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凌霄花の毒(4)

 凌霄花(ノウゼンカズラ)の花が床に落ちた。

 瑛はそれに気づいて腰を屈めて、花を手に取った。そして昔、兄の(しゅん)が言っていたことを思い出した。

「凌霄花には毒がある。弱い毒だが、蜜でかぶれることもあるから触る際には気をつけろ」

 急に恐ろしくなった彼女は花びらをその場に捨てて指先を見つめた。

「待って、凌霄花の毒は弱いから私みたいな丈夫な人間には無害じゃない……?でも、皆は猛毒と言うけれど」

 瑛は他人と比べると丈夫な体質であり風邪など滅多にひかなかった。そこは鄭家の誰に似たのかは分からなかったが、神仏が与えてくれた「宝」だと彼女は思っている。考え直した瑛は再び腰を屈めて凌霄花を拾った。

 そして卓に手巾を置いてから凌霄花を飾った。鮮やかな色の凌霄花は空を凌ぐとも言われており、とても成長する花だった。瑛には凌霄花がいつの間にか猛毒を持つ恐ろし草花に変わったのが不思議であった。

「弱い毒がいつの間にか猛毒に変わるなんて、あなた、ついていないわね。きっと、猛毒って言い出したのは身勝手な人間なんだろうけど……」

 凌霄花を見つめながら瑛は呟いた。そこに冬梅が茶を運んできた。冬梅は凌霄花に夢中になっている彼女に囁くように告げる。

「奥様、公爵様が夕食を共にしたいと少星から承りました」

「あら、珍しい。謹慎してから公爵様まで私を腫れ物扱いしはじめてるのに」

「きっと、今までの埋め合わせですよ」

「そうね。それを拒めば、拒むほど溝は深まるわ」

「奥様、凌霄花がお好きなのですか?先程から眺めていますが」

 冬梅の声音は明るかった。謹慎が明けたのが冬梅には余程、喜ばしいことだった。瑛は凌霄花に目を落としたまま答える。

「鮮やかで気持ちが弾むような色をしているのに毒があると聞かされたら、そっぽ向かれるって不思議だと思って。それより、冬梅、謹慎中に調べられた?」

「董姨娘のことですね」

 冬梅は声を潜めて彼女に使用人たちから聞けたことを瑛に報告する。

董謙(とうけん)の次女で張姨娘より後に迎えられたそうです。何でも公爵様が董姨娘を見初めて、最初は正妻にと考えていたのですが……」

 瑛は初めて冬梅に顔を向けた。瞳の光が鋭くなっているが、冬梅は気にせず続ける。

「元妃様が董一族が影響力を持たないように妾に留めて置くように、それができないなら董姨娘を出家させると公爵様に迫ったそうです。これは幾分、厳しいかと……」

「まだ、命があるだけ良かったじゃない。髪を切られるだけじゃない。冬梅は同情しているの?」

「いえ。そういう訳では。元妃様と董修儀様はそのころから確執があったみたいで、皇帝陛下も手を焼いていた部分もあったと」

 名門出身の元妃と商家出身の董修儀が仲良くする訳がないと瑛は考えた。小耳に挟んだ話だが、元妃は北方の出身で馬を乗りこなす活発な女性だ。一方で修儀は歌舞音曲に触れながら育った。しかも貴族出身の奶娘がいた。

 思考も趣向も嗜好も違う彼女たちの相似したところといえば、「皇帝の妃嬪」ということだけだろう。

「皇太子の生母で自分の叔母からそう言われたら従わざるを得ないわ。董蓉が正妻になったら、元妃様は困るわね」

「何故ですか?」

「公爵様が日和見だからよ。董蓉を正妻にしたら、董修儀様を支持するはずね。口うるさい親戚にいつまでも付き合うわけがない……ただ、元妃様がまだ皇太子殿下の生母だから従っていると思うの」

「公爵様と皇太子殿下は従兄弟ですし、このまま殿下が即位なさったら……生母の元妃様につけば栄華を享受できます」

 瑛は冬梅の持ってきた茶に手を伸ばして、それを口元に運んだ。飲み終わると彼女は頬杖をついて考え事を始めた。それに気づいた冬梅は口をつぐんで彼女を邪魔しないようにつとめた。瑛は夫である潭国公が董蓉や董修儀についた時の筋書きを考える。修儀が皇子を産んだら、潭国公は従兄弟の皇太子を裏切って雁門郡公をはじめとする尚書令、蘭斉、金城伯の一派に近寄り、修儀の産んだ皇子を立太子をすすめるだろう。元妃は立后すら出来ずに、廃妃となり後宮から出ていくか殺されるか……董蓉は潭国公の信任を受けて正妻となり、瑛は休妻(りこん)されて潭国公は義姉の董修儀を支持すだろう。

