その8 Memento Mori
★第二話『永遠少年殺人事件』
その8 Memento Mori
teller:バッカス=リュボフ
おれは掴んでいたオリーヴ氏の腕を離して、オリーヴ氏と向き合う形で話し始める。
「……ちょっと嫌な気持ちにさせちゃうかもしんないけどさ、いい?」
「……何だ」
ああ、やっぱり。
オリーヴ氏のこの淡々とした態度からは、どうしようもない諦めを感じるんだ。
だから。
「……おれ、そういうの、嫌いだ」
おれの言葉に、オリーヴ氏は表情一つ変えない。
けれど、少しぴりついた空気を纏わせて、責めるようにおれを問い詰める。
「そういうの、とは何だ。要点を明確に言え」
明確に、と言われると難しいけど。
おれが一番嫌いなのは、きっと。
「なんか……そういう……諦め……いや、自己犠牲、的なやつ」
オリーヴ氏が、僅かに眉を顰める。
怒りと言うより、おれの言葉の意味を理解できない様子だった。
だから先ほど言ったように、おれはおれの、おれだけの話をする。
「……おれ、ガキんちょの頃すっげえ好きな女の子いたの。おれより年上でさ、まだまだガキだったおれの面倒を優しく見てくれたんだ。大好きだった。ずっと一緒に居たかった。……でも、死んだ。おれの目の前で、自殺した」
一瞬、息を呑む音が聴こえた気がした。
諦めで感情も時間も何もかも止まっていたオリーヴ氏の瞳に、僅かに動揺の色が見える。
その時間をそのまま止めてたまるか、という一心でおれは話を続ける。
「……おれ、それトラウマになっちゃってて。恋ができない。性欲が全く無いんだ。友達とか推しとか、大事なもんはいくらでも作りたいけどさ。でも恋は無理。そんでもって、自己犠牲的なのも無理。拒否反応出ちゃう」
そう言ってから、おれは自分の眼鏡を外した。
おれの眼に映っていたノスタルジックな色合いの列車内が、一気に灰色のモノクロの世界に変わるのがわかる。
オリーヴ氏の、赤い瞳を除いて。
「……そのトラウマの影響で、おれ、身体のあちこちおかしくなってるみたいなんだ。この眼鏡も、相棒のピアスが作ってくれた色覚異常を補正する機能がついてる。眼鏡が無いと、おれは赤色以外をまともに認識できない」
黙っておれの話を聞いてくれているオリーヴ氏の前で、おれは眼鏡を再びかける。
世界に色が戻る。
窓の外の空の色含め、世界は色に満ちている。
ああ。
色に溢れた、命に溢れた世界は、今日もこんなに美しい。
「……おれ、オリーヴ氏に、自分がどうなってもいい、なんて言わないでほしい。オリーヴ氏だってどうしようもなく寂しいと思う。おれが言ってることは、ただのおれのエゴなんだとも思う。でも、オリーヴ氏が生きてるのは、罪でも悪いことでも何でもないんだよ」
オリーヴ氏の瞳が、また揺れた。
おれよりずっとおじいちゃんの筈なのに、その姿は、やっぱり寂しくて寂しくて助けを求める16歳の男の子にしか見えない。
どうか、彼の時間が動いて欲しいと、心の内でおれは心底願う。
「……レッドにも、そう言われた」
レッド爺ちゃん。
レッド=フィッツジェラルド。
オリーヴ氏の親友。
オリーヴ氏よりもずっと先に老いて、衰えてしまう、彼の一番大切な存在。
次の瞬間、オリーヴ氏が、ふっと、下手くそな笑みを浮かべた。
それはおれが初めて見るオリーヴ氏の笑顔で。
――とても、哀しい笑みだった。
「……嬉しかった。レッドにそう言われて。バッカス、おまえの言葉も俺は嬉しい。ちゃんと嬉しい。でも、レッドも、バッカスも俺より先に居なくなってしまうと思ったら、俺はやはり死にたいと思う。だから、俺は死ぬ為に戦うのをやめない」
彼の決意は頑なだった。
16歳の時に霊薬を誤飲し、きっと60年間、死ぬことばかりをこの人は考えていたんだ。
そんな永い年月の苦しみ、おれはまだ知らない。
でも。
「……あーーーー、もー、難しいなあ、これ。どうしよう。死んでほしくないけど、独りぼっちにさせちゃうこと考えると下手なこと言えないし……あ、そうだ!」
おれはぐしゃぐしゃと自分のボサボサの髪の毛を掻きむしってから、あることを思いついてぱん、と手を叩いた。
「――おれに、オリーヴ氏と楽しく生きる権利をください」
「楽しく、生きる権利……?」
オリーヴ氏の問いに、おれは大きく頷く。
「おれはさ、これでも生きることが大好きなんだ。オリーヴ氏が死ぬことを諦めないで過ごすなら、おれは生きることを諦めないで過ごす。おれたち、負けず嫌い同士似た者同士だよ、きっと。だから、仲良くしよう。仲良く楽しいことしよう、末永く。おれの人生に、楽しいことをもっとちょうだい」
おれの言葉に、オリーヴ氏がぱちぱちと瞬きを繰り返した。
その様子がなんだかひどく無邪気に見えて、おれは何だか笑ってしまう。
「楽しいこと……楽しいこと、か」
「うん、楽しいこと」
「……何の解決にもなってないな」
「うん……でも、楽しくないよりはマシじゃね?」
「……バッカス」
「うん?」
オリーヴ氏が、ほんの一瞬。
口元だけで笑みを作った気がした。
そしてそれは、哀しい笑みなんかじゃなかった。
「俺は、もしかしたらおまえも好きな、『ごはんを食べること』、が結構好きかもしれない」
その言葉に、おれはきっとぱっと表情を明るくさせた。
破顔しまくりそうな勢いで。
「……バッカス。また、一緒に食事をしてくれるか?」
「もっちろん! 愁ちゃんも誘ってさ、これからどんどん色んなお店行こう!」
「そうか……そうだな」
そこまで話した時、ぎゅるるる、と腹の音が鳴った。
それはおれのものか、オリーヴ氏のものか。どっちもかもしれない。
そう言えばおれたち、列車に閉じ込められたまんまだった。
「……腹、減ったなあ」
「そうだな」
あ、と思い出しておれは電子端末を取り出す。
「やべ、ピアスから鬼電ならぬ鬼メッセージ来てる。そういやアンノウンが外で暴れてんだよね」
「そうだな。俺にはレッドから何の連絡も来てない。ルーズなものだ」
「つっても、おれらここから出られないし……あ」
「何だ」
おれはとんとん、と自分の首元にあるホイッスルを指先で叩いた。
「ここで、ビッグバンダー呼び出しちゃえば万事解決じゃね?」
「……ああ」
――お互い、目からウロコだった。
おれとオリーヴ氏は、先ほどの暗い雰囲気はどこへやら、意気揚々と列車の扉の前に並んで立つ。
そして。
「降り臨め!! トヨウケ!!」
「――降り臨め、クロノス」
ほぼ同時に、ホイッスルを二人で思いっ切り吹いた。
ばち、と周囲が光ったかと思えば二体のビッグバンダーが列車を突き破って召喚された。
やっと外へ出れたおれたち。
クロノス、と言うのはオリーヴ氏の機体なんだろう。
――さて、戦いを始めよう。
戦いが終わったあとのごはんはきっととっても美味しくて、おれたちに生きる楽しさを与えてくれる筈だから。




