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熱血豪傑ビッグバンダー!  作者: ハリエンジュ
★第一話『主人公はおデブちゃん!?』
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その2 甘い物食べて元気出そう!

★第一話『主人公(ヒーロー)はおデブちゃん!?』

その2 いただきますでハッピーを、ごちそうさまでスマイルを!


 今、おれが居るのはセカンドアースで最も広い敷地を誇る完全中立地区『セントラルエリア』だ。


 同じ地区間ですらだいぶ治安の善し悪しの差が広がっている現在のセカンドアースにおいて、政府上層部直々に一番の安全が保証されている地区がここセントラルエリア。

 代わりに、セントラルエリアはバトル・ロボイヤルへの参加権は持たず、代表ファイターなんてものは存在・駐在していない。

 セカンドアースの地区名は大体が『第1地区』とか数字の番号が振られた味気ないシンプルなネーミングだが、セントラルエリアが地区番号を示す数字を何一つ持たない理由も、ここが完全中立状態の場所だから、という部分が大きいんだとか。

 それでもって、バトル・ロボイヤル本戦会場もこのセントラルエリアに設置されるそうだ。

 予選の方は基本的に地区ごとにその地区に設置された会場で行われるけど、おれが元々住んでいる第29地区はスラムだらけで特に荒れている地区だから、予選はこのセントラルエリアで実施されることとなった。他にもいくつかそういう地区はあるらしい。

