幕間019 縫条正義の奴隷たち
奴隷商店のとある一室、そこは奴隷たちを治療する診療室になっています。
奴隷をわざわざ治療するのか疑問に思う人もいるかもしれませんが、商品である奴隷をより良い状態に整えることは商売では非常に重要なのだそうです。
とはいっても治療行為というのは本来、高度な知識や技術が必要ですごくお金のかかることです。奴隷商店で施されるものなんて、せいぜいが風邪の看病やかすり傷の手当くらいです。
しかしながら今の診療室は事情が変わりました。
現在その診療室で治療を担当しているのはフゴさんという名の猿人族のおじいさんです。
そうです。セイギ様が購入して、地下室で病気の少年を治療して見せたおじいさんなのです。
地下室での一件の後、セイギ様と奴隷商人が何やら話し合って、フゴさんに診療室を任せることになったそうです。
フゴさんのスキルは『治癒の光』というものです。
私も治療を受けましたが失った手が戻ることはありませんでした。それでも手枷のために空けられた杭の跡は治りましたし、切断された断面もきれいに塞がっています。
「結局、ワシのスキルはあの子を助けられるものでは無かったようじゃがの。今はこのスキルがどういうものか知れたことで、こうして誰かを治療することができておる。セイギ様には感謝しかないのう」
フゴさんは過去に病気だった知り合いの子を助けられなかったことを悔やんでいました。
しかしながら初めてフゴさんに会ったときは、セイギ様の指示で苦しんでいた少年を治療することができていました。
そのことについては、セイギ様も最初は上手く説明できないようでした。奴隷商人や他の奴隷たちに色々と魔力のことについて聞くことで、ようやく説明していただけました。
フゴさんの『治癒の光』とは直接怪我や病気を治癒するものではなく、相手の魔力を活性化させるスキルなのだそうです。
魔力とはこの世界のどこにでもあって、もちろん私たちの中にもあります。そしてその魔力はスキルや魔術を使うためだけでなく、体の元気や身体能力にも影響を及ぼしています。
魔力を活性化させることで身体は強くなりますし、傷や風邪なんかの治りも早くなります。
私の腕のように本来治るまでに長い月日がかかる傷でも、魔力を活性化することですぐに治癒できてしまうのです。
「それもあくまで自己治癒の範疇であるからな。欠損部からその部位を新たに生やしたりそもそも自己回復が不可能な病気を治すなんてことはできない、ということである。言ってしまえばフゴ爺のスキルは相手の能力を高めさせる類のものであるな」
セイギ様のお話では病気にも種類があって、体力を回復して自然治癒できるものもあれば、どんなに身体が元気でも病魔が進行するものもあるそうです。
きっとフゴさんが救えなかったという子もそういった病気だったのでしょう。
セイギ様は他人のスキルがどういったものか見極めることができますが、そもそも魔力というものをよく知らなかったらしいです。
そのため知識を得るまではフゴさんにも上手く説明できなかったのです。
それでも初めて会ったときにフゴさんに治療してみるように指示したのは、理屈はわからなくても何ができる能力なのかは分かるから取り敢えずやらせてみただけ、らしいです。やはりセイギ様はスゴい人です。
「ふぉっふぉっふぉ。何はともあれ自分でも見限っていたスキルだったというのに、おかげでワシもまだまだ誰かのために生きて行けるというものじゃ。このスキルの性質を理解できてから、さらに上手く操れるようになってきたしの。こんな老いぼれにもまだまだ可能性が広がってるということじゃな」
そう言って愉快そうに笑い声を漏らします。
何だかあの地下室にいた頃よりフゴさんがすこし若返っているように見えました。