その7 例え焦土でも、腹の音は鳴る
★第六話『暴走暴発暴虐ガールズ!』
その7 例え焦土でも、腹の音は鳴る
teller:バッカス=リュボフ
「なあ、ピアス。おれ、どうすればいい?」
情報収集の為か、はたまた爆破テロに備えてシールドを寮や街の地域ごとに重ね掛けしているのか。
さっきからコンピュータに真剣に向き合ってキーボードを叩くピアスに、おれは今朝の余りのハンバーガーを食べながら問いかける。
ピアスはおれに一瞥もくれず、静かに言い放った。
「テロ組織の実態すらまだ掴めてないのよ。アンタはこういう時まったく役に立たないんだから。はっきりした指示が出るまでいつも通り飯でも食ってなさい」
「は、はーい……」
凄く鋭く戦力外通告されてしまった。悲しい。
肩を落としながらもハンバーガーを齧り踵を返そうとするけど、一瞬視界に映ったモニターの画面には街の経済情報が映し出されていて。
そういえば今この星は、バトル・ロボイヤルに備えて経済制度、通貨制度などなどをかなり強引に、無理矢理統一して整えて世界を回してるんだっけ。
だからこそ一つでもボロが出るとまずい状況なわけで、もし爆破テロなんかが大々的になって、色々損害が出過ぎて、頼みの綱のバトル・ロボイヤルすら延期、もしくは最悪中止になったら……。
……あれ、ごはん、食べれなくなる?
最悪の想像に顔を青くしていると、ちょいちょいとこちらを手招きする小さな手が見えた。
「……カエちゃん?」
小声で名前を呼ぶと、部屋の入り口の陰に隠れるように立っていたカエちゃんは、『しー』と人差し指を自身の唇に寄せた。
◆
「はーい、みんなにご報告ー。湊情報。怪しげなチンピラ集団が、路上で不審な動きをしていた形跡が複数の時刻で確認されてる。セントラルエリアの監視システム参照」
カエちゃんが呼び出したのは、おれと愁ちゃんとオリーヴ氏。
要するに、いつものメンバー。メシトモ4人だ。
愁ちゃんは難色を示しているかのような表情を浮かべていたが、カエちゃんは気にせず小型の電子端末に映った映像をおれたちに見せる。
そこに映るは確かに、派手な外見の若い男集団が路上を何か弄っているような複数の映像。
「……この男たちが例の爆弾テロリスト集団だと?」
「その可能性は高いよねって話」
オリーヴ氏の言葉にカエちゃんは頷き、ちら、と顔を上げる。
カエちゃんの勧めで寮から出ていたおれたちの目の前に広がるのは、いつもの路上。
あまり清掃されておらず整備や舗装も中途半端ないつもの路面を、カエちゃんはじっと見てる。
「おい、花楓?」
愁ちゃんの訝しむ声も無視して、カエちゃんはいつもの、寮から飲食街に行く道へと一歩一歩踏み出して。
何歩目かの時、カエちゃんが足元の小石を前方に投げる。
小石が路上に落ちた瞬間――重い爆発音と共に、爆風が吹き荒んだ。
「っ、ぁ……!」
「な……ッ、花楓ッ!!」
爆発源の一番近くに居て、なおかつ一番体重が軽いカエちゃんがよろけて吹っ飛ばされそうになったけど、愁ちゃんがカエちゃんを咄嗟に覆うように支えて何とか事なきを得た。
おれとオリーヴ氏は地に足を踏みしめながら、少し呆然と目の前の爆炎を見つめていた。
これって。
「……寮周りにも、もう爆弾が仕掛けられてるってこと……?」
「はぁ……そだよ。……今のこの街は、いつどこでこうなるか誰もわかんないってわけ」
カエちゃんは忌々しそうに爆炎を睨むが、そのキャスケット帽に思いっきり拳が落とされた。
「痛っ……」
「この馬鹿!! あぶねえ真似してんじゃねえよ!!」
「いったいなあ愁ちゃん……確かめときたかったんだよ」