 確か今日もどこかの地区が同日セントラルエリアで予選を行うとか何とか、さっき電光掲示板で見た気がする。シュークリームを食べる幸せに記憶が完全に上書きされたけど。

 そう言えば、予選に備えて『相棒』に他の第29地区候補生のリストをこないだ見せてもらったっけなあ。


 『相棒』のことを思い出すと同時に、自分がこのあと確実に『相棒』に殺されることを思い出す。

 ぞっと身震いしたし、時間としては早く予選会場に駆け込まなければいけないのもわかっている。

 でもプレミアムチョコレートシュークリームめちゃくちゃ美味しい。やめられない止まらない。

 あと、もうちょいでロマネスクのライブ始まっちゃうし。

 もうちょっとだけいいだろ、と何とか自分で自分を納得させる。正当化ってやつだ。よしよし。


「あーっ! おじちゃん、ずるいぞ! それ、プレミアムチョコレートシュークリームだろ!!」


 突然だった。

 幼く甲高い声が響き、おれは何だ何だとシュークリームをもぐもぐ頬張ったまま顔を上げる。

 目の前には、5歳ぐらいのちみっこい男の子。

 おじちゃんとは何だね、失礼な。

 こんな素敵なおにーさんを前にして。

 ガキんちょは、おれを指差してその大きな瞳をきらきら輝かせていた。

 おれはなっがい溜息をつき、ちっちっと人差し指を左右に振る。


「これこれガキんちょよ。おじちゃん言うでないよ。おれはまだ29歳。ギリギリ花の20代よー?」


「む? オレからすればおまえは充分おじちゃんだぞ?」


 グサリ。

 そんな音が聴こえた気がする。

 今刺さった、絶対ハートにナイフみたいなものが刺さった。

 違う違う、おれはまだおじちゃんじゃない。

 まだ若い。おにーさんだ、ギリギリではあるけどもまだピチピチの範囲だ。

 微妙な年齢絡みの心の傷を癒す為にさらにもう一個シュークリームに齧り付こうとしたらガキんちょに詰め寄られた。


「あー! おまえ、いっぱいシュークリーム買ってるな! ずるいぞ! かいしめたな! オレがみせに行ったときには、もう売り切れてたのに!」


「ふっふっふ、大人の財力と行動力をナメるでないよ少年」


 そう言って、口元についた生クリームを舐める。

 あ、おいしい。とろりとしてて幸せ。なんか舌触りがふわふわしてて最高。これ多分めちゃくちゃ高価なクリームだな。

 幸せを噛み締めるようにして、おれがシュークリームをもそもそ咀嚼しているとガキんちょにぽかぽか弱い力で叩かれた。

 しかしガキんちょの拳はおれの脂肪に見事に沈んで、おれへのダメージは少ない。

 残念だったな少年。大人のしぶとい脂肪を舐めるな。


「ずるいずるい! おじちゃん、大人げない! オレにもシュークリームくれー!」


 ぴょんぴょんと忙しなく跳ねながらガキんちょがおれに両手を伸ばしてきたが、おれはシュークリームの袋を天に掲げて死守する。

 これが190cmの大人のパワーだ、少年。

 ガキんちょの言う通り大人げない自覚はあったが、おじちゃん呼ばわりされたことへのささやかな仕返しだ。

 それでもガキんちょはおれをぽかぽか弱い力で叩きながらまだぎゃーぎゃーと喚いている。

 ふむ、諦めない心と根性を持つ不屈なちびっ子はなかなか好きだ。


「しょうがないなあ。ほれほれ、特別に一個だけあげようじゃないか、少年」


 おれはひょいっと袋からシュークリームを一個取り出すと、ガキんちょに手渡した。


「な、なんだ!? いっこだけか!? こんなにあるのにか!? おじちゃんのケチんぼ!!」


「……わがまま言うとやらないゾ」


「……むー……いっこ、くれ……」


 そんな間抜けなやり取りを交わしつつ、初対面のガキんちょにシュークリームを手渡すとガキんちょはパッと表情を輝かせ、『いただきます!』と元気良く、笑って言って。

 それからおれの隣に腰かけて、嬉しそうにシュークリームを頬張り始めた。

 おお、おれが促さずとも『いただきます』が言える子なのか。

 ちまっこいのに偉いなあ。食に向き合う上でそういう言葉は大事だからな。

 普通にいい子だ、しみじみしちゃうね。おれみたいなおにーさんには染みるね。


「わあ! おいしい! 甘い! ふわふわ! しっとり! うまい、うまいぞ! おじちゃん!」


「そーか、そーか。わかるぞー? いい趣味してんねえ少年。これほんと美味いよなあ。ふわっふわで」


 ガキんちょが美味しそうにシュークリームをちっこい口いっぱいに頬張る姿を微笑ましく見守りながら、おれも、もはや何個目かわからないシュークリームをまた取り出して齧る。

 そんな時ちびっ子と、ふと目が合った。


「なあなあ、おじちゃん。おじちゃんはこんなじかんから、こんな公園で何をしてるんだ? ニートか? ホームレスか?」


「こらこら馬鹿言うでない。一応おれも仕事はしてるけど今だけとても大事な用事でちょいサボり中。少年は何してんのよ。ってか何者?」


 何者か、だなんて聞いてしまったけれど確実にこのセントラルエリアに暮らす男児だろう。

 安全な日々を誰よりも望んでいるような一般的な家庭で生まれたであろう男の子。

 これまですくすく育ち、これからもすくすく育つような子。


 おれが憶測で一般市民認定した少年は、おれの訊ねに背筋を正して、誇らしげに胸を張る。

 ぱっと見は不審者だろうおれの傍に居ながら美味しく食事をし、全く臆していない幼い彼の姿は、不思議とおれにはかっこよく見えた気がした。

 器がでかいというか、きらきらしていて、世の中の全部に立ち向かっていける純粋なエネルギーをきっとこの子は持っている。

 だからおれも、この子の名前を、おれにしては少しだけ真剣に耳にしてみようと思えたんだ。


「オレか? オレのなまえはチャド=マレットだ! りっぱな5さい、だぞ! プレミアムチョコレートシュークリームもそりゃあ食べたかったんだがな、びっぐばんだーのよせんを公園のこのでっかいスクリーンで見たくて早起きしたんだ! このスクリーンに映してくれるかはわかんないけど!」


