その3 暴虐純情・恋する乙女
★第六話『暴走暴発暴虐ガールズ!』
その3 暴虐純情・恋する乙女
teller:New fighter
「もう、こんなことしたら駄目ですよ」
傷を負ったのはオレの方なのに、オレよりも苦しそうな顔で、ソイツはオレの手首に包帯を巻いて行った。
オレの意思で真っ赤にした手を何の躊躇いもなく優しく握って、触れて。
いつもは出てくる暴言が出て来ない。
暴言より先にソイツを蹴り飛ばせる筈のこの足が、動いてくれない。
時々オレは、コイツの前で何も出来ない無力な存在になってしまう。
最初はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
この感情を気持ち悪いとばかり思っていた。
拒絶、していた。
でも、だんだん――コイツとの時間が永遠に続けば良いと思うようになった。
ねえ、オレ、何もしないから。
おとなしくしてるから。
オレ、ちゃんといい子にしてるから。
――早く、早く。オレの全部、奪い去って。
◆
「笹巳さん!? ちょっ、どこ行ってたんですか――ぎゃっ!!」
オレが自室に戻るなり、隣の部屋から飛び出すように出てきたソイツの顔面を、とりあえず蹴り飛ばした。
ソイツは眼鏡をかけているから危ないのかも知れないけど、知ったことか。
イライラする。イライラするんだ。ただひたすら。
ソイツがその場に尻餅をつき、顔を押さえながらもオレを見上げる。
気弱そうな瘦せこけた、冴えない男。
スーツ姿の、ごく普通の大人。
それでも、コイツはオレの――。
「……うるさい。オマエには関係ないだろ」
「か、関係ありますよ!? 私は笹巳さんのサポーターで――いや、そんなことより! 最近物騒なんですから夜中に出歩くのは危険なんですってば! 昨晩どこ行ってたんですか!? もう朝ですよ――ぎゃあっ!!」
ムカついたから、今度はその頭を踏みつける。
予想外の衝撃にそいつは崩れ落ち、顔面を床に強打していよいよ鼻血が少し垂れていた。
床に垂れた血を見て、思う。
アレ、全部オレが舐め取ってやりたい。
飲み干してやりたい。
だってその赤は、オマエの赤だろ。
オマエのものだろ。
オマエのものなら、オレ、全部欲しいよ。
オレの心は、こんなにオマエだけを求めてるのに。
天邪鬼なオレのこの唇は、可愛くない言葉ばかりを紡ぐ。
「知らねえよ、関係ねえよ。世間がどうとか、世界がどうとか、オレには全部、関係無い」
吐き捨てるようにそう言って。
オレは未だ地に伏せているソイツを無視するように、自室の扉を乱暴に開け閉めし、玄関に一人立ち尽くす。
姿見に映る自分の姿は、ひどいものだった。
ボロボロの傷だらけ。
さっき見た赤の比じゃないぐらい、あちこち真っ赤。
全部がオレの血ってわけじゃないけど。
返り血も含まれてるけど。
殴ったし、殴られた。
蹴り飛ばしたし、蹴り飛ばされた。
くそったれな治安の街中を一人っきりで暴れ回ってきたクソガキの姿が、鏡に映っている。
それでもアイツのことをどうこう言えないくらい、痩せて、頼りないくらい白い肌の鏡の中のオレは――どうしようもないくらい、『女』で。
色気も何も無いくせに、痩せっぽちのくせに、骨格が、独特の肉の付き方が、オレの性別をありありと物語っている。
こんなオレの名前は、笹巳=デラクール。
第49地区の代表ファイター。
さっきの男は、麓重=バラード。
オレのサポーターだけど、オレにとっては、それ以上に。
控えめに、玄関の扉が、オレのすぐ後ろの扉がノックされる。
背中の傍から、遠慮がちに声が響く。
「……笹巳さん、怪我、してるでしょう。手当て、しますから」
「……うるさい」
うるさい、うるさい、うるさい。
どうしてオマエは、こんなに理不尽に傷付けても、こんなに理不尽に拒絶しても、オレなんかに優しくするんだ。
優しくするんなら、その優しさ、全部オレだけに向けられればいいのに。
全部全部、コイツの全部、オレだけのものになればいいのに。
世界がどうだ、とか知らない。
自分がファイターだとか、そんなの知らない。
正義だの、悪だの、全部全部どうでもいい。
世界に、オレと麓重、たった二人きりになれば良いのに。
麓重以外、オレは要らない。
オレが欲しいのは、麓重の全て。
それ以外、要らない。それ以外、どうでもいい。
麓重以外――オレの世界に、必要ない。




