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花紺青の水袖(6)

 質の悪いロウソクを使うのは使用人たちだ。

 手巾の持ち主が張姨娘だったら、このように質の悪いロウソクを持ち出して床に擦り付けるだろうか。

「奥様は張姨娘をお疑いで?」

「少しね。色々な事を考えてしまうのよ」

「張姨娘は無実です。このロウソクを母屋で使うところを見たことがありません」

 冬梅は立ち上がると瑛の方を向いた。彼女は澄んだ瞳で瑛を見つめる。そして拾ったロウソクを手のひらに乗せて説明を始めた。

「このロウソクは西市の商店のものでしょう」

 冬梅はロウソクを指さして印字を欠片を見せた。そこには「柳」の文字が印字されている。「柳」がつく薪や脂、ロウソクを扱う商店は西市では「柳佟商店(りゅうとう)」くらいしかない。そこでは様々なロウソクが取り扱われていた。

「奥様、柳佟商店から卸しているのは使用人のものだけです。その方が安く済むと董姨娘が決めたのです」

 冬梅の言葉を聞いても瑛は納得できない「しこり」を感じていた。この「しこり」は張姨娘を疑っているからだろう。

「丹芍が使用人の部屋からロウソクを持ち出しただけじゃない?あの手巾の刺繍は丹芍のものだわ」

 冬梅は首を傾げた。なぜ、瑛がそこまで張姨娘を疑うのか分からなかったからだ。

「丹芍の部屋を調べさせるわ」

「張姨娘との友情をお忘れですか?」

 冬梅の言葉は鋭かった。瑛は彼女に言われて自分が血眼になって子どもの無念を晴らそうとしているこてに気づかされた。そして少しでも張姨娘を疑った自分を恥じた。瑛は考え方を変えた。

「手巾が……他の姨娘たちの物だったら?丹芍と仲が良いのは玉儀よ?董蓉、陳姨娘とは反目している……でも、ロウソクを手がかりにすると各自の使用人たちを当たるしかない」

「そうですね……まずは手巾についた椿油のシミを考えましょう」

 瑛と冬梅は貞観軒に戻って行った。その道中で張姨娘と秦姨娘に出くわした。二人は子どもたちと手を繋いで楽しそうにしている。張姨娘の明るい表情を見ていると瑛の胸はいささか痛むのであった。

「奥様、ごきげんよう」

 真っ先にこちらに気づいたのは秦姨娘だった。

「玉儀、皆とお散歩かしら?」

「宜花が手巾をなくしたというので散歩がてら探していますの」

(手巾……なくした?)

 瑛は秦姨娘の言葉でまた「違う考え方」を模索する。その時の表情を張姨娘は見逃していなかった。

「何か考え事でも?奥様が小産してから、様子がおかしいですね……」

 張姨娘の言葉に瑛は罪悪感を抱くしかなかった。しかし、それを口には出さなかった。口に出したら、もっと罪悪感を背負いそうだったからである。

「どうしても……子の無念を……今の私は鬼にでもなったみたいなの。どう?貞観軒で話さない?」

 そう言うと瑛は言葉を濁した。張姨娘と秦姨娘は子どもたちを乳母たちに預けて瑛と貞観軒に向かった。張姨娘と秦姨娘の目には貞観軒は少しばかり寂れたように見えた。あちらこちらに枯れ草があり、調度品には埃がかぶっている。

 丸椅子に腰をかけると見計らったように瑛が手巾とロウソクの欠片を取り出した。秦姨娘は驚いた。

「この手巾は娘の宜花のものに似ていますわ!丹芍さんからいただいて刺繍をしていただいたのです」

「え?」

 張姨娘はこの手巾が何か小産の件に関わっているのではないかと考えた。しかし、手巾一枚で瑛は小産した真相を探ろうとしている。張姨娘は瑛の考えを見破った。

 張姨娘はおもむろに口を開く。

「奥様、手巾が小産の件に関係しているとお考えなのですね」

「丹芍さん、手巾は宜花のものよ?それにわたくしは無実です」

「だから苦しいのよ」

 手巾は宜花の物である。張姨娘から宜花の手に渡っていたのだ。しかし、宜花は髪を結う歳ではないから桂花油も、ましてや椿油も使わない。そして張姨娘も秦姨娘も椿油は持っていないと告げた。

「董蓉……いや、陳姨娘……?二人はどう思う?」

 すると秦姨娘がロウソクを指で転がしながら静かに小さく言う。

「母屋のロウソクでないなら静心院のものでは?今、離れに住んでいるのは昕若様と鮑姨娘……そして使用人たちです」

(静心院……私の小産と何の関係が?こうなれば鬼たなりきるしかないわ)


 その日、静心院に瑛が主導して調査に入った。使用人たちの部屋にあったのは「柳佟商店」のロウソクだった。使用人たちの部屋、果翠の部屋に踏み込むと彼女の顔は蒼白になった。瑛はそれを見逃さなかった。

「果翠と言ったかしら?何かバツが悪そうね?」

「少し体調が良くないだけでございます」

 瑛は部屋の奥に入って鏡台に手を伸ばした。引き出しの一つ一つを開ける。中にはみすぼらしい簪やら腕輪やらが入っている。

 瑛は鏡台の脇に目をやる。そこには一介の侍女が買えない物が大切そうに紙に包まれて置いてあった。紙に包まれていても香りで分かった。

「これは椿油ね。果翠、どこからくすねてきたの?それとも誰かにもらったの?」

 果翠は冷や汗をかいている。瑛は手巾を果翠に投げつけた。

「お前が私の子を奪ったのね!」

「お許しを!お許しを!」

 瑛は部屋から出るなり、彼女を蹴飛ばした。

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