「チャドくんかあ。……ふーん、ビッグバンダーのねえ」


 おれがシュークリームのとろさくな部分をはむはむ食べていると、ちびっ子、もといチャドくんが身を乗り出しかねない勢いでおれに訊いてきた。


「なあ、おじちゃんのなまえは?」


 おっとまずい。

 自分から名乗る前にチャドくんに名前を訊ねてしまった。

 こういう部分で『相棒』に不審者だとしばかれ……もとい叱られがちだから気をつけよっと。


「ん? おれはバッカス。バッカス=リュボフ。まあ名前を覚えといて損はないでよ」


「なんだ? そのじしんは。へんなやつだな」


「はい、バッカスお兄ちゃんはいま傷付きましたよーチャドくん」


 どこまでも緩い空気とノリで、初対面の筈なのに妙に会話が続くチャドくんと他愛もない会話を広げていく。

 なるほど、チャドくんは予選の中継を見に来たのか。

 やっぱビッグバンダーって、ロボットだし男の子の憧れなのかね。


 そんなことを考えていたら、公園の隅に一人の少女の姿を見つけた。

 14歳くらいだろうか。

 栗色の髪をツインテールに結って、眼鏡をかけたおとなしそうな女の子。

 少女は随分と暗い、悲しそうな顔をしてベンチに座って俯いていた。

 その姿があまりにも儚げで、苦しそうで。

 なんだか不思議と、この世の終わりよりも深い闇に沈んでいるように、おれには見えて。

 さっき見たチャドくんの堂々とした姿とはまるで正反対で。

 ……このままあの子をほっとくのは、なんとなくではあるけども胸が痛んだ。


「おじょーちゃんっ」


 おれは少女に近寄り、声をかける。

 少女は突然話しかけてきたおれの存在に驚いたのか、びくっと怯えたように肩を揺らした。

 まあ当たり前か。初対面だしな。

 下手すりゃ既に不審者認定をおれはこの子から食らっているかもしれない。

 おれ今日何回食らってんだろ不審者認定。

 そういうところは食わなくていいのに無駄に暴食して人としての何か大事な道を外れていってる気がする。


 でもおれは正直そんな不審者認定すらぺろっと美味しく食べられるけど、この少女にはもっと別のものを食べてほしくて。


「これ、食べない?」


 おれは笑顔で、チャドくんからもお墨付きをいただいたプレミアムチョコレートシュークリームを一個、少女に差し出す。

 少女は、目を丸くしてこちらを見ていた。


「え……えっと……あの……?」


 か細い綺麗な声が女の子の喉から洩れる。

 おれは、安心させるように更に明るい声を出し、にこにこ目を細めて笑った。


「なんか元気なさそーだったからさ。そういう時は甘い物食べて元気出そう? 悲しい時、疲れた時は甘味が一番! 一瞬でも幸せメンタルになれることは間違いなし!」


「え……で……でも……」


「いーからいーから!」


 おれの強引さに戸惑っている様子はあったけれど。

 最終的に少女は、おれが差し出したシュークリームを受け取ってくれた。


「あ……あの……ありがとうございます……」


「いーってことよー!」


「あ、ずるいぞ、ばっかす! オレにはしぶったくせに、おねーちゃんにはあっさりシュークリームあげてるなんて!」


「おれは女の子には優しいんですー」


 チャドくんと軽口を叩きながら、チャドくんと眼鏡の少女、三人でベンチに座りシュークリームを食べる。

 おれたち奇妙な三人組は、そのまま公園に居座ることになった。


 もうすぐロマネスクのライブ中継かあ、楽しみだなあ。

 クラリスたん、今日も可愛いんだろうなあ。推しの可愛い活躍に想いを馳せる。

 ……まあ、おれもそろそろビッグバンダーの予選の方に行かないとまずいんだけどね。


「……いただきます…………ぁ……おいしい……」


 ぽつりと、悲しげなものから僅かに温かく変わった声色に反応して隣をちらりと見ると、眼鏡の少女はおれが手渡したシュークリームを一口齧ったらしい。

 笑顔とまではいかないけど仄かに雰囲気が柔らかくなっていて、さっきまでの沈んで張り詰めた雰囲気なんかよりはずっとずっと良くて。


 ――うん、やっぱり。

 もうちょっと、ここでのんびりしてよう。

 そう決めて、愛しいくらいに美味しいシュークリームをおれはまた食べる。

 シュークリームのふわふわした食感は、おれの両隣の子ども二人の幸せをおれにもお裾分けしてくれるようで、おれまで幸せになれたから。

 やっぱり食文化は尊く素晴らしい文化だなあ、と改めて心から思えた。

 ……うん。やっぱりおれは、今日も美味しいごはんのおかげで幸せだ!


