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紫の繍球花(8)

 だが、董蓉は正妻にはなれなかった。董薇は妹を潭国公に正妻として迎え入れる手配をしていた。それでも断念せざるを得なかったのは馮元妃の権勢が董薇より上だったからだ。


 一方で謹慎中の瑛は春蘭に喜酒のことを探らせに厨房へと向かわせた。瑛の2人の侍女は内院の中なら動けたからだ。他の姨娘たちに接触することと外に出たり、信件(てがみ)を出したりしなければ良いのである。

 春蘭は厨房の夏荷から密かに秦姨娘の話を聞かされた。夏荷は秦姨娘の話は真相に近いのではないかと告げる。ただ、真相に近くても秦姨娘は断言はしなかった。あくまでも推測である、っと。それを聞いた春蘭は踵を返した。そして瑛に秦姨娘の話をした。瑛は珍しく写経をしている。

「夏荷が聞いた秦姨娘の話が本当なら、喜酒は董姨娘と修儀様が仕組んだということでしょうか……」

「修儀様は董姨娘に力を貸しただけだわ。宛国公の血を引く私が潭国公に嫁いだとなれば皇太子殿下は2つの公爵家から支持を得ることが可能よ。それで困るのは修儀様だわ。それに私が嫡子を産めばいづれ潭国公の地位を継いで皇太子殿下にお仕えすることができる……そうなれば、今度は董蓉と桓の立場が危うくなる……父上と元妃様はそこまでお屋敷のことを考えているかは分からないけど」

 瑛の言葉に春蘭は納得したようだった。瑛は続ける。いつになく瑛は多弁になっていた。

「修儀様はまだお若い。この先、懐妊して皇子を産んだら正一品の「妃」になれるでしょうね。元妃様と同じ身分になるのよ。いくら、元妃様が副后(ふくこう)として後宮を治めていても、妃嬪には変わりないわ。父上が元妃様を立后をすすめていたけれど、大臣の蘭斉や尚書令が反対してるみたいね」

「何故です?」

「馮元妃様が先朝の皇族の出身だからよ」

 春蘭はあまり理解していないのか首を傾げている。瑛は写経をしていた紙に馮元妃の家系について書き出した。

「いい?馮元妃様のおじい様の馮毓(ふういく)様は先朝の北趙(ほくちょう)の出身よ。馮一族が太祖に従って功績を残して粛王(しゅく)に冊封された。粛王の爵位は一代の爵位とされて、その次の代からは潭国公を世襲しているの」

 瑛は紙に「潭国公馮毓」と達筆な文字で書いて、次に「元妃馮氏 馮藝香(ふうげいこう)」と書いて春蘭に低い声で静かに説明を続けた。

「先朝の皇族女性が後宮に入ることはめずらしくないけど、元妃様も例外じゃないわ。ただ、捕虜になって後宮に入ったわけじゃない。元妃様が皇太子殿下を出産して真っ先に「北趙の血」と騒がれた……皇太子殿下と元妃様が大衡国を乗っ取って「北趙」にするのではと噂されたからよ」

 瑛はそう言うと筆を置いて、2人の名前を書き出した紙を手に取ってくしゃくしゃに丸めた。さすがに一国の皇妃の諱を書いたことは不敬と思ったからである。しかし、春蘭の方はそれで理解できたのか、すっきりした顔をしている。

「元妃様と皇太子殿下が「北趙」の血を引いてなければ、問題はなかったということですね」

「そういうこと」

 そういう理由からか、馮元妃を支持する勢力とそうでない勢力が対立しているのである。立后反対派の尚書令、蘭斉、雁門郡公、金城伯は「北趙」との戦を進言しており、また、「北趙」を北狄(ほくてき)と見下していた。しかし、喉から手が出るほど、「北趙」の地では金や銀が採掘されており、養蚕や革製品も発達していた。そこを「北趙」の発展と共に奪おうと考えていたからだ。

 宛国公はそれに反対した。発展と共に国を奪うのは蛮行だと非難したのである。利益には不利益がついてくるものであり、利益ばかりを考えるのはいかがなものかと進言したのは先代の宛国公だった。先代の宛国公はどちらかと言えば柔軟で「北趙」をいかに受け入れても「大衡国」は揺るがないと思っていたのである。そういう考えを持って馮一族を朝廷に迎えるための尽力をした先代の宛国公は彼らの恩人だった。

