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寂寞に揺れる冬柳(3)

 その様子を見て元妃は呆れたように言った。

「あなたは董蓉に肩入れしすぎだわ。彼女は姨娘、妾よ?今は宛国公の令嬢、瑛がいるじゃない。瑛は正妻なのだから、二度と差配を董蓉に任せてはいけないわ」

 元妃は潭国公に釘を刺したのである。潭国公はぐっと言葉をこらえ元妃を見つめた。彼女の瞳には不安が浮かんでいる。彼が情に流されやすい性格であるから余計に不安が膨らんでいた。

「董蓉は董修儀の妹よ?微州の妃嬪……私と対立しているのは分かっているでしょう?仮に董蓉の息子が跡継ぎにでもなってご覧なさい。馮家は董蓉に乗っ取られて潭国公は微州の貴族のものになるわ」

「董蓉はそのような事を企てることはありません」

 元妃は一瞬だけ潭国公を睨んだ。それに彼は怯んでしまった。

「企てない?董家と懇意にしている雁門郡公や金城伯は無害と言えるの?みな、修儀に媚びへつらう輩じゃない」

 陳姨娘の祖父、雁門郡公や金城伯らは企みを心に秘めて董修儀や董蓉に協力している。しかも、雁門郡公に至っては孫の浩然が戦功を立てて朝廷では勢いがある。北趙の残党ともいえる魏王(ぎおう)爾朱碩(じしゅせき)との争いは微州出身者にとっては大きな出来事であった。

 目障りな燕王、そして北趙の勢力を一掃できるかできないかの薄氷の状態だったが、浩然(こうぜん)の働きでそれが覆されたのである。

 董修儀はそれを見逃していなかった。手始めに修儀は蘭斉に近づき、何人か娘を選ぶように言った。微州出身の妃嬪を入宮させるためであった。北趙の妃嬪は元妃くらいだが、彼女を慕う妃嬪もいる。そして日和見の新興貴族の娘たち。修儀は微州出身の妃嬪を後宮に入宮させて数で勝負させようと考えていた。

「曦には分からないでしょうけど、今の後宮に私の味方は少ない。だからこそ、実家の潭国公府だけは私の味方でいてほしい。董蓉の息子を跡継ぎにしてはダメよ!」

 元妃は語気を珍しく荒らげた。潭国公は彼女の言葉に何も言えずに俯いてしまった。

 沈黙が少し続いた後、椒風殿の外から取次を願う侍女の声がした。すかさず外に控えていた侍女が対応する。取次を願った侍女は楊充媛に仕えている侍女の蕓枝(うんし)だった。

「曦、あなたは下がって。 太子宮にでも行ってて」

「わかりました。失礼します」

 潭国公はその場から逃げ出すように出ていった。彼と入れ違いに楊充媛が柔らかな桃色の裙をなびかせて現れた。彼女は出ていく譚国公に目をやるも、すぐに不思議そうな表情を元妃に向けた。

「内緒話でも?」

「そう。内緒の話しよ。かけて」

 楊充媛は蕓枝の手を借りて丸椅子に腰を下ろした。随分とご機嫌なのか口角が常に上がっていた。

「何かあったの?」

「陛下から貴嬪へ晋封の詔が出ると直接、聞いたのです。魚良娣の喪が空けたら儀式を行うと……」

「そうだったのね。私の耳には何一つ入っていないわ。きっと、陛下は直接、あなたに伝えたかったのね」

「ひとえに元妃様のお口添えです」

「あなたの父上は治水に功績があったのよ?陛下はそれに報いただけ。私は陛下に少しだけお父上の話しをしただけよ」

 元妃は小さく笑った。そしてしっかりとした口調で楊充媛に言った。

「これからは董修儀に遠慮する必要はなくなるわね。貴嬪となれば、淳王の養母として箔が付くわ」

 楊充媛は目を丸くした。

「養母?」

 オウム返しに楊充媛は元妃に聞き返した。元妃は答えるように何度も頷いた。淳王は故王貴嬪の1人息子である。淳王を養子にすることで楊充媛は皇子の母となる。そうすれば、董修儀を牽制できて故王貴嬪の父上である安城郡侯も孫の未来に安堵できる。そして安城郡侯は頑なに保ってきた中立の立場を維持するのは難しくなってしまう。そうすると自ずと元妃側につくしかなくなるのだ。

