その10 燦然
★第五話『ハロウィン・シンドローム』
その10 燦然
teller:綾音=イルミア
「突然ですが! わたしは今、とっても怒ってます! おこです!!」
戦闘が終わってテーマパークエリアがひとまず落ち着くなり、胡桃はリーザに向かってぷんすかとした顔でそんなことを言った。
当のリーザは、いつもの物静かな微笑を湛えたまま、静かに首を傾げている。
そんなリーザに、胡桃は体当たりでもしそうな勢いで抱きついた。
凄い音がしたので実際かなりの衝撃がした筈だが、リーザはにこにこと大人しく胡桃に抱かれている。
ちら、と普段見ないようにしている胡桃の発育豊かな胸部に一瞬視線をやる。
――あれか。クッションか。そうか……。
私が事態を静観している間にも、胡桃はあんまり怖くない怒り方でぎゅうぎゅうとリーザを抱き締めああだこうだ文句を言っている。
「何で逃げようとしなかったの~!! 何で自分からゾンビのとこ行こうとしちゃったの~!! これがゾンビゲーだったら即ゲームオーバーだよ~!! ゲームじゃないんだから自殺点入れて隠し要素解放されるなんて展開は無いんだよ~!? コンティニューも残機も無いんだよ~!?」
胡桃の言っている言葉の詳しい意味はほとんど理解できなかった。
多分ゲーム用語だ。
この子、かなりヘビーなゲーマーらしいから。
でも、言いたいことはわかる。
リーザはあの場で逃げる素振りを全く見せなかった。
むしろ焦がれるように、惹きつけられるように感染者たちの元へ進もうとしていた。
私が止めていなかったら、この子は、もしかしたら――。
「綾音ちゃんも危なかったんだからね!? も~!!」
「え、わっ!!」
胡桃がリーザを抱き締めたまま私にも手を伸ばし、私まで抱き込んできた。
柔らかな感触に包まれ、困惑する。
ぐっ、スタイル良いな……って違う違う。そうじゃない。羨んでいる場合じゃない。
「わたしはリーザちゃんと綾音ちゃんが怪我とかしたら絶対やだからね! 凄く心配したんだからね!?」
「ご、ごめんって胡桃……ちょ、苦しい……」
とんとん、と胡桃の背中を叩いても、胡桃は私たち二人を離そうとしない。
結構な力で抱き締められている……と言うか絞められているが、リーザは苦しくないのだろうか。
リーザは微笑を解いて、すんと落ち着いた表情で胡桃をどこかぼんやり見つめていた。
「も~! わたし、決めた! リーザちゃんと綾音ちゃんをわたしが守る! 二人とも、危なっかしいんだもん! 三人ズッ友でいられるよう、わたしが二人のナイトになるから~!」
「は、え、胡桃、私も?」
「綾音ちゃんはしっかりしてそうで、なーんかたまに不安になる表情見せるから綾音ちゃんも庇護対象! も~許さない! リーザちゃんも綾音ちゃんも、わたしが囲ってやる~!!」
「いや、囲うは意味が……」
色々暴走している胡桃に突っ込もうとしたけど、胡桃がぐすぐす泣きそうな顔をしているのに気づき、言葉を引っ込める。
自分のことでここまで純粋な涙を流せる女の子が傍に居る。
そのことが、なんだか、無性におかしくて。
胡桃の背と頭に手を回し、ふわふわの頭を梳いた。
「……うん。私も、二人を守る。胡桃だって、危なっかしいところばっかだし。リーザは言わずもがな、だし。ね?」
リーザを見やると、リーザはぼんやりした表情から、どこか困惑した表情に移り変わっていた。
迷子の子どもみたいな、安定していない表情。
少し儚げで綺麗な、大人びた雰囲気の彼女からはかけ離れた表情。
それに違和感を覚えていると、リーザはいつもよりずっとか細い声で、言った。
「……あ、え……ごめ、ん。ごめん。ぼく……」
「やだ! 許さない~!!」
「胡桃、胡桃、力強い強い!! 私もリーザも潰れちゃうから!!」
ぎゃあぎゃあと胡桃と私が言い合って、リーザが何やら言葉を探している時。
