その2 微睡む女神に片膝ついて
★熱血豪傑ビッグバンダー! 第九話『檻重ねワンダーランド』
その2 微睡む女神に片膝ついて
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僕の好きな人はいつも、純白の鳥籠の中に居る。
白い、病室。
部屋に充ちる薬品の匂い、彼女が繋がれた医療機器の機械音。
僕は、この空間が好きだった。
彼女はこんな部屋、大嫌いだろうに。
彼女の憎んでいるものを好きになってしまった自分こそ、僕は憎らしい。
烏衣=クラングル、17歳。
それが僕なんかの名前。
第12地区の代表サポーターだ。
そして、白い部屋のベッドで上体だけ起こしてカーテンの隙間からひかりを、どこか焦がれた眼で見ている、きれいなひと。
彼女は、ロミ=トーネリア。
僕と同じ17歳。
第12地区のファイターで、僕のパートナーということになる。
――ロミさんはビッグバンダーで戦うファイター、だけど、でも。
ロミさんが見つめるカーテンの隙間。
窓の外。明るい世界。
微かなひかりを見つめ、僕もまた目を細める。
だけど、穏やかな眼でひかりを見るロミさんとは全然違う。
僕はひかりを、外の世界を、きっと睨んでしまっていた。
空の色なんて別に興味ない。
でも、ひかりが、刺すように鋭く見えたから。
良い天気なんだろう、世間の多くにとっては。
この強すぎる明るさは、ロミさんの身体にとっては毒になるのに。
それでもそれが、世界にとっては良い天気だなんて。
ロミさんは、バトル・ロボイヤルのファイターだ。
セカンドアース第12地区を背負って戦う戦士だ。
巨大ロボット――『パナケイア』と呼ばれるビッグバンダーに搭乗して戦うひとだ。
だけど、このきれいなひとは、生まれつき身体が弱い。とても、だ。
ただ病弱なんて言葉じゃ、片付けられないくらい。
だからカーバンクル寮のロミさんの自室は、こんな風に病室としても設計されている。
身体のあちこちが細く、弱く、軽く、身体を守る肉はとても薄く。
きっと青白い肌は、彼女の身体の肋骨の数を外側から数えられるくらいには、頼りない作りになっているんだろう。
薄い肌。
骨だけじゃなく、細い血の筋だって、わかりやすく浮かんでいる。
ロミさんは光が好きだ、明るいものが好きだ。
賑やかなものだって、大好きだ。
なのに彼女の大らかな心に反して、彼女の体は、光も騒音も上手くは受け付けない。
僕はその全てを知っているわけじゃないし、直接肌を見るなんてとんでもないけど、ロミさんの身体には手術痕だって多い。
彼女の儚い命をこの世に繋ぎ止める為に、彼女の弱々しい身体は幾度も切り開かれて。
生きる為だというのに、その度に彼女は心を削られて。
生まれつき、だそうだ。
生まれ落ちた時からロミさんは、そんな弱い肉体と繋がり合って生きることを余儀なくされていた。
なんて、不公平なんだろう。
なんてままならない、不自由なんだろう。
それでも、このきれいなひとは、強いひとでもあった。
死が決して他人事でない人生を過ごしてきたのに、ロミさんは生きることを、夢見ることを、自由を、一度たりとも諦めていない。
未来の終焉に怯えるよりも前に、彼女は顔を上げるのだ。
懸命に、その優しい瞳に世界の優しさを焼き付けようとするのだ。
ロミさんはファイターとしてビッグバンダーに搭乗する時、ビッグバンダーとの感覚共有度をMAXにしている。
本来なら、ファイターがビッグバンダーと繋がりすぎるのは危険な行為だ。
ファイターの五感や、戦闘中、移動中、あらゆる瞬間にビッグバンダーの機体に降りかかる衝撃、感覚が共有されすぎて、痛覚さえもファイターに襲い来る行為だから。
