その1 美味しいごはんは世界を救う!
★第一話『主人公はおデブちゃん!?』
その1 美味しいごはんは世界を救う!
――良き一日とは、まず美味しい美味しい朝ごはんを食べることから、素敵に晴れやかに華やかに幕を開けるのである。
◆
くう、と腹の虫がおれの心中を察するように控えめに鳴いた気がした。
……よし、朝だ。おれにとっては待ちに待った朝だ。
さて早速いつも通り、お楽しみの朝ごはんタイムと洒落こむべくキッチンを漁りに全力でダイブしたい気持ち……をぐっと堪える。
色々と踏みとどまった状態で、おれは窓に視線をやった。
カーテンの向こうから僅かに差し込む光が、薄暗い室内をぼんやりと照らす。
オーケーオーケー、予定通り早朝起床完了。
おれは寝床にしているソファから起き上がると、欠伸はギリギリ我慢しながらも、大きく両腕を天井へとぐっと伸ばすことだけはする。
普段だったら絶対、そんな変な遠慮なんてしないのに。
普段もし早起きできたら、遠慮なく欠伸をかましてドタドタとキッチンへ飛び込むのが、いつものおれなのに。
だけど今日は、特別だった。
仮住まいのアパートの狭い一室。
今後のおれの成果次第ではとても広い寮暮らしへと生活環境がまた変わるらしいけど、今のおれは大切な『相棒』と二人っきりでこのアパートにて暮らしている。
こんな早朝、おれにとっちゃ起きるにはまだ早い時間だ。
この日が、おれにとって普通の日ならば。
でも今日は、おれにとっては普通なんかの一言じゃ片付けられない日だった。
――何故ならば今日は、もはや最近じゃ行きつけと化しつつある洋菓子屋さんにて数量限定プレミアムチョコレートシュークリームが発売されるからだ。
昨日の夜から楽しみ過ぎて全然眠れなかった……なんてことはなく、むしろ楽しみ過ぎて逆にいつもよりぐっすり眠れた。
おかげで気分はすっきり。
いつものおれだったら早起きなんてしないし、ぐーすか寝坊しているところを『相棒』に派手に蹴り飛ばされて起きるのが常なのに。
というわけで、まだ全然開店前の時間だけどなるべく早く行くしかねえ! とばかりにおれは『相棒』を起こさないよう、こそこそしつつもアパートを転がるように飛び出した。
……だってこんな勝手な外出がバレたら、おれが抱えるちょっとした複雑な事情のせいで『相棒』にボコボコにされるし。
絶対の自信をもって、断言しておくと。
おれは、ごはんを食べることが好きだ。大好きだ。
太るとか、栄養の偏りとか、その他健康的な諸々に支障が出ようが、おれはごはんを食べることが好きだ。
しょっぱいのも、甘いのも、辛いのも、酸っぱいのも、苦いのだって、おれは何でも美味しく食べられる。
ついでに言えば、どんなにとんでもない量の大盛りのごはんを出されても、やっぱりおれは全部ぺろりとお腹いっぱい食べきることができる。
好き嫌いは良くない、ごはんを残すのも良くない。
残飯処理とかなら全部おれに任せとけ。
とまあ、おれの世界は気付いたらごはんを中心に回っていて、おれの興味の矛先は多分、八割……くらいならいつだって『食』に向けられていて。
美味しいごはんをお腹いっぱい食べることが、おれの幸せ。
だってそれがおれの、おれにとって一番幸せで楽しくて平和な、おれだけの生き方だった。
食事さえ満足にできれば、おれの世界はどんな時だって天国・楽園・極楽浄土。
……あれ、そこらへんの言葉ってだいぶ宗教の違いがあるんだっけか。
まあいいや、神様なんていくら居たっていいじゃないか。加護はありがたいもんだし。
アパートを飛び出した勢いで、おれはルンルンとお気に入りの鼻唄を歌いながら人気の無い、やや肌寒い早朝の路上を上機嫌に駆けて行く。
人気が無いぶんいつもより景色に目が行くのか、ふとおれの視界の隅でデカデカと光る電光掲示板がその存在をこれでもかと主張してきた。
――【代理戦争『バトル・ロボイヤル』第1地区、第29地区予選、本日開催】。