カエちゃんを怒鳴りつける愁ちゃんに対して、カエちゃんは帽子越しに頭をさすりながら顔をしかめる、が。
愁ちゃんが叱りたくなる気持ちもちょっとはわかるかも。
愁ちゃん、何だかんだでカエちゃん大事だもんね。
……そしてそれはおれも、オリーヴ氏も同じだ。
ただ今のおれはとりあえず、カエちゃんの頭を撫でる。
「カエちゃん、だいじょぶ? 怪我してない?」
「愁ちゃんのゲンコツ以外痛くも痒くもないよっ。それより、今の爆発で爆弾の種類が特定できたみたい。またしても湊情報」
「ミナト?」
オリーヴ氏が首を傾げる。さっきからカエちゃんの口からは出てくる人名。
カエちゃんは補足するように言った。
「おれのサポーターの名前くらい、調べといてよー。ちょーっと難しい子だから引きこもりがちで会う機会無いのはわかるけどさあ。まあとりあえず湊ってこういう捜査得意な子で……っと、よしよし、来た来たっ!」
カエちゃんが手にしていた小型端末の画面が更新される。
セントラルエリアのマップ画像に、多数の赤いマーカー反応。
「……このマーカー、全部爆弾ってこと?」
「そうみたい。うーわ、結構多い。やってくれるねー……」
「やってくれるねー、って……街全域にあるようなモンじゃねえか。寮とか爆弾に囲まれてるようなもんだろ……」
愁ちゃんがカエちゃんの首ねっこを掴みながら深刻そうに画面を見つめる。
愁ちゃんがカエちゃんを掴んでいるのは、多分また勝手な動きをしない為だろう。
「……赤いマーカーが爆弾なのはわかった。この反応が集中した紫のマーカーは何だ?」
「さっすがオリーヴくん。お目が高い! これは人の生体反応だね。さっき爆発した爆弾に触れた生体反応を辿ったら、こーんなにまとまった集団見付かっちゃったわけ」
「それって」
「……この紫の生体反応が、テロリスト集団だということか」
「そういうこと。……爆弾を搔い潜れば、今なら全員取り押さえられる。ま、湊の手柄だけど!」
「掻い潜るってどうやって……つか、あぶねえしこういうことはちゃんと周りや上に報告した方がいいだろ……」
「こんな怪しげな集団反応が見付かった今、なんもわかんないうちからいきなりドロッセルちゃんを名指しで犯人に断定した『上』の人たちを信じて任せろって? 冗談きっついにゃあ、愁ちゃん。……あの人たちがさ、そんなちゃんと対応してくれるほど賢く誠実なわけがないよ」
カエちゃんは少し、冷たく笑う。
あの人たち、って。
まるで、上層部の人たちを知ってるみたいな――。
おれの疑問を掻き消すかのように、カエちゃんはいつものように明るく笑う。
「と、言うことで! みんなで行くでしょ? 潜入捜査ごっこ!」
「は?」
「へ?」
「ん?」
カエちゃんが小型端末をしまい、愁ちゃんとオリーヴ氏の手を取る。
おれだけ手を取られなかった。さみしい。
「おれ、こういう無駄なゴタゴタ嫌いだもん。さっさと片付けよ! ……そんなことより、早くいつもみたいに、みんなでご飯食べに行きたいもーん」
あ。
それも、そうだ。
おれたち、今日はいつもみたいに四人で外食できてないんだ。
「そういうことならオッケー、カエちゃん! 四人でずばっと、解決してやろうぜいっ!」
「は!? おい、俺はまだ色々納得いってねえし――」
「四人で、じゃなくてサポーターの力も借りとこ! 特に、おれの湊は凄いんだから!」
カエちゃんが得意げに笑い、愁ちゃんとオリーヴ氏を引きずって歩き出す。
おれはその三人の背中を追いかけるように、意気揚々と歩き出した。
――そうだ、まだ生きてる。まだおれは、お腹が空いている。
歩くんだ。この街で、呼吸する為に。生きる為に。
まだおれは――おれたちは、ちゃんと生きてるから。




