花紺青の水袖(7)
あの時、果翠は「柳佟商店」と椿油を使った。
瑛が小産すれば「昕の姨娘にしてあげる」と唆されたのである。
その唆したのは誰か。
「唆したのは誰?」
瑛にはめぼしい人物が二人いた。
果翠は俯いたまま何も言わなかった。自分が正室を害したのだと、大それたことをしたのだと今更ながら思ったからだ。
「と、と、董昭容……です」
「陛下の妃嬪に罪を擦り付けるの?」
「本当です!董姨娘が桓さまをお世継ぎにするために昭容から指示されたのです」
果翠はひれ伏す。瑛は董蓉の欲深い一面をまじまじと見てしまった気分だ。
「奥様、私はどうしても昕若様と一緒に過ごしたいだけなのです!」
「それは無理だ」
奥から昕の声がした。足元に阿好が尻尾を立てて歩いていた。
「お前は嫡子を殺したのだ。誰かの指示であっても許されることではない。お義姉様、人買いに……」
「待ってください!渓児!渓児という女から椿油を渡されました!」
(渓児……!)
「また、罪を誰かに被せるのか!」
いつもは穏やかな昕の怒声が響いた。阿好は驚くところか果翠の手を爪で引っ掻いた。
「果翠の後ろには何人も何人も犯人がいそうだわ。昕、しばらく蔵に閉じ込めておいて。必ず炙り出すから」
「それでお義姉様は良いのですか?」
「それは……」
瑛の心は苦しかった。目の前に伏せている果翠を殺すことも人買いにだすこともできた。
しかし、そうすれば真の下手人は分からない。
「果翠」
瑛は怒りを抑えるように問いかけた。
「董蓉は本当にお前を昕の姨娘にしてくれると思ったの?」
果翠は顔を上げた。
「はい。昕若様は私にいつも優しくしてくれました。手が荒れると膏もくださいました。それを董姨娘にお話したら」
昕は深いため息を着いた。そして瑛の方に向き直り、頭を下げた。
「これは私の非でもあります。ですから、私にも罰を与えてください」
昕は跪いた。瑛を見上げる昕の目には潤むものがみえる。彼の中で申し訳なさ、自分の軽はずみな行動を真に悔いているようだ。
「昕……」
「なら、無事に県主を娶ることね。果翠は奴婢として別邸に移すわ。真実が分かれば果翠は戻すけれど昕とは二度と会えないようにする」
瑛はそういうと裾を翻しその場を後にした。果翠は涙が止まらず顔を真っ赤にしている。昕はそれを無視して阿好を抱えると中庭へと歩いていった。
安慶県主。
河南王の娘であり、庶子に嫁ぐ身分ではない。
これには深い訳がある。しかし、公には微州派と北趙の和睦という形だ。
河南王は娘たちは敵対している爾朱碩にも嫁がせている。燕王、魏王、そして異国の王など。
彼は色々な権力者と繋がっていたかったのである。
そうすれば、どこからか庇護を受けられるし、貿易もできる。
この降嫁もそのひとつに過ぎなかったのだ。
潭国公はそこまで考えていなかった。異母弟の結婚という大きな出来事にどこかうつつを抜かしていた。
そんな時だ。秦姨娘が体調を崩したのである。
前から外出を控えていた秦姨娘だったが、今は何も気力がわかず天井を眺めているだけの生活だ。
瑛は秦姨娘が心配になり、季節の花を描かせた天井に変えた。
秦姨娘は自分がどういう病かは知っていた。しかし、それを誰にも明かさなかった。でも、昕と安慶県主の婚礼の前に亡くなりたくなかった。
そうすれば、喪が明けるまでは婚礼の儀は出来ない。とはいえ、自分は姨娘だ。
そんなに長い喪ではないだろう。しかし、命の灯りが徐々に削られいる。娘たちのこともある。
秦姨娘の病の話は瑛にも潭国公の耳にも入っていた。二人は顔を見合せて今後の話を始めた。
こうやって潭国公と顔を見合せたのは久しぶりだった。
「瑛、お前のこと、侍女の自害、秦姨娘のこと……腑に落ちないことばかりだ」
「確かにそうですわね。果翠はもう別邸に移りました」
「そうか……」
「元妃さまに県主との婚礼を早めるようにお願いできますか?」
「そうだな。明日にでも参内しよう」
そこになだれ込むように少星が現れた。
「中庭で火の球が!」
瑛は動じなかった。激しく動揺したのは潭国公である。全く動じない瑛を見て言った。
「お前は怖くないのか?!」
「火の球が出るようなことばり起きてるのですよ?前から道士を呼ぶように言っていましたでしょ?」
「ああ!そうだった!」
しかし、潭国公の体は小刻みに震えている。瑛は内心で呆れてしまったが、これもこの人の「可愛いさ」だと思うようにした。
「瑛、今夜はそばにいてくれ!」
「董姨娘でもよいではありませんか」
「お前がいいのだ!」
「え?」
瑛は初めて潭国公から自分が求められていると感じた。今までは、どこか董蓉の代わりであり「妻」という括りでしかなかった。
今夜は「瑛」を求めている。
戸惑う心を隠しながら瑛は少星に夕餉を持ってくるように頼んだ。
潭国公は少星につけ加えるように寝具も持ってくるように言った。




