その6 破壊の聖女
★第一話『主人公ヒーローはおデブちゃん!?』
その6 破壊の聖女
襲撃犯・クエイク=ワイルダーが白目を剥いた後、セカンドアース上層部直属の警備部隊によっておれたちが居た公園――フェアリーパークは封鎖された。
黄色いテープの外にエレノアちゃんとチャドくんを誘導し、おれも騒動が落ち着くまで待機しようとする。
子ども二人は、すっかり疲弊しきっていたのか、しばらく一言も言葉を発さなかった。
相当怖い思いもさせちゃっただろうし、こういう時は年長者のおれがしっかりしないと。
まず空気を変えるべくなんか渾身のギャグでも披露しようかな、と思いつつ二人の頭を掻き回すように撫でていた時。
「……馬鹿ス?」
――物凄く、聞き覚えのある声が響いた。
おれはぎくりとその場に固まる。
居る。
背後に、至近距離に、確実に居る。
でも、振り返りたくない。
目が合ったら最後な気がする。
おれがそろり、そろりとちびっこ二人を緩く引きずりながらも避難モードに移行しようとしていた時。
「こんっっの色ボケメタボ男!!!!」
「あいででででで!!!!」
――片耳を、思いっきり抓られた。
おれがじたばたともがいていると、そのままあいつに、『相棒』に正面から胸倉を掴まれる。
「結果オーライだったから良かったものの……アンタ、食い気&アイドル愛の娯楽優先で行動すんのいい加減にしなさいよ!? これで予選落ちてたら洒落になんなかったんだからね!?」
「ごめんごめんごめん、ピアス!! でもほんとに結果オーライだったんだからいいじゃん!! ゆるして!! あと食い気は単なる娯楽じゃない!! 生き抜く為に必要不可欠なことです!!」
「度が過ぎてんのよ、アンタの場合は!!」
おれの目の前に居るのは、おれの愛機であるトヨウケに似た真っ赤な色の髪を腰元まで長く伸ばし、口紅を塗ってメイクもバッチリなパンツスーツを纏った巨乳でスタイル抜群の美人。
けど、声は低い。とても低い。かっこいい、男の声。
その違和感に気付いたのか、チャドくんとエレノアちゃんが揃って目を丸くする。
「え……おんなのひと? でも、こえ、すげー低い……」
チャドくんが無邪気にその違和感を口にするが、おれも相棒も一切気に留めず、おれは必死にもがいて相棒ことピアスの手から逃れ、情けなくもチャドくんの背に隠れる。
流石に子どもに手出しは出来なかったのか、ピアスが襲ってくる気配はない。
その代わり、物凄い形相でおれは睨まれているけれど。
けどまあ、それを良いことにおれは子ども二人に相棒を紹介することにした。
「紹介すんね。チャドくん、エレノアちゃん。こいつはピアス=トゥインクル。おれのサポーターだよ」
「さぽーたー!」
チャドくんの目が輝く。
サポーター。
バトル・ロボイヤルに参加するファイターにはそれぞれ、補佐役となる『サポーター』という存在が一人だけ割り振られている。
機体の整備、負傷したファイターの治療、ファイターのメンタルケア、ファイターの私生活の世話に至るまで諸々を任された、ファイターにとっては一心同体の相棒だ。戦闘中はさっきみたいに解析やシールドなどの支援もしてくれる。
おれにとってのその相棒が、目の前にいるピアス=トゥインクル。
おれの幼馴染で、親友。
ピアスはざっくり言えば、胸だけ工事済みの元・男性だ。
見てくれだけはとんでもない巨乳美女だけど、まあ最初の性別は、男である。
でも、ピアスの魅力は男だ女だ、ジェンダーの括り云々に簡単に縛られていいもんでもないと思うわけだ、おれは。
例えば、タフネス自慢のおれを瀕死までボコれるくらいの外側の強さ、ちびっこ二人から向けられる違和感と困惑の視線、チャドくんの先程の指摘に気付いているだろうに微塵も気にしていない内側の強さ。
つまりは完璧に強く、気高く美しい自慢の親友。
性別:ピアス。それがこいつ。
……とか、褒めちぎったら許してもらえないだろうか。
「……あのー、ピアス。予選って……」
クエイクの力技によって、予選状況は多分ぐっちゃぐちゃになった筈だ。
それが不安で訊ねると、ピアスは複雑そうな長い溜息を吐いた。
