その5 フレンド・トラップ
★第二話『永遠少年殺人事件』
その5 フレンド・トラップ
teller:ピアス=トゥインクル
アタシたちが生活するカーバンクル寮の地下には、広大な面積を誇るビッグバンダー格納庫がある。
ファイターがホイッスルでビッグバンダーを召喚すれば場所関係なく機体をファイターの元に呼び出せる。
が、基本的に機体は格納庫に安置され、アタシたちサポーターが機体の整備、点検、改良を施していく手筈だ。
さらにそれぞれのビッグバンダーの隣には、バーチャル訓練装置が設置されている。
カプセルタイプの、人が二人入れるくらいの大きさの装置。
そこにファイターとサポーターが入りコネクトすることで、仮想空間にファイター、サポーター、そしてそのペアのビッグバンダーをダイブさせ、戦闘シミュレーション、戦術研究を行う仕組み。
入寮者は着々と増え続けつつあるけど、セカンドアースの諸々の事情からバトル・ロボイヤル本戦は数か月後。
その間、アタシたちは上層部から課される異界生物アンノウン討伐任務、反乱分子の暴走を制する治安維持任務をこなし日銭を稼いで、寮で共同生活を送りつつ各々の腕を磨いて生きていく、というわけだ。
参加者が暮らす寮はカーバンクル寮だけでなく、バハムート寮というもう一つの寮もあるが、本格的にアタシたちがそこの寮生と関わるのは本戦が始まって直接戦うようになってから、だそうだ。
危機感が足りてない、脳みそが綿あめか何かで出来ているうちの馬鹿スは、まずは自分の寮ことカーバンクル寮のみんなとそこそこ仲良くなりたい、という目標を掲げており張り切っている。
あのおバカ、本来の目的を忘れていやしないだろうか。
今、アタシが馬鹿スのトヨウケを整備している時もあいつの姿は見えないが、どうせまたどこかで食べ歩きをしているんだろう。
一応食費の為に、ぐうたらな馬鹿スも任務はこなしてはいるけれど、あのメタボは食とアイドルのこととなると金遣いが荒いから常に金欠だ。
……本当、財布を厳しく管理してやろうかしら。
「ちょい、ちょい。そこの美人さんや」
「……ん?」
しわがれたような、明らかに老齢の男性の声が聴こえ、視線を移す。
そこには立派な白髭を蓄えた、年老いた男性が立っていた。
確か、第100地区のサポーター。
名前はレッド=フィッツジェラルドさん。
年齢は76歳。
恐らくバトル・ロボイヤル参加者の中では最年長にあたるだろう。外見年齢上は。
レッドさんは、馬鹿スが最近構い倒している白髪の少年ファイター、いや――外見だけは少年の、不老不死の76歳男性・オリヴィエール=ロマンさんのパートナーだ。
オリヴィエールさんことオリーヴさんの事情は、馬鹿スから聞いた。
全く、馬鹿スと来たら他人のプライバシーに関わる情報をアタシにはぺらぺらと喋るんだから。
守秘義務とか言われたら首を傾げるタイプの人種だろう。
しかし、そんなレッドさんがアタシに何の用なのか。
美人さん、と呼ばれたことには、勿論悪い気はしないけど。
「うちのオリーヴを見なかったかの? 朝から姿が見えんでな。そちらのバッカスくんと最近仲良くしてもらっているようじゃから、何か知ってるのではないかと思ったわけじゃが」
「さあ……ごめんなさい、知らないわ。他に馬鹿スとオリーヴさんと仲良くしていると言うと……」
馬鹿スがここ数日構っている……というか、確実に迷惑をかけているファイターが、確かもう一人居た筈だ。
第22地区代表ファイター・愁水=アンダーソンくん。26歳の男性。
格納庫に愁水くんの姿は見えなかったが、代わりに彼のサポーターの姿は発見できた。
ビッグバンダーの足下で、工具を手に作業を進めている作業着の少女。
白いリボンでお嬢様結びにした栗色の長い髪は艶やかで綺麗だと言うのに、作業着からもわかる通りに全体的に肌の露出が少なく、さらにはあちこち包帯だらけで片目に少し独特のセンスの眼帯リボンを付けたひどく小柄な女の子。
第22地区サポーター・聖歌=フォンティーヌちゃん。
データによると23歳の筈だが、発育不全なのか身長は140cm台しかない。
アタシは作業の手を止めて、聖歌ちゃんに歩み寄る。
「ごめんなさい、聖歌ちゃん。少し良いかしら?」
「ぁ……ぇ、えと、はい……なん、でしょう……?」
聖歌ちゃんもまた、作業の手を止めてアタシを見上げてくれた。
どもりがちな口調から見るに、ひどくおとなしい女の子のようだ。
「貴方のパートナー……愁水くん、姿が見えないようだけど、どこに居るかわかる?」
「え、えっと……愁水さんなら、今……ビッグバンダーのコックピットに乗っていただいています……機体の調整の為に……」
なるほど。愁水くんはこの格納庫に居る、と。
じゃあ、馬鹿スとオリーヴさんの軽い失踪騒動に愁水くんは関係が無いらしい。
