その2 君が見つけた宝石箱
★第八話『ラブ&ピース』
その2 君が見つけた宝石箱
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性格が悪い自覚なら、嫌と言うほどにあった。
私はとても根暗で、陰気で、卑屈で、いつも教室の隅っこで孤独に過ごしているような日陰者の存在で。
存在感がないくせに、承認欲求はそれなりにあって、プライドだって高い方で。
でも、下手に何かを言ってトラブルに巻き込まれるのは死ぬほど面倒だったから、私はおとなしい優等生をずっと演じ続けていた。
そうやって地味に生きてきたつもりだけど、化粧とか、ネイルとか、ピアスとか、そういうもので着飾ったいかにもなギャルグループには良くパシリにされたし、掃除や日直などの面倒ごとを押し付けられた。
その度に『自分でやれよクソビッチ』と笑顔で中指を立てたくなる気持ちを必死で抑え、下手くそな愛想笑いを浮かべてそれらを受け入れて、私はいつも貧乏くじばかり引いていて。
こんな私は、私が心の中でビッチ呼ばわりしているあの連中よりも、ずっと醜いんだろうな、と思ってた。
「あれ? 美桜じゃん。何してんの? すっげー荷物だけど」
朝、いつものギャルグループに雑務を押し付けられて担任の所まで赴いて、その担任から預かった大量のノートを抱えていると、馴れ馴れしく声をかけられた。
思わずびくりと身構えてしまうと、彼は、へらりと私に笑いかけてきた。
壱叶=キッドマンくん。
私――美桜=レイトンのクラスメイト。
物凄く友達感覚で話しかけられてしまったけど、私と彼に接点なんて、クラスメイトである以外、ほぼほぼなかった。
と言うか、まともに会話したのなんて、この時が初めてじゃなかったっけ。
壱叶くんは、私たちの通う学校ではちょっとした有名人だった。
なにせ、一般学生でありながらあのビッグバンダーのファイターを志しているのだ。
サポーターはまだ居ないみたいだったけど、本人のコミュニケーション能力の高さもあっていつも大勢の友人に囲まれて、女子からも人気があった。
そう言えば、あいつら、そう、あの目立つギャルグループ、壱叶くんのサポーターになりたいって言ってたな。
はいはい、叶うといいですね。
なんてわりかし可愛くないことを考えると、手の中がふっと軽くなった。
ノートを半分、壱叶くんが持ってくれたのだ。
「え、そんな、悪いよ」
「いいって。つーか、女子にこんなおもてーもんどさっと寄越すとか、センセーも割とひでーよなあ」
けらけらと壱叶くんが笑う。
本当はギャルグループ数人が担当する予定だったんですけどね、と悪態をつきたくなるのを堪えるのに、私はどれだけ苦心したのだろう。
「――あっ、なあ、ちょっと待って」
「え?」
ふと、私の顔を見た壱叶くんが、びっくりしたような声を上げた。
私までびっくりしていると、ふいに、ぐっと壱叶くんが私に顔を近付けてきた。
え、何、何、何。
固まっていると、壱叶くんが、眼鏡をかけたクソダサくて地味な私の顔をじーっと凝視して。
「――おまえ、瞳の色、すっげえキレイ」
……心臓が、あんなにも呆気なく、しかも凄まじい勢いで転げ回りそうになった瞬間を、私は知らない。
◆
そんな壱叶くんと出会って、一年が経った。
もうすぐ進級を控えていたのに、私と壱叶くんは揃って休学届を提出し、この『カーバンクル寮』にいる。
何で、そんなことになっているのかと言うと。
「ねえ、壱叶くん」
「んあー?」
隣を歩く彼に声をかける。
壱叶くん。
茶髪にヘアピン、ちょっとチャラチャラした容姿。軽く着崩して未だに着ている高校の制服。
対して窓に映った私は、何の派手さもない真っ黒な髪をストレートに伸ばして、だっさい眼鏡をかけて、これまた未だに制服をきっちり着込んでいる。
どう考えても、垢抜けまくっている壱叶くんに私なんか釣り合わない。
なのに。
「なんで、私なの?」
「それは、どっちのイミで? コイビトとして? サポーターとして?」
「どっちも」
思わず、はあ、と溜息が漏れた。
