その2 ある意味、おれときみで美食家。
★第二話『永遠少年殺人事件』
その2 ある意味、おれときみで美食家。
teller:バッカス=リュボフ
さて、先日のおれがどういうわけか失敗した、他ペアのカーバンクル入寮歓迎会。
せっかく用意したご馳走はみんなに困惑されて誰も手をつけてくれなかったので、全部おれ一人でぺろっと食べた。まるごと。実に美味でした。
「……いや、アンタの胃袋どうなってんのよ」
ピアスにじとりと、ドン引きの意を隠さない目つきで睨まれる。
おれはぐっと親指を立て胸を、いや腹を張る。
「食べ物となるとおれの身体はブラックホールにもなるぜ!!」
「誇らしく言うんじゃないわよデブス」
「デブスは違う!! だからデブスは意味合いが違う!! いつもみたいに馬鹿スって呼んで!!」
「アタシが言うのもなんだけど馬鹿ス呼びも本来は抗議するべきよ、このおバカ」
朝からピアスに呼称についてギャーギャーと抗議し、ふと自分のベッドにごろんと横たわる。
ピアスは本当に掃除の面倒を見てくれないらしく、おれのベッドのシーツはよれよれで食べ物絡みの赤が散乱している。
相変わらず殺人現場ばりに真っ赤だ。
まあ、寝れりゃ良い寝れりゃ良い。
対してピアスは既に朝のピアスなりの身支度を整えたのか、いつものパンツスーツを纏ってお化粧もばっちり。
きりっと仕事の出来る美人、な雰囲気を全力で醸し出している。
うんうん、親友が今日も綺麗で誇らしい。
カーバンクル寮に入寮者が徐々に増えて気付いたことだが、基本的に他のペアはそれぞれのペアで閉鎖的に行動しがちだ。
ペアで同室の場合もあれば、ペアが異性同士だと別室だったりもする。
つくづく、このカーバンクル寮は広い。
こんなひっろいコミュニティに所属するのは、おれは初めてだ。
なので。
「と、いうわけで! カーバンクル寮のみんなとなるべく仲良くしたいと思います!」
「何がというわけで、なのよ。文脈どこいったのよ。そもそもアンタ、ここのペアって全員ライバルなこと、忘れたの?」
「いいじゃんいいじゃん! バトル・ロボイヤルが終われば全部の地区で結託してみんなで世の中良くしてこー! ってなるんしょ? おれ推理だと寮生活は将来のコネクションみたいなもんだし! 絶対友達は多い方がいい!」
やる気が急にみなぎり、ベッドでぐだぐだしつつも天井に両手を伸ばしガッツポーズをダブルで作るおれに対し、ピアスは冷めた態度を取る。
視線が冷たい。絶対零度。あ、氷菓が食べたい気分だ。あとで買おう。
「……アンタ、もう若くないんだから友達友達って甘えるのやめなさいよ」
「あ、勿論親友はピアス一人だぜ! あいらぶゆー!」
「そういう問題じゃないわよおバカ」
「さーって、そんじゃ早速声掛けてきまーーす!! ピアス、さらだばーっ!!」
自分のテンションを上げたい時、モチベーション向上の為におれは『さらだばー』と言うことが多い。
主にさよならのタイミングで。
これは、ロマネスクの推し美少女アイドル・クラリスたんのライブ終了時の挨拶にもなっている言葉で、『さらば』と『サラダバー』の語感が似ているから、と考案されたものらしい。
おれもクラリスたんリスペクトでこの挨拶を愛用させてもらっている。
別れの挨拶すらも食の挨拶になるなんて、世界が食に溢れてるって感じがして良いね。
さてさて、まずは朝ごはんを一緒に食べてくれる友達を作ろう。
◆
teller:ピアス=トゥインクル
「……何でサプライズパーティ大失敗した反省もクソもないのよ、あのメタボは」
馬鹿スが部屋を飛び出して行ったのを睨みながら見送ってから、アタシも溜息をついて自室を出る。
