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熱血豪傑ビッグバンダー!  作者: ハリエンジュ
第四話『さあ、手負いの獣とダンスを』
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その1 真綿に包まれた道化師

★第四話『さあ、手負いの獣とダンスを』

その1 真綿に包まれた道化師



teller:New fighter



 なんか知らんが、オレは難病に罹患しているらしい。


 端的に言うと、オレは『笑顔』が作れない。

 表情が常に全く変わらない。


 飛び上がるくらい喜んでいる時も、めちゃくちゃぶち切れている時も、どうしようもなく悲しい時も、いっそ胸が苦しくなるくらい楽しい時も、オレはずっと、真顔のまんまだ。

 涙くらいは流れるけれど、だからと言って顔がくしゃくしゃになることは絶対にない。


 病気の名前はお医者さんから聞いたことがあるが、やたら長ったらしい名前だったのでアホなオレはすぐに病名を忘れた。

 神経系の病気で、かなり珍しい病気らしい。

 メビウス症候群、と言うのが一番近い病気らしいが、それとはまた違う。

 そっちは眼球の動きに何かあるだのまばたきをしないだの、そういう症状を伴うこともあるらしいが、オレにはそういう問題はない。

 そっちだと時にはメシを食う時にも問題が生じるらしいけど、オレは楽しく美味しくご飯を食べることができるし、呼吸も大丈夫だし、声もちゃんと、はっきり出せる。

 なんなら五時間ぶっ通しでカラオケで流行りのポップソング、ロック、アニメソング、果ては演歌までノリノリで熱唱することが出来る。

 命に関わるような病気じゃないし普通に生きていく分には、まあまあ平気だ。


 ただ――笑えないだけ。それだけ。


 心の中はこんなに面白おかしくハッピーラッキー年がら年中お祭り騒ぎなのになあ。

 こんな良くわからん病気を患って、でも底抜けにバカだったオレはどうすれば良いのかな、と考えて。


 とりあえず、オレの代わりに周りに笑ってもらうことにした。

 オレが笑えないのはもうしょうがない、それはとっくに諦めた。

 中身はポジティブバカなので、別に不満はない。


 でも――ほんとは笑える筈の人間が、笑えなくなっちゃうのは、泣いてばかりいるのは、悲しいことだと、オレは思う。


 とにかくオレは、他人を笑わせることに尽力した。

 なるべく面白いことを言うように、誰かに面白いと思ってもらえることをするようにした。

 時には体を張ったギャグもやった。


 みんなの笑顔を見るのは好きだった。

 オレまで楽しくなった。

 幸せだな、と思った。


 そんなわけで、オレがかなり人生をめちゃくちゃエンジョイし、謳歌し、鼻唄を歌いながらスキップでもしそうな勢いで歩いていたある日のこと。


 その日は雨が、そこそこ降っていた。

 ざあざあと雨が地面を叩く音は、何となく綺麗で好きだった。

 お気に入りのパステルカラーの傘を差して、元気にわくわくうきうき歩いていたら。


 一人の女の子を、見つけた。

 こんな雨だと言うのに、その子は傘も差さずに雨に打たれ、びっしょり濡れて、しゃがみこんでいて。

 顔を覆って、肩を震わせて、泣いているようだった。


 ふわっふわの、亜麻色の長い髪。

 背はそんなに低くない。

 オレと同じ中学の制服を着ていたから、多分オレと同い年くらいだ。


