その6 かわいい死神
★第三話『仔猫の鳴き声』
その6 かわいい死神
teller:花楓=アーデルハイド
非公認ファイター集団が崩落させようと狙っている、メリィ遺跡の防衛任務。
微かな風が吹くだけで砂塵が舞う荒野のフィールド。
配置に着いたおれは、おれの愛機・タナトスのつま先で地面をトントンとタップして鼻唄を歌っていた。
新しいことは好き。
楽しいことも好き。
新しいことは、楽しいこと。
だからおれは今からご機嫌だ。
しかも今回の任務は成功したら報酬が相当弾むらしい。
どうせなら、ちゃちゃっとおれだけで全部片付けてたんまり報酬独り占めしちゃおっかな。
膨らみ始めた悪戯心にますます笑みを深めていると、湊から通信が入る。
「連絡……っ、無名ビッグバンダー集団、接近中。推奨、迎撃……」
湊の言う通りだった。
非公認ファイターどものお出ましだ。
前方からシンプルなデザインのビッグバンダーの集団が迫るのが見え、おれは軽く舌なめずりをする。
「……待ってましたぁ!」
弾んだ声を上げ、おれは気分が高揚するままにタナトスで地面を蹴り上げた。
おれのタナトスは、メインウェポンは大型のチェーンソー。
装甲も分厚く、所謂重量級の機体だ。
普通なら、動作の一つ一つが重くて鈍い。
そう、普通なら。
だけどおれはビッグバンダーの機能の一つである『感覚共有』を活用させてもらっている。
ファイターがビッグバンダーと五感、痛覚を共有し、機体と同調することで機体を自分の手足のように扱い、うんと機動力や行動の自由性を高める機能。
おれはタナトスとの感覚共有を常に最大値に設定しているから、タナトス自体は重量級の機体でも、操縦者であるおれの身軽さをそのまま再現することができる。
身軽さだけじゃなく、どうやらおれに元々備わっているらしい天性のリズム感も。
鼻唄を歌う。
心躍る脳内のリズムに身を任せ、おれは思いっ切りアクセルを踏み、レバーを引いて機体を捻らせてスピンをかける。
機体を通して自分にダイレクトに伝わる感覚に頼り、半ば砂漠化した路面の状況を読み取る。
踊るように流麗な動きで相手さんの懐をすり抜け、すれ違いざまにチェーンソーで敵の機体を次々と派手に大破させる。
情けなくも顔を青くして、コックピットから這うように逃げ出す負け犬どもに、嘲笑が込み上げた。
ああ、楽しい。
すっかり気分が上がって、おれのささやかな鼻唄は、やがてはっきり声を上げる歌に変わる。
タナトスと共に踊りながら、全身全霊でおれが生きてる証を歌い続ける。
呼吸が弾む、心臓が弾む。
ああ、おれ、いま生きてるんだ。
そんな時、だった。
「!! 警告……!! 花楓、逃げて!! ぁ、ああ……!!」
半狂乱と言ってもいいほどの湊の叫び声が、通信機越しにコックピットに響き渡る。
湊の取り乱した様子に驚いて、さすがにおれは歌を止める。
そこでようやく、異常に気付いた。
おれが大破させてきた機体の痕跡から、植物の蔦のようなものが伸びている。それもかなり巨大な。
片手でキーボードを弄り、タナトスに搭載されているデータベースを確認する。
『ハツラツ草』。
本来ならセカンドアース森林地帯に自生する、『音楽』を糧に成長する特殊な毒草。
目の前のハツラツ草は、非公認ファイターが改良を加えたのか、爆薬を仕込まれているらしい。
なんだあ、まずったなあ。
そう思った時には遅く。
蔦はタナトスの脚部に巻き付き、地に根付いたかと思うと地面を勢い良く爆破させた。
感覚共有のことを考えると、タナトスの脚部を爆破されなかったのは良かったかもしれない。
だけど。
爆破の衝撃で地面に大きな穴か開く。
タナトスが、奈落に投げ出される。
おれはくすりと笑って、コックピットのとあるスイッチを押した。
非常時に備えた、脱出機能を行使するスイッチだ。
コックピットのハッチが開き、おれは生身のまま宙に投げ出され落ちていく。
代わりにタナトスはおれを脱出させた反動で上に打ち上げられ、何とか上の大地にその身を落ち着けた。
そうだ、それでいい。
おれは、自分が助かりたくてタナトスから離れたんじゃない。
「……ありがと、タナトス。おれのかわいい死神」
堕ちるのは、おれだけでいい。
おれが湊にかわいい湊のままでいてほしいように、タナトスだっておれのかわいい友達。
おれの愛機。
おれの、愛しい死神。
だから、おれなんかと地獄に堕ちる必要なんてないんだよ。
おれなんて楽しみたくて、スリルを求めて戦ってるだけなんだ。
それが命懸けで戦ってることを意味するなら、ここで死んじゃっても仕方ないよね。
だって、おれの命なんてそんなものでしょ。
あのハツラツ草もかわいそうに。おれなんかの歌に育てられちゃって。
ふと、聖歌お姉ちゃんが花に愛を注ぐ様子を思い出す。
思い出して、自分が花ならいいと思った。
ただ、愛が欲しかった。
だけど、欲しいだけだ。
おれの歌に、何かを育む愛は無いのに。
風を感じる。ただ、堕ちていく。
おれは生きてる。
生きてるからこそ、いつかはこうして死ぬんだよ。
◆
teller:愁水=アンダーソン
「愁水さん……っ! カエちゃんが、地下に生身で堕ちて……っ!」
「はぁ!?」
自分の周囲の雑魚ビッグバンダーを制圧していたら、突如として聖歌から通信が入った。
モニターのマップを広げて生体反応を確認すると、機体もなしに一人離れた場所へ落下している反応が一つ。
「……っ、あんのクソガキ……!」
多分、怒鳴りたい言葉は他にも色々あったけど。
気付けば俺は、コックピットのレバーを強く強く握り締めていた。
意識せずとも、アクセルはとっくに踏み込んだまま。