でもロミさんの場合は、イレギュラーな事態が起こった。
ロミさんの身体が規格外に病弱だからか、ロミさんの愛機『パナケイア』が、昔のどこかの神話の癒しの神様の名を冠しているからか。
ロミさんはビッグバンダー・パナケイアと感覚共有で『繋がった』時だけ、健康体になる。
パナケイアと繋がっている時だけロミさんは、戦闘で飛び回るパナケイアを通して、外界を知る、世界を全身で感じる。
自由に走り生きる、喜びを得る。
『パナケイアに乗っている時がね、私、一番生きている実感を得られるの』
いつだったかロミさんは、そんなことを僕に話してくれた。
ロミさんは病弱で、呪われた身体を持っているも同然なのに。
彼女は愛と希望を一個も忘れちゃいない。
彼女は美しく、強く、生きている。
今この瞬間も、此処に。
そんな彼女が、本当に綺麗だと思ったんだ。
細い手足、肉付きが悪く、薄く青白い肌、弱々しい肉体。
それがどうした。
それのどこが、彼女が美しくない理由になるって言うんだ。
注射や点滴の度にちらりと僕だって目にしてしまう、彼女の細く青みがかった血の筋。
その青だって、きれいだと思ったんだ。
どんな空の色にだって負けないくらい。
彼女が横たわる部屋に、彼女自身にすら纏わりつく薬品の匂い。
それにだって僕は惹かれる。
だってあの薬品の匂いが強くなる度、彼女が生きようと懸命に足掻いているのがわかるから。
この薬品の匂いは、死の匂いなんかじゃない。
だから、嫌いなものか。不快なもんか。
きれいなんだ。このひとは。強くて、きれい。
だから僕は憧れるんだ。
惹かれているんだ、ロミさんに。
ちょっとした縁で、ちょっとした出会いからロミさんに関わるようになって、今じゃロミさんのサポーターとして一番近くにいる僕。
僕はロミさんと違ってひねたところはあるし、内向的で陰気で地味で、この世の明るさや優しさはどちらかと言うと敬遠してしまうタイプだ。
でも、きれいに生きるロミさんの支えになりたかった。
感覚共有度が危険な行為なら、サポーターの僕が全身全霊でロミさんと、ロミさんの愛機パナケイアを守るんだ。
恥ずかしくてロミさんにはちょっとはぐらかしてるけど、僕は、その……機械類に関しては、オタクと言うかギークというか、まあ、詳しい方だから。
だから、僕は頑張れる。
だって僕は、強くてきれいなロミさんのことが、ずっと――。
「……ねえ、烏衣くん」
「っ、へ、ぇ……あ、う、うん、何かな……?」
ああ、またやらかした。
これだけ内ではロミさんに激情を抱えているくせに、本人に対しては照れて慌てて、つい目を逸らしたりと変な態度になってしまう。
ロミさんに対して自分が少し崇拝に近い情を持っていることもまあまあ自覚しているから、たまに敬語混じりにもなるし。
元々人付き合いは苦手で嫌いだけど、ロミさんに対してもぎこちなくなってしまう自分は、やっぱり情けない。
そんな僕にも、ロミさんは優しく笑いかけてくれる。
「私、そろそろ少しお昼寝しようかなって。一緒に居てくれてありがとう、烏衣くん」
「え、いや僕は……別に……静かなの、嫌いじゃないし……ロミさんの隣は、嫌じゃない、から……はい……」
「……うん。それが嬉しいの。一人にしないでくれて、隣にいてくれて、ありがとうね」
ロミさんは、そう言ってくれたけど。
僕がもう少し明るかったら、明るくなくても柔和に語れる優しさがあったら、楽しい話をできる人なら。
ロミさんを、もっと笑顔にできただろうに。
ロミさんの為に僕ができること、いつも考えてる。
だけど、どれも上手く行った試しがなくて。
今日もモヤモヤした自己嫌悪と共に、寮のロミさんの自室を後にした瞬間。
「うおっと、あぶね!」
