その5 この街の呼吸音
★第六話『暴走暴発暴虐ガールズ!』
その5 この街の呼吸音
teller:バッカス=リュボフ
この街は、まだ、生きてる。
おれの大好きな音楽が世界に響くように、街の声が今日も聞こえる。
この街は呼吸している。
おれたちが心臓を刻む度に、おれの腹の音が鳴る度に、街だって生きる為に呼吸をする。
どれだけこの星のどこかが荒もうと、どれだけこの街自体の治安すらくそったれだろうと、この街は生きてる。
――まだ、生きてる。
◆
「あ、愁ちゃん、おっかえりー!」
「色々言いてえことはあるけど、なんもかんもおかしいよ。てめーらは」
扉が開く音と共にカエちゃんがベッドから飛び起き、部屋に入ってきた愁ちゃんに飛びつく。
愁ちゃんはそれをいなしながら、おれらを見て物凄く、それは何とも言えない表情を見せてくれた。
呆れとか絶句とか、そんなもんを超越したような表情。すげー顔。
現在おれたちイツメンことメシトモ組は、愁ちゃんの自室で全力でくつろぎ中。
カエちゃんはさっきまでベッドでゴロゴロしてて、おれは持参した早めの朝飯のハンバーガーをがつがつ食べていて、オリーヴ氏はおれ持参のポテトをつまみながら愁ちゃんの私物の紙の本を黙々と読んでいる。
愛機絡みの事情で聖歌ちゃんに相談がてら席を外していた愁ちゃんは、おれらの姿をじろじろと眺めたあとがっくりと項垂れた。
「何で俺の部屋なのにおめーらはさも自分ちのようにくつろいでんの? 自分の部屋あるよな?」
「おれはベッドメイクできなさすぎてピアスに怒られ期間なので、自分の部屋より愁ちゃんの部屋が落ち着くのですー。買ったゲーム置かせてもらってるし」
「おれの部屋、そもそも地下室だもーん。健気に愁ちゃん帰ってくるの待ってたんだもーん」
「俺は単純に、こいつらが居たから何となく来た」
「人の部屋勝手な理由で溜まり場にすんのやめねえ? 無断で入んのもやめねえ? 俺にもプライバシーあるからな??」
肩を落とす愁ちゃんの背中をぽんぽん叩くと、鬱陶しそうに手を払われる。
「まあまあ、愁ちゃんの部屋が満場一致で居心地が良いってことでいーじゃん」
「他人の生活空間に勝手に居心地の良さ見出すのやめろ寄生虫デブ」
「急にピンポイントでおれだけぶっ刺してくんのやめない!? 全員同罪よ!? あ、愁ちゃん、ロマネスクの円盤持ってきたんだけど観る??」
「そんな切り替え早いんなら多少は文句言わせろ。あと観ねえよ」
どす、と脇腹を蹴られた。
う゛、先ほどまで大量のハンバーガー、しかもビッグサイズを貪っているので些かダメージがクる。
崩れ落ちるおれを後目に、愁ちゃんは溜息混じりでどかりと床に座り込む。
カエちゃんは愉快そうに笑って、当たり前に愁ちゃんの隣に座って。
オリーヴ氏はまだ無言で本を読んでいる。
最近のオリーヴ氏は、少し静かな気がする。
あのテーマパークの一件の後あたりからだろうか。
何か考え込んでいることが増えたし、おれたちから離れて一人で外出することも増えた。
それでもご飯に誘ったら来てくれるし、おれとカエちゃんが遊びに誘ったら乗ってくれるし、別に付き合いが悪くなったわけじゃないけど。
まあ、オリーヴ氏なら話したくなった時にぽろっと話してくれるかな、とおれは楽観視してオリーヴ氏が食べていたポテトの箱から自分もポテトをつまむ。
それからおれは、愁ちゃんの部屋のモニターに近寄った。
「待て待て待て、勝手に何してんだデブ」
「え、ロマネスクの特番録画した円盤流そうかと……」
「俺さっき観ねえって言ったよな??」
「俺はそこそこ観たいが」
「ここお前の部屋じゃねえんだよジジイ」
円盤ディスクを取り出すおれと、デッキに触れさせまいとおれの肩を掴む愁ちゃん。
本を閉じておれと連携プレイで円盤をデッキに入れようと協力してくれるオリーヴ氏。
カエちゃんはそんなおれらを笑いながら傍観していたけど、参戦してリモコンを取った。
「にゃはは、いいじゃんいいじゃん! こないだのテーマパークでライブ観れなかったし。お試しで音楽くらい聴いてあげよーよ」
「あげよーよ、ってだからここ俺の部屋……あ、おい!」
カエちゃんがリモコンを押し、モニターの画面を点ける。
しかし、真っ暗だった画面に映ったのは何やら深刻そうな臨時ニュース画面だった。
建物が、燃えている。
爆炎に包まれた施設と、逃げ惑う人々。
懸命に行われる消火活動。
そんな、なかなかに衝撃的な光景を前にテロップ付きで音声が流れる。
『――繰り返します。テロリストを名乗る集団から、連続爆破予告メッセージが届きました。該当地域にお住まいの皆様は――』
連続爆破、予告?
おれと愁ちゃんが呆然としている中、カエちゃんの『うわぁ』とげんなりするような声が部屋に響いた。
オリーヴ氏は険しい顔をしている。
って、該当地域ってどこ――。
「……馬鹿ス、見付けた。ようやくニュース見たのね」
「あ! ピアス!」
「端末、定期的に確認しなさいって言ってるでしょ……」
慣れ親しんだ声に振り向くと、ピアスが部屋の入り口の所に立っていた。
ピアスの言葉に自分の端末を確認すると、なるほど確かに。
ピアスからのメッセージや着信が何件も入っている。
なんかこの光景前にも見たな。
ピアスはきょとんとしているおれに呆れた素振りを見せてから、おれたち全員に向き直る。
「――該当地域の知らせなら臨時メッセージとして全員の端末に届いている筈。問題はここから。……うちの寮から、ドロッセル=リデルという18歳のファイターの女の子が容疑者として上層部に連行されそうなの。理由は現状不明。……ただこの事件、バトル・ロボイヤルの開催にも大きく影響を与えるかもしれない」
「え……」
何で18歳の女の子が、容疑者に?
まだ子どもじゃないか。それに、ファイターなのに。
理由不明なのに連行されそう?
何それ。今、何が起きてるの。
少し早くなった心臓の音が何だか気持ち悪くなって、もう一度モニターに視線を向け、凄惨な事件現場を網膜に焼き付ける。
焼かれても、どれだけ、炎に包まれても。
どれだけ命が、脅かされようと。
――まだ、この街は生きてる。
まだ、生きてる命がたくさん在る。
大丈夫、この街はまだ呼吸をしている。生きている。
――おれは、ちゃんと生きている。