「……第29地区のファイター候補生は、スラム育ちが多い分、倫理観もクソもないヤツが多いわ。それを補う為、政府から派遣されたエリートのサポーターが宛がわれているコンビがほとんど。だから、民間人の犠牲に怯えた良識あるサポーター達は一斉に全ファイターに降伏信号を出すよう指示した」
ピアスが、俯きがちだった顔を上げる。
その綺麗な水色の瞳が、真っ直ぐにおれの姿を捉える。
「……つまり、癪だけどおめでとう。馬鹿ス。なし崩し的に最後に残ったファイターはあんた一人。――あんたが、第29地区の正式代表ファイターよ」
その言葉に。
その発表に。
おれはぽかんとして――嬉しさと喜びが後から一気に溢れ出て。
「ほーら!! 結果オーライだったじゃん!!」
「うっさい、調子に乗んじゃないわよ馬鹿ス!! ああもう、頭から血垂らしたままじゃないアンタ!! ちびっ子たちが怖がるでしょ!!」
欲しいおもちゃを買ってもらえた子どものように喜ぶおれに、ピアスが腹パンを一発かます。
おれの負傷を気にしつつ、この制裁はピアスにとっちゃ外せなかったらしい。
痛かったけど、ぽよん、とおれの腹から間抜けな音が鳴ったのが何だか可笑しかった。
「痛い、痛い、ピアス、痛いです! お美しい貴方様の拳をそのように扱うのはいかがなものかと!」
「うるさい、へりくだっても無駄よ馬鹿ス。あと、アタシが綺麗なのは当然よ。今日から正式な第29地区のサポーターなんですから」
「うっす、頼りにしてます!」
媚びる作戦は読まれていたようで、それでもおれは頭を舎弟の如くピアスに下げる。
呆れたようにため息をつくピアスだけど、その息の、声の、吐き出す根っこの部分はどこか優しげで、やっぱりおれの好きな声をしている。
ちびっこ二人を守ろうと戦ったおれのことをピアスなりに評価してくれてるんだな、というのはピアスが自分の綺麗に手入れされた肌や爪や服が汚れることをやっぱり一切気にせず救急用具を取り出しおれの傷の処置に当たり出したのを見てわかった。
ピアスはこういうところが綺麗だ、凄く。
チャドくんとエレノアちゃんから、ピアスに対する困惑の意思は他の色々な事柄に関する情報へと逸れているようで。
完璧な美人って、周りを自然と黙らせられちゃうんだよな、としみじみ納得する。
色々なありがとうの気持ちを込めて、おれがにへにへと締まりなく笑ったらピアスは技をかける勢いでおれを締め上げてきた。
手当て中の筈なのにこれはガチのお仕置きですねピアスさん。
そんな状態でもおれのお腹は空腹を訴える。
腹の音が鳴る、未だに食欲旺盛すぎる、今日も生きたがるおれをピアスがじろりと睨んだけど、おれは何処吹く風でカラカラ笑うだけだった。
結果オーライは、爽やかで楽しくて。
ピアスとのいつもが、ただただ愛しい。
正式代表ファイターになれたことにひとしきり喜んでから、おれはちびっこ二人のちゃんとしたメンタルケアがまだだったことを思い出し、はっとしてピアスから離れる。
チャドくんはこの状況に完全に呑まれていたし、エレノアちゃんの瞳には未だに怯えの色が宿っている。
おれは二人の頭にぽん、と同時に手を置いて笑った。
「お疲れさん! 頑張ったね、二人とも! ごめんな、怖かったよな? 良く泣き喚かなかったよ。えらいえらい!」
そう言って、二人の頭をくしゃくしゃ撫でる。
そこでようやくぷつりと緊張の糸が途切れたのか、チャドくんがおれのお腹に勢い良く抱きついてきた。
ばいん、と弾力のあるおれのお腹の音が聴こえる。
空腹の証じゃなく、チャドくんが力強く触れてくれた音だ。
「っ、ばっかす、よくやったぞ! どどーんってたたかってて、かっこよかったぞ! よし、オレ、ばとる・ろぼいやるでばっかすのこと、いちばんにオーエンしてやる! オレがばっかすのファンだいいちごうだ!」
「マジかー! こりゃー、心強い古参ファン……って言うか、もう一人のサポーターできちゃったかなー?」
調子に乗って笑いつつも、よしよしとチャドくんの頭をぽんぽんする。
一方でエレノアちゃんは、未だに言葉を探しているようだった。
また俯いて、悲しそうで。
「エレノアちゃん」
名前を呼ぶと、びくりとエレノアちゃんの肩が跳ねる。
おれはエレノアちゃんの頭をくしゃりと撫でてから、両手の人差し指をおれ自身の口元に持っていき、にっと笑う。
