その11 あいらびゅー、きれいな友よ
★第二話『永遠少年殺人事件』
その11 あいらびゅー、きれいな友よ
teller:……
――声が、聴こえた。
『ねえ、きみ! この……えっと、リンゴ? もしくは桃? いっしょに食べよ!』
痩せ細って倒れ伏している自分の目の前に、自分と同じ歳くらいの少年が、朗らかに笑ってしゃがみこんでいた。
赤い果実を、ひらひらとちらつかせながら。
自分のコンプレックスの一つである赤毛と同じ、赤。
少年は、笑っていた。
ボサボサの茶髪。
貧相な身なり。
自分と同じく痩せ細って。
でも彼は、この世界には救いしかないのだと言わんばかりに、きらきらと笑っていた。
『おれはバッカス! バッカス=リュボフ! ともだちになろう! ねえ、きみの名前は?』
自分は。
自分の、名前は――。
◆
「ピアス!」
――声が、聴こえた。
自分を呼ぶ声。
アタシを、呼ぶ声。
ひらひらと、果実一つ持たない手を、馬鹿スはアタシの眼前で振っていた。
「どした? ぼーっとして。やっぱ傷、痛い?」
傷、と言われてアタシは自分の手元に目線を落とす。
今回のアンノウン襲来で、椎名=メルロイドくんを庇って負った傷跡。
治療は済ませたけど、まだ包帯が巻かれた指先。
爪が割れたり剥がれた痛みがどうとかよりも、しばらくはネイルアートを楽しめない不満の方が、アタシとしては大きかったりする。
でも。
「別に、どうってことないわよ。むしろ勲章。こんくらいのアクセントがあった方がアタシはもっと綺麗になる」
「わ、ピアスかっこよい。シビれるゼ」
馬鹿スがけらけら笑って、アタシの赤く長い髪を好き勝手に、無遠慮にいじり始める。
普段なら馬鹿スが馬鹿ス自身の身なりに頓着せず食べカスだらけなこともあって、『美しくないからやめて』とひっぱたいているところだけど。
アタシの手が傷のせいでまだそんなに自由がきかないのを良いことにアタシの髪に手を伸ばしてくるんだから、馬鹿スのこういうところは小賢しくていっそ呆れる。
馬鹿スは昔から、アタシのこの赤い色の髪が好きだ。
それは、こいつが色覚補助用の眼鏡が無いと赤しか色を認識できない色覚異常を患っているから。
それ以外は、馬鹿スにとっては全部灰色らしい。
そう言えばアタシが初めて眼鏡を造ってやった際、馬鹿スは喜びながらも情報量の多さに目を回していたっけ。懐かしい。
馬鹿スはアタシの髪をゆるゆると編んだりしながら、いつものなんてことのないのんびりした口調と声色で言った。
「ピアス、今日ね、色々あってオリーヴ氏にマリア姉ちゃんの話、ちょっとしたんだよね」
「あっそ」
「……ピアスー」
「なによ」
「あいしてるよ」
「あっそ」
――マリアさん。
バッカスの、初恋の人。
彼女の存在がどれだけこの馬鹿の心の傷に関わる問題か、こいつもアタシも理解しながら、お互いやっぱり少し笑って、静かにこの場で息をする。
息をするような『あいしてる』の言葉を、アタシはさらっと流してみせる。
「ピアス、おれがこのまま髪の手入れしていい? その手じゃきついっしょ」
馬鹿スがこの提案をしたタイミングは、まるで彼が寂しさの捌け口を探すような時とぴったり合っていたけど、そうではないことはアタシが一番良く知ってる。
きっと馬鹿ス本人よりも。
こいつは気の向くまま生きるまま、気持ちがお節介に傾く性質。
食に貪欲であって、自分が救える誰かを探すことにも貪欲な腹減りの厄介者。
自分が飢えている時ですら、誰かに分け与える発想が出てくるいかれたやつ。
それが馬鹿ス。
バッカス=リュボフ。
アタシの相棒。
アタシの親友。
太って肥えて、間の抜けた、いつもどこかかしらが汚らしい男。
アタシの求める完璧な美を、常に揺るがす馬鹿な男。
だけど。
「……今日だけ、特別だからね」
こいつの優しさだけは、不思議とずっと美しいのだ。
――なんて、直接言ってはあげないけれど。