「へ?」
衝撃が、全身に走った。
突然だったものだから受け身なんて取れず、僕はみっともなくその場に転がる。
……衝撃が突然でなくとも、結構モヤシな自覚もあるからどっちみち転がってただろうけど。
痛みでじんじんする中、顔を上げる。
二人の男が、僕を見下ろしていた。
思わず、『ゲッ』と苦い声を上げそうになった。
壱叶=キッドマンと咲斗=ガルシア。
僕と同い年の、男ファイター。
そしてこいつらは僕の苦手な――陽キャだ。
騒がしくて声が大きくて、周りを振り回して。
関わりたくないし、苦手どころかうっすら嫌いなタイプ。
少し離れたところにこれまた同い年ファイターの柚葉=シェリンガムも居たけど、我関せずと言った様子でただ突っ立っている。
そもそもあいつの視線は僕に向いていない。
柚葉=シェリンガム。あいつ、明らかに僕に1ミリも興味がない。
ああいうのはああいうので怖い。
……どうせ僕、モヤシでビビリだから。
見たところ、廊下で壱叶=キッドマンと咲斗=ガルシアが何かしらふざけ合っていたら、たまたま廊下に出てきたばかりの僕とぶつかったのだろう。
迷惑な話だ。やっぱり騒がしいやつらは、苦手だ。
「わっ、悪い! 大丈夫か?」
咲斗=ガルシアが僕に手を差し伸べる――が、それより先に壱叶=キッドマンが僕の手を強く掴む。
え゛。
ニヤニヤ顔で僕の顔を覗き込んでくる壱叶=キッドマン。
え、なに? 僕、陽キャに絡まれてる?
「おまえ、烏衣……だっけ? 確か同い年だろ? せっかくだし、おまえも一緒に遊ばね?」
「えっ、嫌だ……」
即答してしまった。
いやだってほんとに、陽キャ無理だし。
ノリ合わないし。
なのに、一瞬目をきょとんと丸くした壱叶=キッドマンは――にまあ、と愉しそうな、それでいて悪い笑顔を浮かべて。
えっ、なになに怖い怖い、嫌だ。
嫌な予感しかしない!
じりじりと後退り、よろよろと立ち上がり、みっともないフォームだけども走って逃げようとする。
明らかに運動神経が良さそうな壱叶=キッドマンの手が後ろから伸びてきて、そりゃ勝てないよな!! と、諦めて目を閉じた時。
こんな僕にも、加勢者が現れた。
縋る先もなくただ前方に伸ばしただけだった手が、誰かに引かれた。
溜息混じりに、その誰かは僕の手を引いて走り出す。
焦茶の髪に、無骨なデザインの眼鏡をかけた男子。
確か、こいつも僕と同い年で、僕と違ってファイターの――亜杜=レアード。
え、逃がしてくれてる?
助けてくれた……?
僕が混乱していると、亜杜=レアードはまた溜息を吐いた。
今度は舌打ち混じりだ。
え、こわい。な、なんだよ。
「……助けてねえから。うるさいのが増えるのが嫌で、手貸してやっただけだっつの。別に俺は誰かを助けられるほど、価値や余裕がある人間じゃねーよ」
価値?
余裕?
何だか不穏な話を始めるな、と思う暇もなく。
「お、亜杜も発見! 一回ちゃんと話してみたかったんだよなー。よしよし、ダッシュダッシュで追跡っと」
「え、それ普通に迷惑じゃね!? お、おい待てって壱叶! 柚葉も何とかしてくれよ!」
「…………俺まで妙なことに巻き込むな」
……あれ?
なんか、あの三人、僕たちを追ってきてないか……?
亜杜=レアードが、一層大きく舌打ちをして、僕を引きずったままスピードを上げる。
「…… くそ……面倒なことになった……」
そう言いつつも、亜杜=レアードは。
ひょろくてモヤシで走る体力を持たない僕を見捨てることなく逃走の継続を選んで。
奇妙な追いかけっこの中、僕は、色々いっぱいいっぱいの中。
廊下がうるさいせいで、眠っているロミさんに迷惑がかかってなければいいな……なんてことを、一番に願っていた。