そう、私と壱叶くんは、こんなに正反対なのに、信じられないことに現在恋人同士である。
しかも、告白は壱叶くんからだったし、付き合い始めてすぐ壱叶くんは私をサポーターに無理矢理指名してきた。
勿論周りからは驚かれたし、ギャルグループからは反発された。
ちょっとした嫌がらせも受けたけど、三日と経たずに収まって、ギャルたちには頻繁に怯えたような視線を向けられるようになった。
壱叶くん、あの子たちに何したの。
自分がいきなりこんな少女漫画どころか頭の軽いスイーツどもが好むような恋愛小説のヒロインみたいな状況になるとは思ってなかったし、未だに慣れていない。
そもそも私をサポーターにするなんて、そんな公私混同が許されるのだろうか。
ビッグバンダーのことについては、壱叶くんの足を引っ張らないよう私もそれなりに勉強した。
サポーターとして私も壱叶くんに指示を出したり、シールドを張ったり、バックアップしなければならない。
そんなこと、ただの女子高生だった私に言われても、といった感じだけど、壱叶くんは私がいいと言って譲らなかった。
私なんかの、どこが良いの。
「私、地味だし可愛くないよ」
「可愛いじゃん。眼鏡もそれはそれで似合ってるんじゃね?」
「……性格だって悪いんですけど」
「根っこはいいやつじゃん」
性格悪い、を否定してくれないかな。
別にいいけどさ。
ふいに、影が差す。
気付けば壱叶くんが私の前に立っていて、ほっぺたを撫でていた。
身長差を嫌でも意識してどぎまぎしてしまうから、いきなりはやめてほしい。
「美桜はさあ、オレと付き合ってからいっつも不安そうだよな」
「不安って言うか、わかんないんだよ。何で壱叶くんみたいな人が私を……なんていうか、好きになってくれたの、かなって」
「あ、今、ちょっと照れた?」
わかりやすく俯いた私を見て、壱叶くんが嬉しそうにはしゃいだ。
やめてやめて、こういう雰囲気すっごく苦手。
「オレみたいな、ねえ」
壱叶くんが、私の頬を弄ったまま首を傾げる。
今の私、絶対変な顔になってると思うんですけど。
「美桜は、オレのこと気になんの?」
「……そりゃまあ」
そう、ちょっと素っ気なく言うと、いきなり顔が近付いてきた。
ひい、と色気の欠片もない悲鳴が漏れる。
私がフリーズしていると、壱叶くんは嬉しそうに目を細めて言った。
「じゃあさ。ずーっと、オレのことだけ考えてろよ。そうすりゃ、不安もモヤモヤすんのも、全部忘れちまうだろ?」
その理屈はちょっとおかしいんじゃないかな。
とりあえず離れてもらおうと、彼の胸を押した時。
壱叶くんが、私の耳元に唇を寄せて。
「だーいすき」
飛び退くように壱叶くんから離れた私を見て、壱叶くんは心底おかしそうに笑った。
なに、なに、やめて、ほんとにやめて。
耳を押さえて、真っ赤になった顔を隠したくて私は俯く。
ああもう、眼鏡ちょっとズレた。
壱叶くんのことを本当にずっと考えていたら、壱叶くんが何を考えているのか、とか、何で私のこと好きなのかな、とか、何で私を選んでくれたのか、とか、ちゃんとわかるのかな、気付けるのかな。
そしたら、こんな私も――壱叶くんに、好きだよって言えるのかな。
可愛くなくてごめん。
暗くてごめん、卑屈でごめん、結構口悪くてごめん。
でも、滅多に伝えられないけど、好きの気持ちは本当だから。
そうじゃなきゃ、サポーターとして頑張ろうとかしてないから。
だから。
何を考えてもいいから、どこに行ってもいいから。
私のことは、置いてかないでね。
気を抜けばふらっと居なくなってしまいそうなくらい自由な彼のことがちょっと怖いなんて、言っても許されるのだろうか。
私に、彼を繋ぎ止める権利があるのか。
不安、か。
確かにそうかもしれない。
だって私は壱叶くんのことを何一つ、全然知らないのに。
私なんかを見つけてくれたのは壱叶くんで――壱叶くんが居ないと、私は迷子になってしまうのだから。
こんなことを考えてしまう自分は弱くて、情けなくて、やっぱり壱叶くんに相応しくなくて。
私はしばらく、顔を上げられなかった。




