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謀りの百合の花(3)

 後宮は現在、このような組織図になっていた。


 無品:皇后

 元妃(げんひ) 副后(ふくこう)だが品階は正一品

 正一品:貴妃(きひ)淑妃(しゅくひ)徳妃(とくひ)賢妃(けんひ)宸妃(しんひ)

 正一品:恵妃(けいひ)華妃(かひ)麗妃(れいひ)荘妃(そうひ)端妃(たんひ)

 従一品:貴嬪(きびん)左宮嬪(さきゅうひん)右宮嬪(うきゅうひん)

 正二品:昭儀(しょうぎ)昭容(しょうよう)昭媛(しょうえん)昭華(しょうか)

 正二品:修儀(しゅうぎ)修容(しゅうよう)修媛(しゅうえん)修華(しゅうか)

 正二品:充儀(じゅうぎ)充容(じゅうよう)充媛(じゅうえん)充華(じゅうか)

 従二品:淑儀(しゅくぎ)淑容(しゅくよう)淑媛(しゅくえん)淑華(しゅくか)

 従二品:婉儀(えんぎ)婉容(えんよう)順儀(じゅんぎ)順容(じゅんよう)

 正三品:婕妤(しょうよう)

 従三品:貴人(きじん)

 正四品:美人(びじん)

 従四品:采女(さいじょ)

 正五品:承衣宮人(しょういきゅうじん)


 寵妃である董修儀にも超えなくてはならない壁がいくつもあるのだ。正二品の十二嬪の中でもっとも高位についていたのは木昭容(もくしょうよう)だ。昭容は十二嬪の主位である昭儀の次の品階ある。また、十二嬪の主位「昭儀」にならないと「妃」に晋封(しんほう)されないと噂があり、修儀は何としても昭儀になりたかった。そして皇子を出産して「妃」に晋封されれば、息子を皇太子にするには有利だと考えていたのである。

 組織図の末端の承衣宮人(しょういきゅうじん)とは寵愛を賜った宮女に与えられる。正五品は高級女官である「六尚(りくしょう)」の品階だ。承衣宮人は正式な妃嬪ではないため、扱いは仕事がない女官であった。

 正殿に案内された楊充媛と静樂は上座に座る元妃に丁重に挨拶をした。すると元妃は静樂の装いを見て朗らかに言った。

「選侍、今日の装いは一段と美しいわ。太子妃のような豪華すぎる下品な装いは倹約の手本にはならないもの」

 元妃は呆れたように言うと深いため息をついた。その様子を見た楊充媛は元妃が太子妃を気に入っていないと感じ取った。

「太子妃は選侍のように孝行者ではないし。さあ、充媛、選侍、椅子にかけて」

 2人は下座に腰を下ろした。すると見計らったように董修儀が口を挟んだ。

「質素な身なりをして気を引くような女狐もいますわ、ねぇ、選侍?」

 そう言って彼女は静樂の方をじっくりと見つめた。しかし、彼女が言葉が発するまで時間がかかっていた。すかさず楊充媛が口を開いた。

「修儀様、この装いはいかがです?豪華すぎない、質素しすぎない…元妃様、わたくしは武宣皇后(ぶせん)の選んだ中級の耳飾りの話を思い出します」

 武宣皇后は曹操の妻、卞氏(べん)のことである。彼女は曹操が耳飾りを選ばせた時に中級の耳飾りを選んだ。彼女は上級の物は欲が深いと思われ、下級の物は見せかけと思われるといい、それで中級の物を選んだと伝わっている。

「その話はもう昔のものでしょう?その中級の耳飾りの話が本当かどうか」

 修儀は手巾で口もとを隠しながら笑った。それに従うように彼女の息がかかった妃嬪たちは小さく笑った。修儀は元妃に顔を向けて尋ねた。彼女の瞳は元妃を挑発的に見つめていた。

「元妃様はどう思われます?」

「武宣皇后の話には含蓄があるわ。ただ、いつも上級の物しか身につけてない修儀には関係ないのでは?」

 董修儀はどこか悔しそうに口を噤んだ。次に口を開いたのは十二嬪の1人である木昭容だった。彼女は修儀より品階は高いが、修儀寄りで言動は元妃を口撃するようなものが多かった。木昭容は第三公主の生母であり、董謙が推薦した妃嬪でもあった。初めは修儀よりも品階は低かったが、皇帝からの覚えが良く彼女よりも先に懐妊した。そして第三公主を出産して「昭容」になったのである。だが、彼女は董謙に推薦された身の上からか修儀に媚へつらい、そして一緒になって元妃を軽視している。

