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寂寞に揺れる冬柳(7)

 大々的な冊封、晋封が通達されて各宮に使者が詔を持ってきた。冊封、晋封、追封が行われても故端妃は皇太妃ではなく「貴妃」に追封されただけであった。そして「貞粛(ていしゅく)」と諡号を与えられた。だが、晋王の不満は解消されなかった。ますます、不満は膨らむばかりであった。

 有頂天になったのは嬪の主位になった木昭容だった。木昭容改め木昭儀にはまた慶事があった。娘の第三公主が萬春公主(ばんしゅん)に冊封されたのだ。

 母娘揃っての慶事に日和見の妃嬪たちは董修儀改め董昭容とは疎遠気味になっていった。

 しかし、賢妃の娘で庶長女である第一公主が義陽公主(ぎよう)に冊封されると貴族たちは賢妃に擦り寄ってきた。義陽公主は皇帝に可愛がられていたからである。

 生母の賢妃が仏へのおつとめで皇帝を顧みなくなってから、彼は義陽公主を可愛がるようになった。それは賢妃への償いでもあった。

 姉と妹を冊封して真ん中の第二公主を冊封しないわけにはいかないと皇帝は第二公主を永和公主(えいわ)に冊封した。永和公主の生母の林氏は下位の美人だった。林美人が彼女を産んで婕妤になった年に亡くなった。母のいない永和公主に皇帝は養母あてがうことを考えていた。

 妃嬪らは木昭儀が養母になるのか、それとも子どもがいない董昭容が養母になるのではないかと賭け事の1つにした。

 後宮では木昭儀が勢いを増し、朝廷では賢妃が不本意だが勢いを増していった。明らかに勢力図は変わっている。それでも依然として董昭容の勢力は強かった。元妃は董昭容が永和公主の養母になれば「子を持つ妃嬪」としてのさばるのが目に見えていた。


 そんな中、西域の昆弥(こんび)が皇帝に朝貢してきた。そして大胆にも大衡国での身分を欲した。

 皇帝は尚書令らを集めて昆弥へ与える身分を熟考させた。その話を瑛は潭国公から聞かされていた。身分を与えるといえば、妾たちの序列を決めなければならない。

 瑛は久しぶりに実家を訪れて生母の宛国公夫人から助言を受けることにした。

 柳が風に揺れて、どこか寂しげな中庭を通ると宛国公夫人は胡ばあやと一緒に彼女を出迎えた。

「瑛、随分とお腹が目立つようになったわね」

 宛国公夫人が穏やかに言った。

「お嬢様のお腹は尖ってますから男子に違いありませんわ」

 胡ばあやは瑛のお腹を笑顔で見つめる。

「お母様も胡ばあやもお腹の子ばかり。娘が訪ねてきたのですから、私に構ってください」

 瑛がふざけながら言うと宛国公夫人と胡ばあやは顔を見合せて微笑んだ。

「さあ、部屋に入りましょう」

 宛国公夫人に促されて瑛は部屋に入った。胡ばあやは瑛の顔だけ見たかったのか、「ここで」っと告げるとその場を後にした。

 部屋に入った瑛は外套を脱ぐと、それを侍女に預けて椅子に座った。宛国公夫人は笑みを浮かべながら瑛の正面に座った。

「お母様、お屋敷には序列がありませんでした。朝廷や後宮に品階があるようにお屋敷にも序列が必要かと……そこで助言をいただきたくて」

「いきなりどうしたの?」

 瑛はかしこまって言った。

「序列がなかったので董蓉が大きな顔をしていたのだと……それに張姨娘が博平縣侯の娘と分かってから悩んでいたのです」

「瑛の考えを聞かせて」

「第二夫人を張姨娘しようと思っています」

「陳姨娘の方が高位の家門よ?」

 瑛はため息をついた。宛国公夫人はこれで悩んでいると直ぐに分かった。

「張姨娘は宜寧と宜荘の生母ですし、善良です。陳姨娘は郡公の孫娘ですが、子どもはいません」

「子がいる、いないは大事だわ。それなら董蓉は息子を産んでいるじゃない。なら、董蓉が第二夫人では?」

「董蓉は商家の出身で貴族ではありません。いくら息子を産んでいようと生母の身分が尊くないと」

「それもそうね。皇子を産んでも宮人にしかなれなかった唐朝の劉氏を思い出したわ」

 宛国公夫人が口にした劉氏とは女帝武則天の夫、高宗の愛妾である劉氏のことである。彼女は陳王李忠を産んだが身分は与えられなかった。それは彼女の身分が由来しているかもしれない。だが、随分と昔のことであるから、単に記録されていないことも考えれる。