 オレはぱしゃぱしゃと水溜まりを踏んで、軽快な足取りでその子に近付いて。

 足音にびっくりしたのか顔を上げたその子の表情は、涙と雨でぐしゃぐしゃで。

 それでも、かわいい子だなあ、と呑気に思って。

 自分が差していた傘を、女の子に押し付ける。


 代わりにオレが雨でずぶ濡れになったが、やべえ、これ水も滴るいい男じゃん! オレかっこいいな!? と勝手に内心テンションが上がって。


「なーんで、泣いてんの?」


 ぽん、と自由になった手でその子の頭を撫でると、その子はまた新たに涙を一筋零した。





 あれから、どれくらい経っただろうか。


 突然ではあるが、自己紹介をさせてもらおう。

 誰に言いたくなったのかはわからん、オレが名乗りたくなったから名乗っとく。

 今日ばかりはオレがルールだ。


 オレの名前はホープ=ラッセル。

 19歳のピチピチ大学生。

 と言っても、せっかく入ったばかりの大学はとっくに休学済みだ。


 何でかって言うと――先日オレが、第25地区の正式なファイターになったからだ。

 つまりはオレはビッグバンダーと言う超かっこいいロボットに乗っていることになる。


 搭乗機体は特殊シールドのみを武器にした変則戦闘ビッグバンダー『オオクニヌシ』。


 そんなオレのサポーターと言うのが、オレの向かいの席でマロンパフェを食べている女の子――胡桃(くるみ)=ヒューストン。


 『一口ちょうだい』、とオレが言ったら胡桃は笑顔でアイスをスプーンで掬ってオレに差し出してくれた。

 その厚意に甘えまくって、ぱくりとスプーンを口に含む。


 あ、美味しい。めっちゃ甘い。

 表情は変わらないくせにパフェの美味しさに目を輝かせるオレを見て、胡桃は楽しそうに笑ってくれた。


 綺麗なふわっふわの亜麻色の髪。

 綿飴みたいだなー、とたまに頭を撫でたり髪を触る度にそんなことを考える。


 初めて会った時と比べて、オレはよくわからんけど胡桃はメイクとか覚えて、きらきらなアクセサリーも身につけて、めっちゃきれいになったよなあと思う。

 あと何より、オレと出会ってから胡桃は良く笑うようになってくれた。

 胡桃のほわほわの癒し系全開笑顔が、オレはとてもかなり好きだった。ラブだった。

 と言うか胡桃がラブだった。

 だって親友だもん。マブだもん。


 胡桃が初めて会ったあの雨の日、何で泣いていたのかは知らない。

 訊いたけど、結局教えてはくれなかった。


 でも、別に無理に訊こうとは思わない。

 胡桃が今、オレの一番近くで笑ってる。

 それだけで、オレは充分救われる。


「カーバンクル寮に来て数日経ったけどさあ。今朝も、あの……バッカスさんたちだっけ? 楽しそうだったな。バッカスさんとか丸っこいしお腹抱きついたら許してくれっかな」


「んー、大らかそうだし大丈夫じゃないかね。多分」


「マジか。機会を見て抱きつこ。ハグしよ。死ぬほどハグしてぽっこりお腹にオレのシルエット刻み付けよ」


 オレのパーソナルスペースをガン無視した発言に、胡桃は吹き出した。

 それどころかちょっとツボに入ったのか、お腹を抱えて笑い転げてしまった。


「どした。オレ、やべーこと言っちゃった? 失礼だったら菓子折り持ってバッカスさんとやらに謝りに行った方がいいかな。そん時は胡桃、一緒に行ってね」


「いんや。ちがうよ。ホープくんは変わらんなあ、と思って」


 変わらん?

