その11 さあ、すぐそこに手を伸ばして
★第四話『さあ、手負いの獣とダンスを』
その11 さあ、すぐそこに手を伸ばして
teller:湊=ローレンス
花楓は、最近とても楽しそうだ。
愁水くんに良く懐いていて、バッカスくんともオリヴィエールさんとも仲良しで。
相変わらず聖歌ちゃんにも甘えているようで、他にもどんどん花楓は交流の幅を広げている。
それに比べて俺は、俺のままだ。
弱っちい、大人のくせに大人じゃないみっともない生き物のまま。
地下室のパソコンの画面に向かって、目を逸らして、また向かって。
そんなことを、さっきから俺はずっと繰り返している。
先日、衝動的に地下室を飛び出してパニックを起こした俺を助けてくれたのは、レッド=フィッツジェラルドさんという最年長のサポーター。
途切れ途切れに泣きながら、レッドさんに俺は言った。
変わりたいんだ、強くなりたいんだ、大人になりたいんだ、花楓を守りたいんだ、って。
レッドさんは、俺の話を親身になって聞いてくれた。
ああいうのを、本当の大人と言うんだろう。
素直に憧れたし、また比較して自分を嫌いになった。自分を憎んだ。
レッドさんが言うには、無理してすぐ外に出る必要はないんだそうだ。
俺の対人恐怖症はかなり強い領域まで到達してしまっているから、直接ではなくても他者との交流に慣れるところから、他人は怖くないのだという認識を少しでも持つことから始めた方が良い、とのことだ。
そんなレッドさんが紹介してくれたのは、俺と似たような悩みを抱える人間が集まる極秘のチャットサイトのURL。
お互いがお互いの相談を聞いて、励まし合えることもあるらしい。
関心はあったし、縋りたい気持ちもあった。
だけど、自分が他人の話にちゃんと寄り添えるのか不安があった。
俺なんか。俺なんか、に。
だめだ。
変わるって誓っただろう。
花楓を守れる大人になるんだろう。
ちゃんと、頑張らなきゃいけないんだ。
何度か深呼吸して、埃っぽい地下室の空気に少し顔を顰める。
それから数秒後、意を決して画面に向き合う。
その瞬間、ぴこんとアイコンが浮かび上がった。
誰かが新しいトークルームを作った証拠。
俺はぎくりと固まりそうになるも、その一人しか居ないトークルームの名前に目を凝らす。
『重度の男性恐怖症です。男性との会話に慣れたいです。できれば、男性の方とお話ししたいです』
少し長めのルーム名。
この人は、女性なのだろうか。
男性が怖くて、でも慣れたくて、男性と会話したがっている。
この人は、頑張っている。
この人は、今一歩を踏み出したのだ。
そして俺は、一応男だ。
俺でも。
こんな俺でも、この人の勇気を手伝えるだろうか。
また、深呼吸する。
トークルームには相変わらずその男性恐怖症の当人一人だけ。
そして、俺は。
震える指でキーボードを叩き、トークルームへの『入室』をクリックする。
――これは、俺の踏み出した一歩でもあったのだ。