「もっと笑ってみようよ。その方が絶対楽しいよ。エレノアちゃんは可愛いし、髪だって綺麗だし、リボンの趣味も良い。眼鏡だって似合ってる。凄く可愛い。笑ったらもっともっと可愛いよ、絶対。今は辛い時だったりすんのかもしれないけどさ、きっと……エレノアちゃんにだって、いつかは逃したくない幸せと出会える日が来る筈だっておれは信じてるよ。むしろ、おれがそういう世界を作りたいしさ」
エレノアちゃんの瞳がひどく揺れる。
一瞬泣きそうな顔をしたかと思うと――エレノアちゃんは、恭しくおれに頭を下げてきた。
「あの……バッカスさん、今日は本当にありがとうございました。優しい言葉をかけてくれたこと、助けてくれたこと、守ってくれたこと……凄く、感謝してます。私、今日のこと絶対に忘れません」
「もー、そんなかしこまらなくても良いのにー」
おれがへらへらと笑うと、エレノアちゃんは顔を上げ――何かを言おうとして、言葉を飲み込んだみたいだった。
そんな、我慢とかしなくて良いのに。
「もっとお礼がしたいんですけど……私、用事があってそろそろ行かないと」
「あっ、そうなんだ。またね、エレノアちゃん!」
「またな、おねーちゃん!」
チャドくんまで、ぶんぶんと手を振る。
『またね』。
良くわからないけど、エレノアちゃんとはまたどこかで会える気がした。
エレノアちゃんはもう一度おれに頭を下げると、身を翻してぱたぱたと駆けていく。
……結局、笑顔、見れなかったな。
ふと、ピアスに頭を小突かれた。
「馬鹿ス、あんた結構天然タラシなんだから気をつけなさい」
「えー? おれ、ロリコンじゃねえよ?」
そう反論したけど、ピアスは呆れたように溜息を吐いて。
「……これだからニブチンは……」
……なんか、おれ凄く不名誉な視線を向けられてない?
○
――本当にありがとうございます、バッカスさん。
バッカスさんの言葉に、笑顔に、私、凄く救われました。
勇気を貰えました、元気を貰えました。
私、今日のこと絶対に忘れません。
でも。
でも、私は――。
「おやおや、どこに行っていたんだい? わたしの愛し子や」
甘ったるい声に、全身に怖気が走る。
私の目の前には、2mくらいはあるんじゃないかと思わせる長身の、引きずるくらい長い銀髪がぼうっと煌めく、黒ずくめのまるで『魔女』みたいな女性。
「……マジョラムさん……」
私が怯えを孕んだ声を上げると、彼女は――マジョラム=ラミアさんはより一層妖しげな笑みを深くした。
バッカスさんの陽気な笑顔とは全然違う。
完全に、悪意だけで構成された笑顔。
「もう始まってるよ。早くお行き」
「……はい」
すれ違い様に、マジョラムさんが私の肩に手を乗せる。
それから、少し屈んで私の耳元で――。
「――後で、折檻するから覚悟しときな。わたしの、可愛い可愛い愛し子」
ぞわり。
恐怖に、全身が覆い尽くされるかのように支配される。
かたかたと震える身体を必死にコントロールして、私は前へ、前へと進んだ。
視界に映るのは、それぞれの武器を手に乱戦を繰り広げるビッグバンダ―達。
私は、そんな荒んだ世界でポケットに忍ばせていたホイッスルを取り出し、首から下げ――。
「――降り臨め。ビッグバンダー・『ミヅハノメ』」
顕現したのは、見上げるほど巨大な、人型のシルエット。
全身を覆う銀色の装甲は、光を反射して輝いている。
背中から伸びる、機械的な、しかしどこか生物じみた翼。
頭部から突き出た角状のアンテナ。
胸部から腹部にかけて走る、赤いライン。
両手両足の先に伸びた、鋭い爪。
その姿は、まるで悪魔。
――それからは、一瞬の出来事だった。
気付いたら、私は、正確には私の機体『ミヅハノメ』はレイピアを手に立ち尽くしていて。
争いを繰り広げていた筈の、他のビッグバンダ―達はいつの間にか全壊状態で地に伏せていて。
放送が、鳴り響く。
バッカスさんのように、誰かを守った力じゃない。
これは、ただ壊しただけの力。
何もかも、違う。
「皆様、ご覧いただけましたか!? 瞬殺! まさしく瞬殺です! 第1地区予選を突破したのはバトル・ロボイヤル最強との呼び声も高いビッグバンダ―『ミヅハノメ』!! それを操るは――謎に包まれた仮面の女戦士! 破壊の聖女こと『セイレーン』です!!」
――ごめんなさい、バッカスさん。
私は――こんなに穢れた存在なんです。