行き先だけでも聞いてないかと愁水くんとの接触を図らせてもらおうかと思ったところで、背後から弾んだ声が聴こえた。
「姐さん、姐さん、ピアス姐さ~ん!!」
その声は、最近アタシを随分と慕ってくれて、ショッピングに出かけたりと仲良くしてくれるレイア=ヴァルキュリアちゃんのものだった。
レイアちゃんの傍には、彼女のサポーターであるテレサ=メヌエットちゃんも控えている。
だけど、初対面の時と違ってテレサちゃんは、大袈裟にレイアちゃんの背に隠れて怯えるような態度は取っていない。
まだ少し緊張しているようだが、アタシがレイアちゃん共々ショッピングに連れて行きオススメのお店やファッション雑誌、スイーツ情報を紹介したり、女子が好きそうな話題を振ってみたりしたら少しは警戒心が解けたらしく、男性恐怖症のテレサちゃんもアタシにはほんのちょっとだけ心を開いてくれたようだ。
それは、アタシがアタシであるという証明ができたようで嬉しい。
でも何よりも、アタシには想像もつかない恐怖心を常に抱えて生きているであろうテレサちゃんがアタシを受け入れようとする姿勢を見せてくれているのが、なんとも庇護欲を刺激されて微笑ましかった。
「あら、レイアちゃん、テレサちゃん。どうしたの?」
「それが聞いてくださいよ! 大変なんすよ! このキレーな人が、こんなメモを拾ったって……」
レイアちゃんとテレサちゃんに目線が行っていたからか、アタシは二人の傍に居る人影に気付くのに少し遅れた。
落ち着きのある色合いの栗色髪のロングストレート、ゆったりめのトップスとロングスカートを纏いストールを首に巻き付けた、穏やかで儚げな印象の、綺麗な子。
電子端末でプロフィールを確認したことがある。
第24地区サポーター・椎名=メルロイド。19歳の大学生。
と言っても今は休学中だけど。
「あの、こんにちは。ピアスさん。僕、椎名=メルロイドって言います。ええと、第24地区の……」
「ええ。サポーター、でしょ? よろしくね、椎名くん」
アタシと椎名くんのやり取りに、レイアちゃんとテレサちゃんが揃って首を傾げた。
「……『僕』? 『椎名くん』?」
「あら、端末でプロフィール確認してなかったの? 二人とも。椎名くん、男の子よ」
アタシの発言に、レイアちゃんは驚愕に目を見開いて、テレサちゃんは『ぴゃ』と短い悲鳴を上げて、がたがたぶるぶると震えてレイアちゃんの背に隠れて縮こまってしまった。
一方レイアちゃんは目を輝かせて、テレサちゃんの両肩を掴んで揺さぶる。
「うそ!? 椎名さんもめちゃくちゃ美人じゃない! テレサ、私たちも負けてられないわよ! 姐さんに師事して、私たちも輝く美少女になっちゃいましょ!?」
「う、え……あたし、か、可愛いとかそういうの、どうでもいい……って、っていうか、こわ、こわい……」
すっかり怯え切ってしまったテレサちゃんを見て、椎名くんは困ったように視線をアタシとレイアちゃん&テレサちゃん、それからレッドさんへと順番に視線を泳がせている。
このままじゃ話が進まないと判断して、アタシは椎名くんに訊ねた。
「それで? 椎名くんはどんなメモを拾ったの?」
「あ、それでですね。こういうメモが、廊下に落ちてて……」
椎名くんがアタシに差し出してくれたメモに視線を落とす。
そこには、こう記されていた。
『バッカス=リュボフさんへ。
仲良くなりたいのでセントラルエリア裏通り、廃棄ターミナル前に来てください』
……アタシはしばし、黙ることしかできなかった。
まさかあの馬鹿メタボ、こんな差出人不明の胡散臭いメモに釣られて飛び出してっちゃったんじゃないでしょうね。
アタシが固まっていると、レッドさんがほっほっと、年の功かどうかは知らないが余裕のある笑い方をした。
「このメモがオリーヴの元に届いていたとしたら、オリーヴも行っているかもしれんのう。……あやつは、何だかんだで寂しがりじゃからな」
いや、笑っている場合じゃないでしょう。
これ、下手したらライバルを蹴落とす為の誰かの罠の可能性もある。
猛烈に嫌な予感がしたその時、電子端末が鳴った。
当の馬鹿スからの連絡だった、が。
そこには、『友達ができそうだから、遊びに行ってきます!』というメールが一通だけ。
頭を抱えたくなった。
あのデブス、見え見えの罠に釣られやがったわね。
どうやって呼び戻そうか、考えていた時。
格納庫一帯に、サイレンが鳴り響いた。
『緊急事態発生、緊急事態発生。廃棄ターミナル周辺に異界生物アンノウン出現。カーバンクル寮生は、直ちに出動すべし』
……あまりにもタイミングが悪い、最悪の、状況すぎて。
『嘘でしょ……』とアタシは引きつった笑いを浮かべそうになってしまったのだった。




