その5 破壊衝動症候群
★第三話『仔猫の鳴き声』
その5 破壊衝動症候群
teller:聖歌=フォンティーヌ
「お姉ちゃんお姉ちゃん! お喋りしよー!」
――今日も花楓=アーデルハイドくんことカエちゃんは、私にぴょんと飛びつくようにして話しかけてくれる。
カエちゃんに頻繁に話しかけられるようになって最初はびっくりしてしまったけれど、『お姉ちゃん』と呼んでもらえるのが、最近は何だか嬉しい。
私は掃除の手を止めて、カエちゃんの頭を撫でる。
するとカエちゃんは、気持ち良さそうにふにゃふにゃと目を細めた。
カエちゃんはいつもは動物の耳を模したキャスケット帽を被っているけれど、私に話しかける時はわざわざ脱いでいるから、これを期待しているのかもしれない。
かわいい、な。素直で、明るくて。
全身で、『生きている』を体現しているようで。
「なーんか、最近懐かれてるねー……」
隣から気だるげな声がして、私はその発言に緩く笑う。
私たちが居る共同スペースでコーヒーを飲んでいるのは、銀髪セミロングで白衣を纏った、長身でスレンダーなきれいな女性。
白衣は肘下辺りまで腕まくりされており、白衣の下には黒いシャツが見える。
マグカップを怠そうに持つ手は、白い手袋に覆われていた。
彼女の名前は菫=リヴクレインさん。
24歳。
第56地区の代表サポーターさんだ。
私とは歳が近いこともあって、寮生活が始まってからは良く話してくれる。
私と違って冷静に落ち着いて物事を見ることができる菫さんのことを、私は尊敬していた。
カエちゃんが、私に抱きついたまま菫さんにどこか楽しそうに笑いかける。
「えー、なあにぃ? 菫ちゃんもおれにハグして欲しいの?」
「……いや、別に要らないし求めてないけど。聖歌は露骨に子どもに好かれそうなタイプだなって思っただけ」
「にゃー? 菫ちゃんだって、パートナーくんには懐かれてるじゃんか」
「あー、まあ……そりゃ、否定しないけど」
菫さんが曖昧に言葉を濁し、コーヒーにまた口をつける。
そういえば、菫さんのパートナーであるファイターは、16歳の真っ直ぐそうな男の子だった。
なんて思っていると、ゆったりとした足音が聞こえて。
「談笑中すまんのう、お嬢さん方。少しいいかの?」
「むー、レッドじいちゃん! おれも居るんですけどー?」
「ほっほっ、こりゃ失礼」
共同スペースに入ってきたのは、バトル・ロボイヤル最年長サポーターのレッド=フィッツジェラルドさん。
最近、愁水さんが仲良くしているオリヴィエール=ロマンさんのサポーターだ。
今日も愁水さんは、オリヴィエールさんたちと過ごしているんだろうか。
愁水さんの存在を一瞬想っただけで何だか擽ったい気持ちになって、私は何かを誤魔化すように片手でリボンタイプの眼帯に触れてしまった。
レッドさんは私と菫さん、それにカエちゃんの顔を見回して語り出す。
「近々、治安維持任務で大規模な出動要請がかかると上から連絡が来てのう。なんでも反乱分子……非公認ファイターの集団が、文化遺産崩落計画を立ててるそうでな」
非公認ファイター。
バトル・ロボイヤルの予選に敗れてなおビッグバンダーを手放さずその力を悪用している人たち。
ぎゅっと作業着の裾を握って身構える私と違って、菫さんはやはり冷静にレッドさんに訊ねた。
「……文化遺産って? どこの?」
「セントラルエリアから少し西に外れたところにある、荒野の小さな遺跡じゃよ。メリィ遺跡、と言ったかの?」
レッドさんの言葉にカエちゃんは大きな瞳を爛々と輝かせ、菫さんは溜息を吐いた。
「へぇ~! 今までにない任務で面白そうじゃん! 遺跡なんて普段行かないもんね!」
「非公認ファイターの連中……何でまたそんなもんの崩落なんか……」
菫さんの呟きを拾ったレッドさんが、立派にたくわえた白い顎髭を撫でながら言った。
「一種の脅迫……自分たちの力の誇示じゃろ。非公認ファイター連中の考えといい、政府がバトル・ロボイヤルで観客が大いに沸くことを想定したり……まあみんな同じじゃ。生き物は、どんなに平和を謳っても結局は闘争本能からは逃げられないんじゃよ」
その言葉が、何だか胸の底の方に重く響いて。
私は先程とは違う想いで、自分の眼帯に縋るように触れる。
闘争本能に支配される人々によって、壊される世界。
――それは私が、この身を侵す傷を負った過程で良く知っていた。
『崩壊戦争』と言う、消えない過去のせいで。