 先代の宛国公が亡くなると馮毓は彼の功績を太祖に上奏して「(おん)」の諡号を与えて欲しいと懇願したほどだった。太祖は不敬と騒ぐ大臣らを知り目に馮毓の言う通りにした。そうして当代の宛国公と先代を区別する意味もあったが、多くの人々は親しみを込めて彼を恩公と呼んだ。


 瑛と春蘭が一息ついたときである。

「奥様!」

 冬梅が息を切らしながら部屋に入ってきた。春蘭は思わず冬梅に駆け寄った。

「冬梅、どうしたの?何があったの?」

春蘭が尋ねる。

「内院に静樂小主の侍女が来ているみたいです!少星が慌てていたので引っ捕まえて理由を聞き出したんです」

「それで?!」

瑛は思わず立ち上がった。

「実は静樂小主がお屋敷に訪ねたいと申し込んできたのですが、公爵様がお断りしたそうです。その件で2回も静樂小主の侍女がやってきたんです。公爵様は今日は弟君をお迎えする日でおもてなしができないと言ったらしいのですが……もしかしたら、静樂小主は納得いかなかったのかもしれませんね」

 瑛は不敵な笑みを浮かべる。春蘭は彼女が何か企むのではないかと内心で不安になった。また、潭国公に謹慎にされて、最悪の場合は休妻(りこん)されるのではないかと思ったからである。

「春蘭、采玉でも采容でもいいから、とっ捕まえて伝言をお願いして」

「えっ!わたくしめが!?」

「あたなたは気が強いからお願いしてるのよ?」

「分かりました」

「いい?よく聞いて。謹慎中なので静樂小主の饗応は董姨娘にお任せする、っと」

 春蘭は何回も頷いた。冬梅はこれから何が起きるのか分からなかった。ただ、静樂が鍵となって瑛のおかれている状況が打開できるのではないかと薄々ながら感じていた。春蘭はため息をしてから心をおちつかせるように息を吐いた。

「伝言を届けに参ります」

「助かるわ、くれぐれも手荒な真似はしないで」

「はい」

 春蘭が出ていくと、どこか不安げな冬梅は瑛に静樂のことを尋ねた。

「静樂小主はなぜ潭国公府に?もしかして、秦姨娘に頼んだ信件(てがみ)に何か書いたのですか?」

「私は何も。きっと、母上か父上が考えたのよ」

「静樂小主は皇太子殿下の側室ですから、小主の一声があれば奥様の謹慎が解ける……そこまで考えたということですか?」

「しかも、静樂は再従姉妹(はとこ)よ。親類に会いに来て妾が対応したら何て思われるかしら?冬梅が言ったとおり、静樂は皇太子殿下の側室。それなりの立場がないと顔を合わせるのは容易ではない。それで困るのは公爵様よ」

 瑛は董蓉に与えらている身分では太刀打ちできないと睨んで春蘭に伝言を託したのである。それに潭国公にとって静樂の訪問は寝耳に水だ。自分が謹慎中なのにどう対応するのか見てみたかった。


 少星が潭国公の書斎に倒れ込みそうな勢いで入ってきた。それを見た潭国公は嫌な予感がしていた。

「静樂小主の侍女は何と?」

「正妻と差配役の妾がいるのに手が回らないことがあるか、っと」

「困った……夫人が謹慎と知れば静樂小主や宛国公に不信感を与えてしまう。董蓉で手が回らなければ他の姨娘たちも手伝わせるように!」

「それですが……」

「なんだ?」

「昕若様から引越しは自分でやると董姨娘に告げたそうで……」

「なら、昕のことはそちらでやってもらおう」

 潭国公が明るく言ったが、少星の声音は暗く、そして呟くように彼へ言った。

「奥様以外で静樂小主と対等にお付き合いできる姨娘はいませんよ?」

 その一言で潭国公は頭を抱えた。潭国公の脳裏に瑛の顔が浮かび上がってきた。しかし、短期間で瑛の謹慎を解いたら雁門郡公夫人はどう反応するだろう。

(瑛の謹慎を解くのが一番、よい解決策だ。しかし、雁門郡公夫人は納得するだろうか?仮にまた如真、陳姨娘がある事ないこと信件に書いて送ったら…)

 潭国公は天井の一点を見つめた。どう考えても瑛の謹慎を解いた方が今後のためにも良いのではと感じてはいるが、長い付き合いである雁門郡公にどう釈明すべきかも考えなくてはならい。潭国公の心中は八方塞がりだった。

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