「董蓉は第三夫人にします。やや序列が上の方が納得するでしょうし。第四夫人は秦姨娘、第五夫人は陳姨娘でどうでしょう」

「陳姨娘が下位だなんて、何か私情を感じるわ」

「確かに私情です」

 宛国公夫人は笑った。瑛ははっきりとした口調で宛国公夫人に告げた。

「陳姨娘は軽率で心根が良いという印象は受けません」

「まあ、あなたを謹慎に追い込んだ原因でもあるし……でも、雁門郡公にとがめられない?」

「たかが郡公が国公に口出しするのはお門違いでは?」

「それもそうね」

 宛国公夫人がそう言うと瑛は立ち上がって体を伸ばした。そして外套を侍女に持ってくるように命じた。宛国公夫人は少し寂しげな表情を浮かべる。

「瑛、もう帰るの?」

「これから春に切る衣装の準備をしないといけないので。差配の董蓉には任せられないもの」

「差配はまだ董蓉なの?」

「実質的には……旦那様は董蓉を特別な地位に就けておきたいだけです。今は私が奥向きを仕切っているので差配は変えます」

「分かったわ。気をつけてね」

 瑛は侍女から外套を受け取ると宛国公夫人に頭を下げて部屋を後にした。部屋の外に出ると瑛は空見上げた。空は薄曇りになっており、冷たい風が吹いていた。瑛は早歩きで実家の中庭を抜けてお屋敷を後にした。

 門の前で春蘭が輿持ちと彼女を待っていた。春蘭は瑛の姿を見るなり、すぐさま駆け寄ってきた。

「奥様!随分、早かったですね」

「これからお屋敷で衣装の準備があるでしょう?速く行かないと。董蓉が仕切り始めるから」

「分かりました」

 瑛は輿に乗り込んだ。輿が斉国公のお屋敷の前を通り過ぎた時、彼が囁いた言葉が脳裏をよぎった。


 莫云が紫紺の内舎人の格好をしていたのです


 瑛は斉国公の言葉を聞いてから魚良娣の死に莫云、そして太子妃が関わっていると疑い始めていた。莫云は太子妃に近づくために漁陽長公主に接近した。

 きっと、莫云は漁陽長公主に近づくために別な貴族の夫人に接近したのではないかと瑛は推測した。そして太子妃に取り入り、そこで何か、口にするのもはばかられるようなことを行ったのに違いない。

「斉国公が言っていることが本当なら……魚良娣の護衛が少なかったとはいえ、殺害できるかしら?」

 そんなことを考えていると輿はお屋敷の前で止まった。瑛は春蘭の手を借りて輿から降りるとどこからか白檀の香りがした。それはお屋敷の中からではなかった。

 彼女は辺りを見回した。すると通りすがりの女たちの会わが聞こえてきた。

「あの白檀は太子妃様ね」

「常春宮の前はもっと匂いが強いわよ。莫云が出入りしているんじゃない?」

「まさかぁ」

 その会話がやたら気になった。瑛は2人を呼び止めた。

「ねぇ、その話を聞かせて」

 2人は怪訝そうな顔をしたが瑛は自分は潭国公夫人だと告げると直ぐに口を開いた。

「莫云が出入りする場所にはかならず白檀が焚かれるんです」

 もう1人の女が続けるように言う。

「なんでも特別な白檀らしいですよ。噂だと媚薬を使うために香りで誤魔化してるとか」

「媚薬……そうなのね。引き留めてごめんなさいね」

 2人の女は頭を下げて歩いていった。

(魚良娣は太子妃が知られたくないこと知ったんだわ!莫云が内舎人の衣装を着ていたのも太子妃と関係があったから。司計の帳簿にそれが記載されていればわたしの読みは当たっている)

 瑛は内心で呟くと、それを秘めたままお屋敷へと入って行った。

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