 そうして三人でもそもそもそもそ、シュークリームを味わう時間を過ごし。


「ごちそーさまでした!」


「ごちそうさまでしたーっ!!」


「ご……ごちそうさまでし、た……」


 買い込んだプレミアムチョコレートシュークリームを全部食べ終わり、おれがぱちんと両手を合わせると、チャドくんと眼鏡っ娘ちゃんもおれに倣って手を合わせた。

 おれの後に告げられたチャドくんと眼鏡っ娘ちゃんの『ごちそうさま』の言葉の声量にだいぶ差があるのが妙におかしくて、平和で、嬉しい。

 ふと眼鏡っ娘ちゃんが、おずおずとおれを見上げていることに気付く。

 視線を返し、この子は眼鏡の奥の瞳が随分と澄んでいるな、なんてことをおれはぼんやりと思った。


「あの……えっと、美味しかった、です。ありがとうございました」


 眼鏡っ娘ちゃんがぺこぺことおれに頭を下げる。

 おれはまだどこか怯えたようなその子の所作を遮るように、へらへらと笑って首を横に振る。

 ついでに手も軽く振っといた。


「いーのいーの。そんなかしこまんないでよ。そう言えばまだ名前聞いてなかったよね? 聞いてもいい? あ、おれ、バッカス=リュボフ! こっちはチャド=マレットくんねー」


「よろしくな、おねーちゃん!」


 チャドくんが元気良く挨拶をする。

 チャドくんの口元にクリームが付いていて、それが何とも間抜けで可愛くもある。

 そう言えば今日だけでおれは連続で初対面のちびっこに名前を聞き、さらに名前を聞いたちびっこのフルネームを別の子にばらすという失態を超スピードで犯したので、もうおれはいちいち罪を気にしちゃだめだ。

 ここまできたらもう全部アウトだ。

 不審者と言われるかもしれんけど、ちっちゃい子とのやり取りは癒し、オアシスだから誰もおれを止められるわけがない。

 オアシス……と言うと、そう言えば喉が渇いたな。

 潤いが欲しい。

 やっぱ癒しが一番に欲しい。

 食にも通じる癒しなら大歓迎。

 おれがチャドくんの頭を手持ち無沙汰に撫でるなどしていたら、眼鏡っ娘ちゃんはしばらく視線を彷徨わせたあと、ぽつりと自分も名乗ってくれた。


「え、えっと……私は……エレノア=ウンディーネ……と、申します」


「エレノアちゃんね。よろしくよろしく! 可愛い名前じゃん!」


 おれが笑ってそう言うと、眼鏡っ娘ちゃん改めエレノアちゃんはさっと頬を桜色に染めた。

 初心な反応が何とも可愛らしい。

 いいねえ、この子はこうやってこれから青春を経験していくんだろうなあ。

 なんて、ついついおっさんくさいことを考えてしまう。

 だめだめ、おれはまだギリギリおにーさんなんだから。

 おじさんまではまだあと一年猶予がある筈だから、多分。

 そういやエレノアちゃんの姓はウンディーネか。水の精霊さんって意味だっけか。いいね、渇きを癒してくれるじゃん。

 いい癒しを見付けたから、なんか気になって。

 すぐ俯くエレノアちゃんの顔を覗き込むと、エレノアちゃんの肩がびくりと跳ねた。


「そんで? エレノアちゃんは何であんなに元気なかったのさ」


「……え?」


 おれが訊ねると、エレノアちゃんはぱちぱちと目を瞬かせる。

 おれは怖がらせないよう、なるべく柔らかい声色で彼女に問い掛けた。


「一人でベンチに居たエレノアちゃん、今にも泣きそうだったじゃん? あれ、ずっと続くのかなって気になって。ほら、美味しいもの食べた後にモヤモヤ抱えんのも嫌っしょ? ごちそうさまの後はスマイル! これ常識!」