「一国の妃嬪が質素な物ばかりを身につけるのも貧乏くさいじゃありませんか。ねぇ、修儀?」

「昭容様の言う通りですね。元妃様の真珠は小ぶりであるのかないのか分かりませんもの」

 しかし、何を言われても元妃は平然としていた。一方の賢妃は嫌味の応酬を聞きながら、黙って茶を飲んでいた。その賢妃に董修儀が話題をふった。

「賢妃様はいつも白檀の香りを漂わせていますね。おつとめは順調なようですね。でも、いい加減、陛下に振り向いてもらわないと第一公主が寂しがりますわ」

 賢妃はそれに淡々と答えた。

「誰がそうさせたの?白々しい態度ね」

 賢妃が神仏に仕えるようになったのは董修儀が関係していた。彼女は賢妃が第一公主を懐妊中に侍医を買収して早産させようとしたのである。それだけではなく、色々な細工をして命を奪おうとしたのだ。賢妃は黒幕が董修儀だと気づいて皇帝に何度も訴えたが、証拠がないから罪に問えないとか妊婦だから気がたっているとか、何ともとんちんかんな事ばかり言って彼は賢妃の訴えを聞き入れなかった。そればかりか、修儀をかばっているような発言を繰り返していた。いつの間にか賢妃は皇帝を見限っていた。だから、皇帝や寵愛に関心も寄せないし、寂しくもなかった。

「白々しいだなんて……なんの事だか」

 彼女たちの会話に品階の低い妃嬪たちは入れなかった。これに入るのはまさに飛んで火に入る夏の虫である。彼女たちは無力な存在であり、いつ命が奪われてもおかしくない存在であった。

「修儀、やめなさい。賢妃に不敬よ」

 元妃がたしなめると修儀は不貞腐れたのか顔を(しか)めた。そして脳裏で次に口撃する妃嬪を選び始めた。

(楊充媛、劉貴人……それか、選侍?充媛には元妃がついているし、つまらないのよね。昨日いた婕妤はいないのね。まあ、あの婕妤は賢妃みたいだし……そうね、劉貴人にしましょう)

「劉貴人、最近は陛下のお渡りが多いそうね?」

 修儀に名指しされた劉貴人は身構えてしまった。そして明らかに動揺していた。その様子を見て修儀は目を細める。

「修儀様……ただの偶然でございます」

「偶然?何か媚薬でも使って惑わしているのでは?後宮でそのような物を使うなんて。なんて下品なのかしら」

「わ、わ、わたくしは……」

 あまりの言い様に充媛は間に入って劉貴人を擁護する。

「媚薬だなんて、そのような言葉を口にする方が下品です。劉貴人の殿閣に植えている花の香りでは?陛下は花の香りを好まれませんか?それくらい、修儀様はご存知のはずでは?」

「充媛はいつの間に気が強くなったのかしら……」

 修儀は口ごもってしまった。元妃はそのやり取りを黙って聞いていた。そして口を挟むことなかった。充媛に言わせておけば良いと思ったからだ。充媛の強気の態度には気概すら感じてしまう。あの日、宛国公が訪ねて来た日から充媛は変わったような気もした。

「修儀、充媛の言う通りよ?陛下は花の香りがお好きだわ。それに劉貴人も花の香りを好んでいるのよ?気が合うのは納得だわ」

「さようですね」

 ますます不貞腐れた修儀は吐き捨てるように言った。修儀の態度は不遜である。それに追従する昭容も不遜な態度を見せることもあるが、彼女ほどではなかった。

「今日は解散にしましょう。」

 元妃の一言で妃嬪たちは立ち上がり、彼女に挨拶をして正殿から退出した。正殿から出てきた董修儀に挨拶が済んでいない妃嬪たちは道を開けて一斉に頭を垂れた。

 そこまでされても修儀の持つ承認欲求は満たされずにいる。抱いている野心が大きいからだ。彼女は誰よりも高貴な存在になりたかったし、誰よりも皇帝に愛される存在になりたかった。そのためなら裏切りも、命を奪うことも、折檻することも(いと)わなかった。高貴な存在になるには冷徹になり、手を血で穢すのが最善だと見なしていたのである。

 妃嬪たちの間を通りながら、いつか上座に座ることを夢みる日が終わることを修儀はいつも考えていた。昭儀になること、皇子を産むこと、「妃」になること、そして立后されて皇太后になること。その全てを叶えようといつもその気持ちを胸に抱いていた。


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