その掲示板の文字列と共に、街中のあちこちにある小さなモニターの画面には次々と仰々しい巨大ロボットが並ぶさまが映される。
そんな掲示板の文字とモニターの画像を確認するなり、おれはさっさと思考をプレミアムチョコレートシュークリーム中心に切り替えてまた走り出す。
おれが天国だと讃えたばかりのこの星では、実はじわじわながらも大きな戦争が始まろうとしている。
と、言っても、戦争は戦争でも代理戦争。
生身の人間をそのまま戦わせるような血で血を洗う争いなんかじゃなく、人間が搭乗した人型ロボット『ビッグバンダー』を扱った戦い。
言わばロボットたちの武闘会。
人々にエンターテイメントのイメージすら与える代理戦争――それが、『バトル・ロボイヤル』だ。
◆
――さて、唐突ではあるが、この星の名前は『セカンドアース』。
むかしむかし……どのくらい昔だったかな。
おれは育ちの関係上、あんまり学はないから、その辺の詳しいことはわからない。
だから、おれの知っていることだけを話そうと思う。
良くも悪くもかつて地球という星は、というかこの世界は、技術と文明が発展し過ぎた、らしい。
人類は、かつて地球という青い星に揃いも揃って暮らしていた。
それなりの幸福を享受して、それなりの平和を謳歌していた、筈だった。
だけど、人間と言うのは次第に欲が出て来る生き物らしい。
ある時、お偉いさんは地球の近くの星々に目をつけるようになった。
多くの研究所がこぞって動き出して、地球人の宇宙進出に乗り出して。
そんなわけで今、『セカンドアース』と呼ばれる惑星は、名前の通り第二の地球として、人類の新たなホームとなっている。
地球に近い環境を持ち、なおかつ面積も広いセカンドアースは今、人類が住みやすいように入念なテラフォーミングを、改良を加えられ、文明も下手をすれば地球以上に発展している。
人々の暮らしの幅も広がって、めでたしめでたし。
……だったら良かったんだけどな。
そうも上手くいかないのが、人間の歴史ってやつだ。
二十数年前、セカンドアースの最高権力者が暗殺された。
以来、セカンドアースは地区間の権力争いが絶えず、治安は至って絶望的。
時には『崩壊戦争』と呼ばれる地区一個が丸ごと消滅した程の大規模な紛争が起きたこともあった。
スラム育ちのおれも、ガキの頃はそれはそれは苦労したものだ。
更には外界、つまり宇宙から、未だ詳しい生態が明らかになっていない未知の怪物『アンノウン』による侵略行為も始まって。
セカンドアースは現在、色々な要因が重なって存亡に瀕した未曽有の危機にある。
この現状を打破すべく、政府はまずセカンドアース内のカーストを明確にする為、そしてアンノウンの襲撃を迎え撃つ為、ある制度を発足した。
それが、『バトル・ロボイヤル』。
人型ロボット『ビッグバンダー』を用いて行われる代理戦争だ。
セカンドアースに百はあるだろう各地区から一人選出された代表パイロット、『ファイター』がビッグバンダーに搭乗して戦い、最後に勝ち残ったビッグバンダーを擁する地区がセカンドアースの全ての最高権力を握る、というルール。
ビッグバンダーは元々、アンノウンに対抗する手段として開発された戦闘用ロボットである為、アンノウン討伐任務もファイターがこなすことでセカンドアースの平和も守れる。
まさに一石二鳥。
さらに、この『バトル・ロボイヤル』を『試合』というスポーツみたいなエンターテイメントとして成立させることで、セカンドアース住民の団結力も増し、経済も潤うってわけ。
むしろ一石三鳥。
その『バトル・ロボイヤル』の予選が、じわじわと最近行われつつあるわけだけど――。
……だけ、ど。
おれは、悪くない。
全ては、おれが今どさっと袋いっぱいに買った限定品のプレミアムチョコレートシュークリームの発売がよりにもよって今日だったのが悪い。