「それ、ばっかすだけのじょーしきだろ?」


「はーい、チャドくんは黙ってようねー、宇宙の真理だからねこれー」


「いだだだだ!」


 口を挟んできたチャドくんの頬っぺたを軽く抓り無理矢理口角を上げさせると、嫌がる言葉とは裏腹にチャドくんはどこか楽しそうだった気がした。

 エレノアちゃんが、じゃれているおれとチャドくんを困ったような顔で交互に見て。

 それからやがて、一人悲しげに目を伏せた。

 目を伏せた、けど。

 エレノアちゃんは少しだけ、言葉をくれた。


「……私……あの……詳しくは、言えない……んですけど……やらなくちゃいけないことが、あるんです……」


「ん……うん」


 ここは聞き役に徹しようと思い、おれは穏やかに一回相槌を打つ。

 ついでに片手でチャドくんの頭を撫でたり、何かしらの戦いごっこでチャドくんと遊びながら。


 そんな少し変わった空気の中、エレノアちゃんはぽつぽつと語り始めて、またおれに言葉をくれた。

 さっきよりも、ずっと、多く。


「でも……私……それが、やりたくなくて……どうしてもやりたくなくて……でも、やらないといけなくて……それが、私の存在意義みたいなもので……もう……どうしたら、いいか……わからなくて……」


 最後の方の声は、もう嗚咽混じりになっていた。

 遊びに夢中になっていたチャドくんが顔を上げ、エレノアちゃんの様子に戸惑う気配を感じた。

 不安を口にしたエレノアちゃんは俯いて、ただひたすらに泣きじゃくっていた。

 ある意味彼女を泣かせた張本人であるおれはと言うと――自然に、彼女の頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃっと髪を撫でる。

 さっきまでチャドくんにそうしていたように。

 エレノアちゃんは、涙で濡れた目を丸くしておれを見つめてきた。


「バッカスさん……?」


「多分だけどさ。エレノアちゃんがしなきゃいけないことが何なのかとか、全然おれは知らないんだけどさ」


 エレノアちゃんの頭を、あやすようにゆっくりと撫でる。

 乱雑だった撫で方を変えていく。

 これは途中で、美容に気を遣う乙女の髪はデリケートなんだと『相棒』に思いっきり怒られた過去を思い出したからだ。

 おれのおマヌケなメモリーをひっそりと回想してたまらず苦く、でも緩く笑いながらおれはエレノアちゃんに言う。


 おれの言葉を。

 きっと他の人より中身が無い、だけどおれが考えたおれだけの言葉を。


「エレノアちゃんは、褒められ慣れてないんだと思うよ。いっぱい頑張ってるのに、いっぱい悩んでるのに、誰からもわかってもらえなくて、苦しい思いしてるのかな? もしそうだったら、おれがいくらでも褒めるし肯定する。そういう意味の苦しみじゃなかったとしてもおれは目からウロコ落ちる勢いでエレノアちゃんに拍手贈れるし」


「え……は、拍手……?」


「うん、拍手。おれはエレノアちゃんみたいな頑張ってる子は全力でよしよししたい主義だからさ。でも存在意義がそれ一個って、自分で自分を縛っちゃったらもっと苦しくなっちゃうよ。エレノアちゃんには、無限の可能性がいっくらでもあるとおれは思うよ?」


 おれの言葉にエレノアちゃんが息を呑む。

 おれはまず自分でにっと笑い、エレノアちゃんの両頬を軽くつついて言った。

 さすがにチャドくんにやったみたいに年頃のおとなしい女の子のほっぺ抓ったら怒られそうだ。方々から。


「やりたくないことがあって凄く苦しいならさ、自分がやりたいって思えることがどれだけあるか探してこうよ。それもわからないなら、一人で大変なら、おれも手伝ってみるからさ。エレノアちゃんは一人じゃないから、どうせなら笑って生きてこ? エレノアちゃんの笑顔は、きっと可愛いから」