「ほーい、助けに来たよ、綾音!」
「え、陽輔!?」
する、と腕を自然に、されど強く引かれ、気付けば私は胡桃の腕の中から抜け出していた。
私の手を掴んでいるのは、陽輔。
「胡桃ちゃーん、一瞬綾音借りてイイ?」
「いいよ! あ、リーザちゃん逃げないで!! リーザちゃんにはまだまだ怒り足りないんだから~!!」
「え……ごめん……」
リーザにしがみついている胡桃を放って、陽輔は軽い足取りで私を連れ出す。
あの二人、放っといて良いんだろうか……。
色々不安になったから、後でまた戻って来ようと内心決意する。
同い年三人として、多分これからも一緒に行動すること多いんだろうし。
二人とも心配だし。
「――ははっ、言われてやんの」
ふと、陽輔が楽しそうに笑いながら言った。
「……何を?」
「胡桃ちゃんに言われてたじゃん。たまに不安になる表情してるって。綾音って、意外と隠すの下手だよなー」
軽い調子で言われた言葉だけど、私は足を止めそうになった。
胡桃に、陽輔に、私の中の『傷』を見透かされている気になったから。
私の家族は、アンノウンに殺された。
その事実は、未だに私の心に影を落としていて、割り切れない何かを残している。
勿論塞ぎ込んでばかりもいられないし、憎しみだけで生きたくはないから、どうせなら世の中の役に立ちたくて、色々あってこうしてサポーターとしてこの地に居るけど。
やっぱり、まだ完全に吹っ切れてはいない。
私の傷は、時折、闇として顔を出す。
「綾音。……綾音、見て」
「え?」
陽輔に名前を呼ばれて、俯きがちだった顔を上げると。
花火が、光が上がっていた。
多分本物だ。
本来ならこのテーマパークエリアお披露目イベントの為に用意されていた、本物の花火。
「祭りの終わりって感じがするねー」
花火を楽しそうに眺めながら、陽輔はカラカラと笑う。
うっすらと開かれた糸目。
普段見えにくい瞳は、静かな色を宿していた気がした。
「……綾音。お祭りって、楽しいよなあ」
「……うん」
「……でもさ。この星って広いから。この街は特に平和だから。今こうしている間にも、星の裏側とかではきっと争いがあって、いっぱい人が傷ついて血が流れて――オレの知らない綾音が、沢山生まれてるんだろうな」
陽輔らしくもない静かな声に、言葉に、一瞬心臓がざわついた。
陽輔の知らない、私。
それは、私と同じような境遇に陥る人々のこと。
この荒んだ星を覆う争いの、諍いの被害に遭った人々。
「綾音」
「……うん」
「オレは、全部は助けられない。ヒーローじゃねえもん。オレはただの楽しいことが好きな、アホな19歳。……でもオレは、オレの隣に居る綾音だけは、絶対守る。だって、綾音はオレの――」
陽輔が、そこまで言いかけて、急にぎくりと動きを止めて、私から目を逸らす。
花火の音がする。
夏の匂いがする。
陽輔が、居る。
「あは……あはは! まあつまり、超カッコいいオレが、超カワイイ綾音をカンペキに守ってやるぜぃって話さ!」
「なんじゃそりゃ……別にそこまで守ってもらわなくても大丈夫だし、それに私は……」
「いーの、守るの! そんじゃ、オレはホープたちと遊んでくっから! じゃあまた後でなー!!」
不自然に話を切り上げ、明るく笑って、陽輔は花火が輝く空の下、私を置いて走り去る。
華やかな花火に照らされた陽輔の耳が、赤い。
「……そんなに頑張って守ってもらわなくても、私だって支えてやるってのに」
苦笑混じりに漏れた声は、意外にも我ながら優しいものだった。
『相棒』とか言い出したのは、そっちのくせに。
守られっぱなしは、生憎性に合わないんだ。
傷はある。闇はある。
割り切れないものなら、沢山ある。
だけど大丈夫。
私は前を向ける、上を向ける。
希望だって信じられる。
ちゃんと、笑える。
――だって、私の傍には、いつも太陽が在る。




