リッジウェイでしかない私の言葉。
「……生きていく上で、誇りは大事なものだから。他人にどうこう言われても譲れないもの、色んな人にあると思ってて。それは、他人に穢されちゃいけないものの気がする。……大事に守らなきゃいけない、その人だけの宝物。私はそう思ってる。だから、ドロッセルの誇りを汚した人たちが、私は許せなかった」
ドロッセルの瞳が、私を捉える。
感情の読めないくりくりとした瞳が、私を映している。
その瞳に、私が今まで彼女から浴びてきた悪意が含まれていないことは、なんとなくわかった。
静かに、問われる。
「……それは、貴方の言葉?」
「そう、私の言葉。私の考え。……正義の味方になりたいっていうのも私の誇りみたいなものだから。それは誰にも、穢されたくないから」
「――ふうん」
ドロッセルが、背伸びをして、私の両頬に触れる。
この体勢は、先ほども経験した。
ドロッセルに悪意を向けられた時に。
彼女の口から、彼女が『悪』だと聞かされた時に。
お綺麗なことばかり言う私の眼を、抉り取ってしまいたいと告げられた時に。
「……あなたの眼、本当に綺麗ね。綺麗すぎて、要らないわ」
私の目元をまた指でなぞり、困ったようにドロッセルは笑った。
少し拍子抜けした私からドロッセルが少し離れる。
かと思ったら彼女はまた背伸びして。
私の頬に、ちゅっと軽く口付けた。
「え?」
「は!?」
退屈そうに黙り込んでいた笹巳が、私より過剰な反応を見せた。
私と笹巳に痛いくらいの視線を向けられているドロッセルは、くすくすとおかしそうに笑う。
「気にしないでいいよ? わたしなりのお礼みたいなものだから」
「あ、そうなの? ありがと、ドロッセル」
「いや、そうなのって……オマエその反応でいいのかよ!? 色々おかしいだろ!?」
「え、そう? お礼は純粋に嬉しくない?」
「礼の仕方がおかしいだろうがッ! つーか何でオレまで連れて来られてるんだよ! オレ関係ねえだろ!」
今まで黙っていた分を取り返すようにギャンギャン怒鳴る笹巳。
そんな彼女に便乗するかのように、ドロッセルが首を傾げた。
「まあ、それは確かに。ダリアちゃんは何でわたしと笹巳ちゃんにやたらと構うのかなあ? わたしたち、明らかにヤバそうなのに」
「オレをテメェみたいなイカれた女と一緒にすんじゃねえよ……」
私がドロッセルと笹巳にこだわる理由。
それは最初から、特に揺らいじゃいなかった。
「そりゃ……仲良くなりたかったから? 二人とも可愛いし」
「はァ!?」
さっきよりもずっと、笹巳が過剰反応を見せた。
心なしか、顔が赤い。
それを見逃すものかとばかりに、ドロッセルがにやにやしながら笹巳の顔を覗き込んだ。
「やだぁ、笹巳ちゃん、こういうの弱いの? ああ、恋愛脳だもんね? かーわーいーいー」
「うるっせえな黙ってろッ!! オレのどこが……」
「え、ほら。笹巳ってスラッとしてるし美脚だしパッと見綺麗なんだけど……なんだろ? 雰囲気? かわいいよね」
「オマエッ!! 黙れッ!! すらすら気持ち悪いこと言うんじゃねえッ!!」
何故だかひどく動揺したように笹巳が私に飛び掛かり、ヘッドロックまがいの体勢になる。
でもそれも、抱きつかれているようで、初めて笹巳とまともに触れ合えているようで嬉しくて。
私が笑い出すと、ドロッセルも笹巳もぽかんとしたように目を丸くした。
「ごめん、嬉しかったから。……友達じゃなくてもいいんだ。仲良くなりたい……っていうか、私の名前を、私を、二人に覚えててほしいの。それでいつか、二人が困った時に……もし二人が私の名前を呼ぶことがあったら、私は二人を助けに行きたい」
自然と力が緩くなった笹巳の腕を一旦退けて、私は二人の前で、スカートの裾を、姿勢を正し、片手で敬礼をした。
「――私、ダリア=リッジウェイです! 第16地区代表ファイターで、二人と同じ18歳! なりたいものは正義の味方! ごめん、端末情報で知ってるかなって思って甘えて、まともに自己紹介もしてなかったね! よろしく! ドロッセル! 笹巳!」
私の敬礼に、二人は揃って、ますます戸惑ったような様子を一瞬見せて。
ドロッセルは、溜息混じりに笑い出す。
「はあ……なーんか、気ぃ抜けちゃうねえ。ダリアちゃんって」
「オレはよろしくしたくねーんだけど……って、うわっ」
ドロッセルと笹巳の手を取り、私は走り出す。
この絵面自体は二人との最初と同じ筈なのに、私たちを纏う空気がまるで違う。
それが、とても嬉しかった。
「あははっ、今日すっごく疲れた! おなかすいたね! ね、二人とも、一緒にご飯食べに行こうよ!」
「安心したら腹減るとかガキかよ……ってか離せよッ!」
「ふふふ、お腹が空くのは当たり前だよぉ」
私の代わりにドロッセルが答え、私の手を握り返し、彼女は言った。
「――だって、わたしたち、人間だもんっ!」
ドロッセルの声が、空に晴れやかに吸い込まれていく。
まだお互いのことを全然知らない私たち三人組。
でも私はこの二人ともっともっと近づきたい。手を繋いでいたい。
笹巳にも、いつかはこの手を握り返してほしい。
ねえ、ドロッセル、笹巳。私の名前を覚えて。
私の名前を呼んで。
もっともっと呼んで。
私も、二人の名前をめいっぱい呼ぶから!