「前々から宛国公と決めていたの。さっそく、陛下にお話しないと」

「お待ちください。いきなり皇子の養母は荷が重すぎます。わたくしめの身分で淳王を守れるか……」

「大丈夫。淳王があなたを守ってくれるわ」

「元妃様……?」

 楊充媛は彼女の意図が理解できなかった。淳王が自分を守ってくれるとはどのようなことなのか。楊充媛にはいまいち分からなかった。

「充媛、いつからあなたは愚鈍になったの?陛下はあなたを貴嬪に晋封したら淳王を親王になさるおつもりよ」

「親王?!」

 親王は皇太子以外の皇子の中では最上級の位である。親王、王、郡王、それ以下は鎮国将軍や輔国将軍などと位が下がっていく。淳王の一字王を総称して「諸王」と呼んだ。淳王は他の皇子よりも一字王に冊封されたのが早かった。このままいけば皇太子以外ではすぐに親王に晋封されるとまで噂された。

 だが、生母の故王貴嬪が失寵し始めた頃に死去してしまう。皇帝は彼を外には出さず後宮に留めていたが、時間が経つにつれて故王貴嬪の存在も彼の忘れ去っていた。

「新興貴族で中立だった安城郡侯が味方になれば、あの男も動きが鈍くなるわ」

 元妃が言った「あの男」が誰なのか楊充媛には憶測がついていた。

晋王(しんおう)ですね」

「あの男は新興貴族たちと結託していると聞くわ。皇弟という身分がありながら何が不満なのかしら」

「晋王は皇帝になりたい、と?」

 楊充媛はか細い声で元妃に尋ねた。元妃の眉間に皺がよる。先代の妃嬪の息子である晋王が今更、皇帝になりたいなど眉唾物であった。初めは不可能だと元妃は考えていたが、今やそれが現実味を帯びている。

 妃嬪の息子の皇太子より、皇弟である自分が上だと言わんばかりの態度をとるようになっていた。

 皇帝はどんどん横暴になっていく晋王の手網をきつくするも、それに反発して暴れだした。

「陛下は晋王に哀れみを感じているわ」

故端妃(たんひ)様のことですね」

 故端妃は先帝の妃嬪である。当時、寵臣であった曹甫(そうほ)の娘であった。皇子である晋王を産んでからは「曹氏天下」と言われるほど権勢を誇った。

 今の皇帝が即位すると彼は彼女に毒を与えた。毒を与えるというの賜薬のことであり、自害を命じることだった。しかし、彼女は拒んだ。そこで皇帝は彼女の望みを聞いた。


 わたくしを皇太妃に追封なさってください


 皇帝が承諾すると彼女は毒を飲み干した。しかし、未だに彼女は「端妃」のままである。それも加わり晋王は皇帝に恨みを吐き、そして分別のない行動を繰り返していた。

 皇帝は先帝から彼女には「皇」の字を与えるな、っと遺言を預かっていたのである。与えれば、曹一族が驕り、そして皇帝を変えると憂慮していた。

「皇」の字は皇族を表す文字であるから、一介の妃嬪が容易く名乗れるものではない。与えてしまえば、その皇子に皇位継承の機会が巡る可能性も先帝は見越していた。現に曹甫に従う貴族たちは晋王を支持していたのである。

「なんとか晋王を宥めるべきだわ」

「陛下に故端妃を追封するように進言なさってはいかがです?」

「それが出来たらいいわ。そんなことしたら疎まれるに違いないわ。修儀に隙を与えることなんてごめんよ」

 元妃は頭を抱えた。その様子を見て楊充媛はすかさず言った。

「ならば、修儀様に言わせてみたらいかがでしょう?」

「修儀に?」

 楊充媛は元妃の耳元で囁いた。これには元妃は驚きを隠せなかった。言えないなら言わせればいい。楊充媛には策があったのである。

 修儀に近しい太監に晋王のことを進言するように吹聴するのである。皇帝の関心を引きたい修儀ならこれに乗るはずだ。そして太監には銀子を握らせておけば、彼らは勝手に動いてくれる。





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