おれの端末には、予想通り『相棒』からの鬼電の記録がびっしり残っている。
怖かったから、おれはもう端末の電源を切った。
でも多分、おれは後で相棒に殺される。
それでもおれは主張したい、おれは悪くないのだと。
だってこの機会を逃せばこんな美味しいシュークリーム、二度と食べられないかもしれないのだ。
これはおれにとっては何よりも優先すべき事案だったわけだ。
何度でも言おう。
おれは、美味しいごはんが本当の本当に大好きだ。
お菓子含め、食べられる物なら全部が大好きだ。
空腹を満たしてくれる、危うく涙が出そうになる程の多幸感をおれに与えてくれる食べ物が大好きだ。
おれはセカンドアースの中でも特に治安が悪い第29地区のスラム街で育った。
そこでは食事にありつけるのも一苦労で、飲まず食わずの日が数日続くこともザラだった。
だからこそ、大人になった今は好きなだけ食べ物を食べて食べて食べまくることにしている。
『相棒』には常日頃散々『デブ』だの『メタボ』だの暴言を吐かれている。
せめてぽっちゃり系と言ってほしい。
ちなみにおれの体重については黙秘権を発動させていただくが、おれは言いたい、身長が高いからこんなに重いのだと。
だって190cmもあるんだぜ?
凄いだろ、おれ。
あと脂肪に隠れた筋肉の分も入っているんだと思う、多分。
それに、やっぱり美味しいごはんは世界を救うのだから今回のシュークリームの件は最重要&最優先事項なのだ。腹が減ってはなんとやら。
広い公園のベンチにいそいそと座るなり、おれはさきほど洋菓子店の前でわくわくと並んで買ったシュークリームの袋を漁る。
中から出てきた完璧なフォルムのシュークリームに、じゅるりと唾液が零れそうになった。
ぎゅるるる、と急かすようにお腹が鳴ったので、おれとしても早くかぶりついて食べてしまいたいが、その前にとても大事なことを言う。
「いっただっきまーす!」
食べ物への、ある意味万物全てへの敬意を表す台詞をにこにこしながら口に出して、それから遠慮せず念願のシュークリームに齧り付く。
外はサクッ、中はトロッ。
そんなありきたりな表現が似合う程、絶品中の絶品だった。
口の中いっぱいに広がるふわふわ感に、おれはふにゃふにゃと表情を綻ばせる。
もうこのふわふわサクサクのハーモニーがおれの心をまるっと癒してくれる。
美味しい、超美味しい。
そんな風にシュークリームを堪能しつつ、おれは何気なくベンチに座っているように見せかけて、公園に設置された巨大スクリーンを一番いいポジションで見られる位置に陣取っていたりした。
何せこれから、セカンドアースが誇る人気アイドルユニット『ロマネスク』のライブ中継が始まるのだ。
おれは、ロマネスクの大ファンである。
最推しは、ふわふわ癒し系担当・クラリス=エメリーたん。
いつもおれの心の清涼剤になってくれている、とってもキュートなマイエンジェル・クラリスたんのソロ曲を口ずさみながら、おれはライブ鑑賞準備を整える。
ある事情によってライブ会場に直接応援に行けないのは残念だが、美味しいシュークリームを食べながらライブを見るのもオツなものかもしれない。
何でライブに行けないのかって?
答えは単純明快、さきほど電光掲示板で確認した通り、今日が第29地区ビッグバンダーの正式代表ファイター選抜予選日だから。
実はおれは、こんなところでのびのびお菓子を食べている場合じゃなかったりする。
それはおれがこの後『相棒』にしばかれるであろう、ちょっとした複雑な事情と関係していて。
さて、さて。すっかり自己紹介が遅れてしまった。
おれの名前は、バッカス=リュボフ。
29歳の、一応ギリギリおにーさん。まだ20代だからおじさんじゃない。
そんなおれは。
――これでもおれは、ビッグバンダーの、第29地区ファイター候補生。
つまりは、今日のバトル・ロボイヤル予選参加者だった。




