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熱血豪傑ビッグバンダー!  作者: ハリエンジュ
第三話『仔猫の鳴き声』
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その3 枯れない花

★第三話『仔猫の鳴き声』

その3 枯れない花



teller:花楓(かえで)=アーデルハイド



 カーバンクル寮でおれと、サポーターである(みなと)=ローレンスに割り振られた部屋は、窓の無い地下室だ。

 光の当たらない部屋で、おれは今日も朝らしくない朝を迎える。

 他人と接触する機会が少ない地下室を自室に、という話はおれたちたっての願いだった。


 理由なんて決まってる。

 湊がこの暗闇じゃないと、呼吸すらできないほどに弱々しいひとだから。

 そしておれはそんな湊を守りたいと思ったから。それはずっと変わらないから。


 だからおれは、寮に配属が決まった時に『上』にこの部屋をねだったんだ。

 サポーターがビッグバンダーの整備や戦闘中の支援で使う格納庫でだって、湊は特製のドローンを用いて遠隔で作業をしている。

 そんなやり方でも整備を常に完璧に済ませてくれる有能な相棒は、今日も今日とてメインコンピュータの前で崩れるように寝落ちていた。


 湊を起こさないように軽く朝の支度を済ませ、そっと地下室を抜け出す。


 湊が光を必要としないように、おれだって光なんて要らない。

 なのにおれが外の世界に行く理由は、湊と違って光を別に恐れているわけじゃないから。

 誰か、自分以外の人間が恐いわけじゃないから。


 なんなら少しちょっかいと言うか、強めの悪戯を仕掛けて戦いのライバルたちに牽制をしておきたいくらいだ。

 この前、バッカス=リュボフおじちゃんとオリヴィエール=ロマンおじいちゃんを廃棄ターミナルの列車内に閉じ込めた時みたいに。


 ああ、そう言えばあの時湊は悲しそうな、戸惑った反応をしていたな。


 だって、湊はおれと違って優しいもん。

 湊はこんな穢れきったおれとは違うから、優しくてかわいい生き物だから。

 ――だから、おれは湊を守りたいんだ。

 湊に、湊のままでいてほしいから。





 思ったより早朝に目覚めてしまったらしく、寮の廊下に人気はない。

 あちこちに設置された共同スペースにだって人っ子一人いないくらい全て、がらんとしていたはずだった。


 だけどおれは、穏やかさすらある静寂だけが溢れた朝の世界で、一人だけ人影を見つけた。


 カーバンクル寮の共同スペースで一番広い間取り、普通の家で言ったらリビングに例えられる空間。


 その窓辺に、女の人が一人で立っていた。

 左目を珍しいリボンタイプの眼帯で覆い隠した上に、あちこちが包帯だらけの、作業着姿の小柄な女の人。

 窓辺から燦々と差し込む朝日に、お嬢様結びにした栗色の髪がきらきらと透き通るように照らされている。


 ――聖歌(せいか)=フォンティーヌちゃん、23歳。

 第22地区の代表サポーターだ。


 聖歌ちゃんは先程までこの共同スペースを掃除していたらしく、彼女の傍には清掃用具がいくつか置かれている。

 今は窓辺なんかで何をしているのかと思ったら。

 寮に各ペアが住み込む前から、インテリアのつもりかどうか知らないけど『上』によってあちこちに置かれていた、名前も知らない花の世話をしているようだった。


 綺麗な花。可愛らしい花。愛でるべき、命。

 おれはと言うと、そんな花々に対して。


 くだらない、と思ってしまっているのだけど。


「ねえねえ、何してるの?」


 声をかけると聖歌ちゃんは一瞬びくりと肩を震わせた後こちらを見て、少し表情を和らげた。

 大人だろうにどこかおどおどしたびくついたような雰囲気があるのは、少し湊に似ている気がした。

 だけど聖歌ちゃんはおどおどしてるくせに、不思議とおれの目からは視線を逸らさずに言った。


「ぁ……え、えと、おはよう、ございます。花楓くん……で、お名前、合ってる……よね?」


「うん、そだよ。花楓。花楓=アーデルハイド。そっちは聖歌ちゃん、でしょ? それでそれで? 何してたの? カエちゃんにも教えて?」


 甘えるようにおれが聖歌ちゃんに駆け寄ると、聖歌ちゃんはおれに目線を合わせるように身を屈めてくれた。

 おれと聖歌ちゃんの視線が、確かにばっちり、はっきりと合う。


「あ……と、花に、水やり……」


「そんなの、見てればわかるにゃー」


「え、えと……?」


 おれが言いたいのは、訊きたいのは、そういうことじゃなくて。


「なんで、花の世話するのかにゃーって。花なんていくら綺麗でもいつかは枯れちゃうものなんだから、せっせと世話しても意味なくない?」


 そう、だって意味ないじゃん。

 どんなに光を与えても、どんなに水を与えても、どんなに愛を与えても、命は命。

 命なんて、いつ消えてなくなっちゃうかわかんないもんでしょ。


 綺麗なものはテキトーに見てテキトーに愛でるくらいにしとけばいいのに。

 明日ふっと消えちゃうかもしれないものに、こんな朝から献身を見せる必要が、おれにはわからなかったんだ。

 別に誰かが褒めてくれるわけでもないだろうに。


 だけど聖歌ちゃんは、困ったように笑って手を伸ばし、そっとおれの頭を撫でた。

 花を、命を愛でていた手で、こんなおれに触れたんだ。


「明日、なくなっちゃうかも……ううん、次に瞬きした時にはなくなっちゃうかもしれないものだから……愛したい、んだ……できるだけ、たくさん……」


 その考えは、おれの中にはないもので。

 頭を撫でてくれる聖歌ちゃんに、おれは不思議な気持ちになった。


 例えばおれが花なら、光も水も、なんにも要らない。

 でも目の前のこの人は、そんな存在も愛したいと願うんだろう。


 小さく細い、弱々しい温もり。


 だから少しだけ、ほんの少しだけ。

 おれは、自分の命の価値を知りたくなった。


 この人に愛を注がれたら、おれはどう育つのか、知りたくなって。


「……ね、聖歌ちゃん」


 ねえ、愛して。

 光も水も要らないけど、おれは愛ならいくらでも欲しいの。

 明日いなくなっちゃうかもしれないおれに、たくさん愛をちょうだい。


「……『お姉ちゃん』、って呼んでもいい?」

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