その6 仔猫の悪戯
★第二話『永遠少年殺人事件』
その6 仔猫の悪戯
teller:バッカス=リュボフ
人より先にカーバンクル寮暮らしが決まってたし、ピアスにどやされて任務にもそこそこ取り組んでいたおかげもあって。
金銭面に関しては一応一日分の食費くらいなら日に日に確保できて、今日も朝から食べ歩きをして自室に戻ってきた時。
一通の手紙がテーブルの上に置かれていた。
『バッカス=リュボフさんへ。
仲良くなりたいのでセントラルエリア裏通り、廃棄ターミナル前に来てください』
その手紙の文面に目を通した時、おれは心の底から喜びが溢れる感覚を味わった。
マジで!? 仲良し求めてるのおれだけじゃなかったんだ!! 嬉しい!!
るんるん気分で、もう一度外に飛び出す。
ピアスに一言くらい連絡しといた方がいいかな。
連絡はきっちり詳細にしろって普段から言われてるしな。
『遊びに行ってくる』という旨だけメールを送って、おれはスキップしかねない勢いでターミナル前へ向かった。
◆
かつて、このセカンドアースでは。
各地区を結び付ける為、移動をよりスムーズにする為に、セントラルエリアのターミナルを中心にあちこちに列車が走っていたらしい。
が、なにせこの星は治安が悪い為に頻繁に列車ジャック事件が起こって、現在ターミナルは閉鎖されている。
線路もどんどん取り壊され、今ではセントラルエリアを一周できるくらいの線路しか残っていない。
そんな廃棄ターミナル前できょろきょろと手紙の主を探していたら、見知った顔を見つけた。
「あれ? オリーヴ氏?」
「……? バッカスか」
最近、おれと仲良くしてくれているオリーヴ氏。
そんなオリーヴ氏がこんなところに来ているということは。
「……もしかして、この手紙を書いたのって、オリーヴ氏?」
「いや……むしろお前が俺を呼び出したんじゃないのか?」
…………んん?
どうにも、オリーヴ氏と会話が噛み合わない。
手紙の主は、おれとオリーヴ氏をいっぺんに呼び出したのか?
だとしたら、一体誰が――。
「……あはっ、おもしろーい。おじさんとおじいちゃん、学がないのとド天然なのってホントだったんだ。ほんっと単純」
急に、どこからともなく甲高いボーイソプラノが聴こえた。
おれとオリーヴ氏が揃って声のした方を見上げると、ターミナル近くの小さな二階建ての廃屋のベランダに、一人の少年が佇んでいた。
猫耳を模した帽子、明るいオレンジ髪、オーバーオール、ショッキングピンクとペパーミントグリーンのボーダーソックス。
実年齢よりも恐らく幼さが残る顔つきに八重歯を覗かせた、ひどく小柄な少年。
ええと……彼のことはデータで知っている。
バトル・ロボイヤル参加者最年少の、天才10歳児。
花楓=アーデルハイドくんだ。
どうして、彼がこんなところに。
もしかして、花楓くんが手紙の主?
おれとオリーヴ氏がきょとんとしていると、花楓くんは軽快な動きでベランダの手すりから飛び降りると、俺たちに向かってにこりと無邪気に笑いかけた。
その笑顔に油断したのが、良くなかったのか。
『……っ、推奨、退避』
急に、どこからか声が聴こえた。
下手をすれば機械音声と認識してしまいそうなほど、短く弱々しい声。
でも弱々しいということは、何らかのスピーカー越しではあるけど誰か、人間の声ということで。
そして、おれたちはそんなことを考えている場合じゃなかった。
気付いたら、おれたちは花楓くんにどん、と突き飛ばされていて。
突き飛ばされた先は、廃棄ターミナルで止まっていた、扉だけが一つ開いた古ぼけた列車。
重い筈のおれと、軽いであろうオリーヴ氏が列車の中にふらふらと足を踏み入れてしまった瞬間、目の前の扉が無情にも閉まった。
何が起きているのか、わからない。
「……へ?」
次いで、花楓くんの声が聴こえた。
扉越しの割にははっきり花楓くんの言葉の内容が聞き取れたから、やっぱり何かスピーカー機能を使っているのかもしれない。
さっきの弱々しい声は花楓くんとは別人だろうけど。
「おじさん、おじいちゃん。カーバンクル寮内の戦闘数値ランキングって知ってる? きみたち、総合順位だと大したことないけど、ランキングに付随したパラメータによるとおじさんはビッグバンダーの攻撃力がやたら高くて、おじいちゃんは機動力が高すぎる。それがちょっとおれにとっては邪魔なんだよね。――で、邪魔だから、しばらくバイバイっ」
にこりと、花楓くんに天使のように微笑まれた瞬間、列車が走り出す。
ぽかんとするおれ。ごうんごうんと動き出しボロボロの線路をぐるぐると回ろうとし始める列車。
…………え?
「はああああああ!?」
その時、端末が震えながら鳴った。
見ると、そこにはアンノウンの出現情報のニュース。
各ファイターへの出動命令。
……いや、おれら出れなくねえ?
ちら、とオリーヴ氏の様子を窺うと、彼は相変わらずの無表情で。
まさかの詰みに、おれはぽかんとして――ただ、腹の虫が鳴るのを感じていた。




