その1 心臓を覆うラブソング
★第五話『ハロウィン・シンドローム』
その1 心臓を覆うラブソング
teller:バッカス=リュボフ
音楽が、聴こえる。
色彩を失い、心もとっくのとうに壊れたおれの世界に。
音楽が、響いている。
希望に溢れた、愛を可憐な言葉で飾り付けた歌詞が。
何もなかったおれに訴えかけるような、弾むようなアップテンポのメロディが。
音楽が、響き渡る。
おれの、心臓の鼓動と一緒に。
――だから今日も、おれはこの世界を愛せる。
◆
「諸君、見てみたまえよこのチラシを」
おれはいつものファミレスでいつものメシトモ三人と朝食を共にしている時、一枚のチラシをぴらりと三人に見せた。
アイスミルクを飲んでいたカエちゃんが向かいの席から身を乗り出し楽しそうに笑う。
「あ、それ知ってる知ってるー! セントラルエリアにテーマパークエリアが開設されるってやつでしょ!」
「その通り、カエちゃん! 話が早くて助かるぜ!」
カエちゃんの頭を一撫でしてから、おれは朝食の骨付きチキンに齧り付く。
さっきまではバターコーンラーメンと月見うどんを啜っていたが、それでも足りなかったので肉類に手を出した。
うん、今日もおれはいつも通りだ。だが、迫る状況が普通ではない。
オリーヴ氏は興味が無いのか黙々と海鮮丼を何杯も食べているが、とっくに朝食を食べ終わっていた愁ちゃんは頬杖をついて呆れたような声を出した。
「まだバトル・ロボイヤル用のスタジアムも建設中だってのに、娯楽ばっか充実してんなこの街は……ほんとに星の治安何とかする気あんのかよ」
バトル・ロボイヤル本戦の準備は未だに整っておらず、相変わらずのドタバタ寮生活は続いているし、おれたちはこうして今日も呑気にごはんを美味しく食べている。
おれたちだけ平和になっても仕方ないし星全体の治安のことを考えたらとっととバトロボを開催して勝者を、このセカンドアースを統べる地区を早く決めた方がいいと思う。いいとは思う。
だけどおれは普通じゃ絶対出会わなかった愁ちゃんやカエちゃん、オリーヴ氏と過ごす日常をとてもかなり気に入ってるので、そこまで現状への不満をおれ自身が抱えているわけじゃない。
むしろ殺伐とした世界なんだから、娯楽はもっと充実すべきだ。
人の心に余裕がないと娯楽は楽しめないと言うなら、人々の心にどこかゆとりが増える環境を整えればいい。
そういう活動をしているのが――。
「あ、バッカス。テーマパークエリアお披露目イベント、バッカスのだーいすきなロマネスク来るの?」
――そう。そういう活動をしているのが俺の信仰するアイドルグループ『ロマネスク』。
人々に愛と夢と希望を歌って、人々の心を癒す、皆の天使。
ロマネスクの件について指摘してくれたカエちゃんに、おれはうんうんと首が取れるんじゃないかってくらいの勢いで頷く。
おれ首太いから、滅多なことじゃ首取れないだろうけど。
「そう、そうなんだよカエちゃん!! 開園日にテーマパークに行けばロマネスクのライブが生で見れるってわけ! おれ頑張っちゃうよ! 跳ぶよ! うちわもペンラも全力でフル装備して推しを、みんなを応援しちゃうよ!」
おれのロマネスクドルオタとしての熱量に、愁ちゃんは露骨に引いた顔をした。
偏見でドン引きするのやめなよ。
いや愁ちゃんが聖歌ちゃんビッグラブすぎてアイドルとか興味無いのは良く良くわかるけど。とてもわかるけど。
しかし今のおれはそれどころではない。
「まあ何が言いたいかと言うと。布教も兼ねてこの四人で仲良く一緒にロマネスクのライブ行きませんかって話を」
「悪ぃ、俺パス」
「待って待って待って愁ちゃん早い。決断が早い。少しは葛藤して。っていうか少しはおれに気を遣って?」
珈琲を傾けている愁ちゃんにあっさりお断りされる。塩対応ってレベルじゃねえ。ところでこの例えを使うと塩分が欲しくなるのでファミレスメニューの塩ラーメンにちらりと視線をやった。
そんな愁ちゃんに、カエちゃんはにまにまと愉しそうに笑いながらぐりぐりと肘で彼の腕を突っつく。
「あれでしょ、愁ちゃん? テーマパークだもんね。遊園地だもんね。聖歌お姉ちゃんをデートに誘いたいんだよね??」
「あ、なんだ、そういうこと?」
「ちっっげえよ!!」
愁ちゃんが照れたように露骨にばんっとテーブルを片手で叩き、器用に向かいの席のおれの足を踏みつけた。
あいたたた、愁ちゃんっておれに対しては結構バイオレンスよね。
いい歳して好きな子との遊園地デートの概念に照れる愁ちゃんに勝手に微笑ましい気持ちになりながら、カエちゃんとオリーヴ氏に声をかける。
愁ちゃんはあれだ、頑張れ。超頑張れ。
おにーさんたちは毎秒きみの恋路を全力で応援している。
「お二人は一緒に行ってくれるよね? ロマネスクだよ? 個人的音楽文化の最高峰だよ? 楽しいよ?」
「んー、音楽系の話は結構好きだけどにゃー、オリーヴくん連れてくのはやめといた方が良くない?」
カエちゃんは少しは乗り気で来てくれるかと思ったが、カエちゃんはちらりとオリーヴ氏の方を見やる。
オリーヴ氏は、きょとんとした顔のまま今度はデザートの巨大プリンをもそもそと食べていた。
おれもオリーヴ氏もカエちゃんの言葉の意図がわからずにいると、カエちゃんは平然と言った。
「ほら、オリーヴくんって顔が良いじゃん。なんかドルオタ層の僻みを一身に浴びそう」
「……俺は顔が良いのか……?」
ああ、なるほど確かに。
目を丸くするオリーヴ氏に、カエちゃんとカエちゃんの言わんとすることがわかったおれが、うんうんと頷く。
「確かにオリーヴ氏の見た目ってイケメン美少年だから、ライブ会場で浮いちゃうかも……」
「……そうか……すまない……俺の顔が人並み以上に良いばかりに……」
「おい、このジジイちょっと『顔が良い』ネタを楽しみ始めてるぞ」
聖歌ちゃんとのあれそれにからかわれてからしばらく黙ってた愁ちゃんが、耐えられなかったのかオリーヴ氏にじとりとした目を向ける。
その目線とぶつかるように、オリーヴ氏は愁ちゃんの顔をじっと見て。
「……愁水」
「んだよ」
「……お前くらいの顔に生まれてくれば楽だったろうにな……」
「すげえなお前。何で全く悪意なく他人の殺意凄い勢いで引き出せんだよ。逆に反応に困るわ」
愁ちゃんが青筋を立て始めたので、おれとカエちゃんでまあまあまあまあと愁ちゃんを宥めにかかる。
そんな時、ファミレスの店内放送のBGMがロマネスクの人気曲に切り替わった。
――音楽が、聴こえる。
祭りの日は近い。
幾多の命に『愛』を伝えるラブソングが、この荒んだ星を覆っているようだった。




