寂寞に揺れる冬柳(11)
采玉の顔が青ざめる。そして鮑姨娘を見つめた。
彼女は怒りの表情を浮かべている。子どもを侮辱された母は怒りで我を忘れる。采玉はそれを身をもって実感した。
「鮑姨娘、何かの間違いです」
采玉が小さな声で言う。それに同調するように采容も頷いた。董蓉は鮑姨娘を抑える言葉を頭の中で考えるも、ここで侍女を庇ってしまえば、自分にも害が及ぶ。
(采玉を切り捨てるしかないわね)
「奥様、鮑姨娘、采玉をお好きなようにしてくださいませ」
采玉は目を丸くした。その目からは涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。今まで尽くしてきた主人にあっさりと切り捨てられたことに愕然とした。そして絶望した。
「采玉は何も知りません!」
すかさず采容が叫んだ。しかし、それは虚しい言葉にしかならなかった。鈍色の空から雪が舞う。儚く消える小さな雪はまるで采玉の運命のようだ。
「さっさと、采玉を納屋に連れていきなさい」
董蓉は下男に命じて采玉を納屋に連れて行かせた。瑛は不快な気分に襲われた。この「董蓉」と言いう女がいかに保身に走ることが得意ということがあらわになったからである。
(采玉を切り捨てるなんてね。いつか飼い犬に手を噛まれたらいいわ)
「董姨娘、本当に良かったのかしら?采玉はあなたを信じていたはずだわ」
瑛の問いかけに董蓉は口角を上げて、はっきりと答えた。おまけにとても禍々しく、美しい表情をしている。
「構いませんわ。侍女は他にもおりますし、鼠は早めに始末なさいませんと……」
「私は侍女を簡単に切り捨てないわ。あなたみたいにね。そろそろ冷えてくるわね。解散よ」
瑛は外套を冬梅に着せてもらうと貞観軒に帰って行った。侍女たちはそこで董蓉に逆らってはいけないと思う者、瑛を信じる者と考えが分かれていた。
解散の声がかかると采容すぐに采玉のいる納屋に向かった。納屋の前には下男がいたが、多少の金を渡して見逃してもらった。
「采玉!采玉!」
采玉は納屋の隅で力なく壁により掛かって座っていた。采容が視界に入っても声すら上げなかった。それだけ、主人であった董蓉に見捨てられたのが衝撃だったのである。悲しみを通り越した先に見えるのは絶望であった。
「采容……」
「采玉、ここから逃げよう!貯金もあるから心配ないわ!」
「それより……耳を貸して」
采容は采玉に囁きに耳を貸した。それを聞き終えた時、采容は大きく首を横に振った。
「そんなことしたらダメよ!自死なんてしたら……お願いだから」
「分かってる。私に汚名を着せた人たちに今度は私が汚名を着せる番よ。采容、これからは奥様側に付くのよ?董姨娘は何かまたあったから……今度はあなたを切り捨てるわ」
采容は溢れ出る涙を袖で拭うと納屋を後にした。采容の遠ざかる背中を見て采玉は安らかな気持ちに満たされていた。そして内心で何度も何度も「これで良いのよ」、と言い聞かせた。
采容が目を腫らしながら歩いていると偶然、貞観軒の厨房係の夏荷と出くわした。采容は少し間を置いて彼女に願い出た。
「奥様にお会いしたいの」
「どういう風の吹き回し?今まであんなに奥様を嫌っていたのに」
「私は……采玉の為に奥様と戦いたいの」
彼女の瞳には何か決意のような光が宿っている。夏荷はそれを見逃さなかった。そして短く、「分かったわ」、と答えた。
瑛があくびをしているところに夏荷がお菓子を持って現れた。その後ろには杜鵑の髪飾りをつけた采容が顔を伏せながら立っていた。
「あら、珍しい。董蓉のお使いかしら?」
すると采容は瑛の目の前にやって来ると跪いて静かに彼女に告げた。
「采玉の為に私はこれから奥様の手足になります。好きにお使いください」
瑛は彼女の言葉に嘘は微塵も感じなかった。むしろ、決意の方が強かったからだ。それだけ二人の絆は深い。二人を引き裂いた董蓉への強い怒りは采容の忠誠心にひびを入れたのだ。
「采容……采玉の無念を晴らすため?知られたら董蓉に殺されるわよ。今なら、あなたの言葉は聞かなかったことにするわ」
「私は後悔しません」
瑛は小さく息を吐いた。不安そうに夏荷が様子を伺っている。しばらくの沈黙が流れる。空気が重くなる。
「奥様、私は……董姨娘、いえ……董蓉を亡きものにする覚悟です」
「なんてことを言うの!」
瑛は思わず立ち上がる。しかし、目眩ですぐに座った。
「奥様、私は必ず役に立ちます」
「なら、手始めに……」
太子妃に仕えている女官を調べて
「かしこまりました。董蓉の情報網は幾重にもございます。縦も横も……最近、入った宮女の名前もすぐに分かるくらいです」
「なら、お願いするわ」
采容は深々と床に額をつけて礼をした。それは董蓉との決別、そして采玉への別れの意味が込められていた。
瑛は薄々とそれを感じ取っていた。
そして、その日の夜。
納屋に食事を運んできた下女が首をくくった采玉を見つけた。その話に胸が傷んだのは瑛だけではなく、はったりを言ってしまった鮑姨娘もだった。鮑姨娘は酷く落ち込み、常に気鬱になってしまった。