「ばっかすが、ナンパしてる!」


「はいはい、チャドくんはうるさいねえ」


「いでででで」


 またじゃれるようにチャドくんに向き直り、チャドくんのほっぺを好き放題にさせていただいたり、けらけら笑いながら蹴られたので軽く蹴り返したりなどチャドくんと遊ぶ体勢に戻る。

 エレノアちゃんは、ひどく驚いた顔でおれを見ていた。

 今の、チャドくんみたいな5歳男児にはナンパ認定されるやつだったのか。

 じゃあおれ、エレノアちゃんを困らせちゃったか?

 笑ってほしかっただけなんだけど。

 この女の子の心を、もうちょっと溶かしたいな、と思案する。

 悪い頭を、渇きと飢えを満たすように貪欲に動かして、おれは個人的にはとても良い案を思いついた。


「そうだ! 二人とも、これ、見てみ? 見てみ?」


 着ていたモッズコートのポケットから端末を取り出し、電源を入れる。

 現実逃避したくて脳内から一旦除外していた『相棒』からの鬼電の記録が目に入り一瞬ぞっとした。

 が、しれっと着信拒否にして動画サイトを開き、映像をエレノアちゃんとチャドくんに見せる。

 おれが全力で推すアイドルユニット、『ロマネスク』のライブ映像だ。

 おれが最終的に思い至ったのは、立派な布教活動である。

 エレノアちゃんとチャドくんは、突然の俺の行動に目を丸くしている。

 やがて、チャドくんがこてんと首を傾げた。


「これ、ろまねすくだろ? これがどうかしたのか?」


「ふっふっふ、やなことがあった時には美味しいご飯を食べるか、良い音楽を聴くのが一番良いのだよチャドくんよ!」


「なんだ? そのりくつ」


 チャドくんは訝しげだったし、エレノアちゃんは少し困惑している様子だった。

 ちっちっち、わかってないなー、近頃の若いもんは。

 俺は敢えて、推しのクラリスたんが丁度アップになるシーンで動画を止めて、元気良く言った。


「おれはさ、食べ物が大好きなんだ。だって、『美味しい』って気持ちには人種も立場も関係ないじゃん? それって壁も何もない、凄いことだと思うんだよな。音楽もそれと同じ。何か音楽を『いいな』って思う気持ちは、基本ほとんどの人が持ってるもんだろ?」


「まあ、ろまねすくの歌って、きいてるとうきうきするよな!」


「だろぉ、チャドくん!? 何だよ、話のわかる子じゃんきみ! おれ、そういうタイプの文化を応援していきたくてさ。さすがに人の身体のあれこれやら生き物の種類によっちゃあ、全部や全員の理解は無理なんだろうだけど、そうやって、一個ずつくらいは世の中のみんながゆっくりでいいから解り合えればいいなーっておれは常々思ってるよ。……と、大々的な理想を語ったところで!」


 おれは突如ベンチから立ち上がり、公園に設置されていた巨大スクリーンを指した。

 多分、今のおれは、めちゃくちゃ活き活きしている。

 布教は楽しくなれるエネルギーだ。原動力だ。

 やっぱり神様なんて、いくらでも居てくれていい。


「今から、このスクリーンで俺が愛して止まないアイドルユニット『ロマネスク』のライブ中継が行われる!! 俺の最推しはふわふわ癒し系担当・クラリス=エメリーたん! せっかくだ、二人とも、ロマネスクの可愛い歌を聴いて癒されちゃえ! そんで、エレノアちゃんにはちょっとでも元気になってほしいな!」


「……ばっかす、どるおたなんだな」


「バカにしちゃ駄目ですー、ドルオタは全力で経済回してるんですー、世の中に貢献してるんですー」


 わしゃわしゃ、とどこか生意気なチャドくんの頭を撫でる。

 エレノアちゃんは、しばらくおろおろしていたけど。

 もう少し。

 もう少しで、彼女が今までより幾分か柔らかい表情を浮かべそう、といったところで――。

 ――大きな、爆発音が辺りに響いた。

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