「とことん邪魔だわ……」

 瑛が呟く。

「奥様、何が邪魔なのですか?」

「公爵様と董蓉よ」

「何故です?」

「公爵様は何かあれば私を見捨てると思う。それは董蓉にも同じこともするわね。皇帝陛下が元妃様を寵愛すれば、わたくしを大事にするし、皇帝陛下が董修儀様を寵愛すれば、董蓉を大事にするわ。皇帝陛下のお渡り次第ね」

 そう瑛は言い切るとため息をついた。そこに春蘭が落ち着いた様子で現れた。

昕若様(きん)鮑姨娘(ほう)が取り次いでほしいと」

「そういえば挨拶を受けていなかったわ。客間に案内して」

「かしこまりました」

 春蘭が返事をすると、再びため息をついた。どうも人と会う気持ちになれなかったからだ。気だるさを感じながらも瑛は化粧を直して客間に向かった。

 彼女が客間に足を踏み入れると地味な色合いの着物をまとった鮑姨娘と利発そうな顔をした昕が茶菓子に舌鼓をしていた。瑛は咳払いをする。

「奥様、申し訳ございません!」

 瑛に気づいた鮑姨娘が慌てて椅子から立ち上がった。それに続くように昕も立ち上がり、会釈をする。

「家族ですよ。お気になさらずに」

 瑛の言葉に安堵したのか、鮑姨娘の表情はいささか明るくなった。昕は穏やかな笑みを瑛に向けていた。瑛は昕が自分に友好的な感情を抱いていると思った。

「奥様のお言葉で安心しましたわ」

 鮑姨娘は椅子に腰を下ろした。

「昕様も掛けて」

「ありがとうございます」

 昕が腰を下ろす。

「お二人に挨拶が出来ずに申し訳ございません」

「お義姉様は謹慎中でしたし、仕方ありませんよ。私たちこそ、挨拶に伺えず申し訳ないです」

「謝らないでください。住み心地はどうです?」

 その問に答えたのは鮑姨娘だった。

「田舎のお屋敷に比べたら雲泥の差ですわ。本当にお迎えいただきありがとうございます」

 鮑姨娘は感慨深い様子であった。しかし、瑛には疑問があった。なぜ、彼らが今になって迎えられたのかだ。瑛は単刀直入に聞いた、

「なぜ今になって公爵様は昕様と鮑姨娘をお迎えに?」すると鮑姨娘は嬉しそうにに答えた。

「先代の公爵様の遺言が急に出てきて田舎にいたわたくしたちをお屋敷に迎えるようにとしたためられてうのです。本当に急でしたから」

「そうでしたか」

(何かありそうね。お義父様の遺言も本物かしら)

 瑛の疑問は深くなるばかりだった。昕が思い詰めたような表情をした彼女に話しかけた。

「お義姉様、何やらすっきりしていないようですね。まだ疑問なんでしょう?私たちが今になって迎えられた訳が」

 昕の言葉は鋭く、全てを見抜いているようだった、彼は洞察力に自信があったから、瑛の表情の変化も簡単に読み取れた。

「お屋敷の下男が言っていたのですよ。今まで我々が迎えられなかったのは董謙の仕業だと」

「董謙?」

 瑛には聞いたことある名前であったが、それが誰かは失念していた。だが、昕も鮑姨娘もその名前の主を知っていた。昕は次にこう言った。

「豪商の董謙と言えば分かりますか?」

「確か……董蓉の父親?迂闊だったわ。ごめんなさい、忘れていたわ。でも、董謙がなぜ?何か確執でも?」

 昕は静かに首を横に振った。ますます、瑛には分からなくなった。

「きっと、お義姉様がご正妻として迎えられたからでしょう。我々を董姨娘の味方にするためでしょうね」

「董姨娘の味方?」

 瑛は思わず聞き返してしまった。瑛の反応は思った昕の思った通りだった。

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