 何の話じゃろ、とオレは首を傾げる。

 胡桃は笑い過ぎて零れた涙を拭って、それでも笑って、楽しそうに言った。


「ホープくんは、昔っから楽しくて面白い、良い子だねえ、と思ったわけだよ」


「お、褒められた。やべえ嬉しい。オレも胡桃がラブだぜ!! 世界一!! よっ、絶世の美女!!」


「ラブとは言ってないんだがね。でもわたしもホープくんのことラブだからいいよ。よっ、奇跡のバカ」


「それは褒めてなくねえ? あっ、でもやべえ、それ事実だ。どうしよう、一生の不覚。今日の晩メシ魚にするわオレ。DHA摂りまくる。頭良くする」


 オレがそう言うと、胡桃はまたおかしそうに笑った。

 震える肩が、最初に出会った頃と違って、楽しくて震えているもんなんだと思ったら、無性に嬉しくなった。


 なんてのんびりしてたら、胡桃の表情に一瞬影が差した。

 えっ、何、どしたの。


「急にどした? やなことあった? こないだ蹴って遊んでたサッカーボールがトラックの中に入って、回収しようと中に入ったらそのまま閉じ込められて大冒険した話する?」


「物凄くツッコミどころあるし物凄く気にはなるけど、長くなりそうだから今はいいかね」


「そっか。ならしゃーねえな」


 胡桃の言葉に頷き、オレはブラックコーヒーを傾ける。

 にっっっっが。

 かっこつけて頼むもんじゃねえな、これ。

 オレが砂糖とミルクをコーヒーに全力で注入していると、胡桃がぽつりと言った。


「――わたし、この前、告白されたの。街で、知らない男の人に」


「へ? マジ?」


 マジか。

 ……マジかー。


 まあ、胡桃はめちゃくちゃ良い子だし可愛いもんなあ。

 一人で納得して、しみじみして、うんうんと頷きそうになる。


 ふと、胡桃の視線がオレに真っ直ぐに向けられた。


「……ホープくんはさ、わたしに彼氏が出来たらどうするのかね」


 胡桃に、彼氏。

 胡桃の傍に、オレじゃない男が居る。

 それは、多分。


「あー……オレ、多分生きてけねえなあ……」


「え、そこまで?」


「うん。だってさ、それってつまり、もう胡桃と一緒に居れないってことじゃん。彼氏がいい顔しねーだろ。胡桃とこうして話したり、遊んだり、一緒に居れないって、オレ、多分、無理だ」


 もう一度、砂糖とミルクを入れまくったコーヒーを傾ける。

 あ、今度はちゃんと飲める。

 オレの調合方法、天才じゃねえ?

 オレはこくり、とコーヒーを一口飲んでから言った。


「オレは胡桃が居ないと、生きてけないよ」


 胡桃はしばらく、何も言わなかった。

 ちょっと落ち着かなさそうに、パフェを一口食べたり、食べなかったり。


「どした? やっぱ元気ない? オレがこないだ商業区域のデパートに遊びに着てた着ぐるみの背中のチャックがどうしても気になって凝視して危うく手を伸ばしかけたらスタッフさんに割とマジで怒られた話する?」


「きみは一体毎日何をしてるのかね。いや、でも、まあ、うん」


 胡桃が笑ってくれる。

 やっぱり胡桃は、笑った顔が一番可愛い。

 なんか胡桃のほっぺたが微妙に赤い気がした。

 風邪か? あったかくして寝ろよ。


 胡桃が、ちょっと嬉しそうに言った。


「わたしも、ホープくんが居ないと生きてけないかね。きっと」


「マジか。んじゃ、オレ、胡桃が死んじゃわないように頑張って生きるな」


「ん。そーして」


 胡桃が、さっきより嬉しそうな顔をしてパフェを食べる。

 オレもなんか甘いもん頼んどきゃ良かったな、と漠然と思った。


 オレがファイターになったのは、半分くらいはまあ単純に『ロボットかっけーじゃん! やべーじゃん!』というアホみたいな理由からだ。

 もう半分は、セカンドアースが、世界がケンカばっかしてて悲しいから。

 みんなが思いっ切り笑える、幸せになれる平和な世界を作れたらいいな、なんて理由から。

 オレにそんな世界が作れるのかどうかはわからん。

 わからんけど、やらないよりはやった方が大事だ。チャレンジ精神大事。


 胡桃とは、思えばあの雨の日以来ずっと一緒に居た。

 オレがファイターになると初めて宣言した相手も胡桃だったし、胡桃は一切の迷いもなくオレのサポーターになると言ってくれた。


 ずっと、一緒に居られればいいな、胡桃と。

 でも、胡桃は可愛く笑える子だから、素敵な笑顔を作れる子だから、オレとは違うから、飛び切り幸せになってほしい。


 いつか、胡桃をちゃんと幸せにできるちゃんとした男が現れるその時まで、オレは胡桃の傍で胡桃を毎日笑顔にさせてたい。

 そのあとオレがどうやって生きていくのかは、まあ、その時になったら考えよう。


 なんてかなりざっくりしたことを考えながら飲んだコーヒーは、そこそこ美味かった。

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