友達を作りたいから、という馬鹿スみたいなアホな理由じゃなくて、まだカーバンクル寮の設備の点検が済んでないからだ。
業者が定期的に点検に来ると言っても、収容人数と、このご時勢を考えると限度があるだろう。
何かあった時の為に、アタシたちサポーターが動けるようにしておかないと。
街の探索はそれからだ。
……余裕があれば、ブティックとコスメショップ、アクセサリーショップ、雑貨屋もチェックしておかなきゃ。
――アタシの求める、完璧な『美』の為に。
「うっわ、マジで美人っすね、姐さん。加工とかじゃなかった……っていうか、実物の方が美人とか、もはや溜息出るわ」
ふと、声がした。
声をかける行為に一切の躊躇いが感じられないのが伝わる、ハキハキした少女の声。
振り返ると、そこには明るい茶髪をポニーテールにした、意志の強そうな少女が立っていて。
それから彼女の背に隠れるようにおどおどと小動物のようにこちらの様子を窺う、背中をたっぷり覆い隠すほどに長い黒髪と、視界を遮るほどの、これまた長い前髪の色白の少女。
彼女たちもカーバンクル寮の寮生だ。データは既にチェックしてある。
第87地区ペアの子たちだ。
ポニーテールの少女がファイターのレイア=ヴァルキュリア。
後ろの黒髪の少女がサポーターのテレサ=メヌエット。
二人とも16歳の女の子だ。
学業区画が整っている地区の同級生、とのことだが現在はバトル・ロボイヤル開催に伴い休学中だったはず。
バトル・ロボイヤル関連の10代の若者は、大体そういう境遇だったと思う。
二人の様子から察するに、アタシに声をかけたのはレイアちゃんの方だろう。
アタシが振り向いたのを見て、レイアちゃんがアタシと視線を合わせて感嘆したように言った。
「ぎゃ、正面顔見るとますます美人だって実感しちゃうわ。ピアス=トゥインクルさん、で合ってますよね? どーも。私、第87地区のファイター・レイア=ヴァルキュリアです。こっちはサポーターのテレサ。私、データ見た時からピアスさんのファンみたいなもんで。ピアスさん、どっからどう見ても完璧に女にしか見えないんですもん」
「あら、そう? 誉め言葉として受け取っておくわ。でもね、アタシが目指してるのはもっと高み。男性も女性も凌駕した、誇らしいくらいに美しい存在として、アタシは在り続ける。それがアタシの性別。それがアタシ。覚えといて」
アタシがにこりと、自分が映える角度を意識しつつ二人に微笑みかけると、レイアちゃんの方があからさまにきらきらと目を輝かせた。
今にもこちらにずいずいと駆け寄ってきそうな勢いだ。
「かっっっこよ……え、姐さんって呼んでいいッスか? さっきもう呼んだけど。ね、テレサ。しばらく姐さんについて回りましょ。私たちも美について学ぶのよ! あんただって、世界一可愛いんだから!」
「ぇ……れ、レイア……その、あ、あた、しは……えと……」
テレサちゃんは縮こまり、怯えたようにレイアちゃんの背にますます隠れてしまう。
そこで以前、端末で確認したテレサちゃんのプロフィールの、特記事項を思い出した。
重度の、男性恐怖症。
なるほど、テレサちゃんはアタシの元々の性別を警戒しているようだ。
だったら。
「……ねえ、レイアちゃん、テレサちゃん」
「はい?」
「は……はひ?」
「買い物行くけど、ピアス姐さんにちょっと付き合ってくれる?」
予定変更。アタシの最優先事項は『美』。
これは自分の存在証明の為に、外せない用事だ。
アタシはアタシ。恐怖の対象の、定められた性別になんてならない、『ピアス=トゥインクル』という存在そのもの。
怖がられないようにしなくっちゃ。
――だってつまらない枠に囚われるのは、性に合わないもの。




