073 異世界と捜索2
貧民区での捜索をはじめて1時間ほどがたつ。
最初こそここらで見かけない二人、それも一人は小柄な女性ということもあってチンピラにからまれそうになったが、ノエルがひと振り鉈を向けて相手の髭を切り落とすと、ちょっかいをかけてくる人間もいなくなった。
「話を聞いた限り、最近このあたりに怪しい人物を見かけたらしいが……。今は見当たらないな」
「その目撃談も子供の様だったり、肩幅の広い男の様だったり、華奢な女性の様だったり様々だったな。共通していたのは誰かを探しているようだった――か」
目撃されていた人物がもし生徒たちだとしても、貧民街で人探しと言うのは引っかかる。
何か事件にでも巻き込まれていないかと不安が鈍く頭を叩く。
「次はあっちの方で聞き込みをしてみるか――、うん?」
「どうかしたか?」
「なんだか一瞬、空気が変わったような気がしてな。なんだかこう、どこからか誰かに見られているようなぞわりと鳥肌が立つ感じがしたんだが……」
「ふむ。よそ者が聞き回っているから多少警戒はされているだろうが」
そういう感じでもないんだが……。
上手く表現できないが、とりあえず周囲に警戒はしておくか。
「おい。見られてるぞ」
警戒しようと思った端からノエルが何かに気づく。
俺と同じ違和感を感じたのかと思ったがそうではないようだ。
「斜め後ろにある路地のところだ。さっきからフードをかぶったやつがこちらを見ているぞ」
ノエルが言う先にちらっと視線を向けると、フードを目深にかぶったローブ姿の人物がこちらの方を窺っていた。
ローブ姿の人物はこちらが気づいたことを察したのか、慌てたように路地へと走り出す。
「追うぞナナエ」
言うが早いか、ノエルが地面を蹴りつけて跳ぶように駆けていく。
俺もすぐにその後を追うが、ノエルはさっさと路地裏へと追いかけて行ってしまう。
少し遅れて路地に入ると、路地の奥でノエルが不審者を取り押さえていた。
ローブ姿の人物は逃げ出そうと藻掻いているが、片腕を後ろに回され背中を膝で抑えられているのでそうそう抜け出せないだろう。
「お前は何者だ。なぜこちらを見ていた」
ノエルが誰何するが、それには答えずにさらに藻掻く。
そして藻掻いた拍子にフードがずれて、見知った顔が見える。
「――由良先生? どうしてこんなところに……」
思わぬ相手に声が漏れた。
ローブの人物の正体は私立境天寺学園の新人教師であり、担当は音楽。そして、あの2Dのクラス担任である。
「ナナエの知り合いなのか?」
「まあ、そうだな。俺の同僚なんだが――」
その先を説明するのに少し躊躇した。
三嶋と矢早銀以外の2Dの生徒は全員が失踪してしまった。そしてその後すぐに担任である由良先生も学園から姿を消してしまっていた。
仮にいなくなった生徒を探すためだったとしても、相談も連絡もなく姿を消した上に残った生徒は放置している状態だ。
それを説明するのが、身内の恥をさらすような気持になってしまった。
「須藤先生……。私を捕まえに来たんですか?」
由良先生も俺に気づいたらしく、藻掻くのを止めてこちらに問いかける。
勝手な行動をしている自覚はあるのか、どこか居心地の悪そうな口調だ。
どうも由良先生は俺が自分を連れ戻しに来たと思ったらしい。
そういえば学園からは由良先生を見つけたときの対応については聞いてなかったが、生徒と同じだとするとしばらくはこの街で暮らしてもらうことになる。
大人と言っても一人で学園まで帰らせるのはまずいだろう。そもそも勝手に学園から飛び出すような人だしな。
「由良先生を捕まえに来たと言うか、いなくなった生徒たちを探しているんですよ」
「そう、だったんですね。……えっと、……私も、生徒たちを探していて」
ノエルが拘束を解くと、ゆっくりと立ち上がりながら少し歯切れ悪くそう答える。
まあ自分も黙って学園から出てしまったのだから後ろめたさはあるのだろう。
それにしても、なぜ由良先生は学園から馬車で数日かかるほど離れたサウールの街にいるのだろう。王都なら学園も近いし、いなくなった生徒がいる可能性も高いと思うのだが。
「それは王都で変わった若者が団体で馬車に乗って行ったと聞いたので」
「なるほど。確かに2Dの生徒たちが一緒に行動してるならそれなりに目立ちますね。生徒たちがどうやって馬車に乗れたのかは気になりますが」
馬車に乗るのにはもちろんお金がいる。
俺たちは学園が色々準備してくれていたのだが、学園から着の身着のまま抜け出しただろう生徒たちが馬車の手配ができるとは思えないのだが。
「どうやら制服なんかを売ったそうなんです。この世界だと合成繊維も珍しいですし高値でやり取りされてるらしくって」
サウールで見つけた轟と保倉は王都で簡単な冒険者の依頼を受けていたらしいが、生徒たちが全員そういうわけでもないだろう。
確かに制服に限らず、元の世界の物はこの世界にとっては未知であることも多いだろう。
電子機器類は動力の問題で難しいだろうが、布などは品質から価値もつけられやすいし売った金でこちらの世界に合った衣装を手に入れられるなら一石二鳥だ。
「由良先生もご自分の服を?」
「いえ私は腕時計を買い取ってもらいました。この世界では時計としての価値はないでしょうけど、アクセサリとしても珍しい意匠になるようだったので。服は目立たないようにこちらの物を買って、元の服は荷物にまとめてありますけど」
こうして色々とお金に換えられるとなると、生徒たちの行動範囲は広くなるな。
さすがにそう簡単に国境までは超えられないだろうが。それも冒険者なら国をまたいで活動することもあるので悠長には構えてられない。
「須藤先生は、この街でだれか生徒を見かけましたか?」
「先日、轟と保倉っていう生徒を見つけることはできたんですけどね。まだその二人だけで……」
「へぇ。二人も居たんですね」
この街で見つけた生徒のことを話すと、少し声のトーンが下がった。
由良先生は一人で捜索しているようだし、まだ生徒たちを見つけられていないのかもしれない。
そういえば三嶋と矢早銀のことはどうしようか。
二人をこのまま由良先生に会わせるべきかどうか。二人にとっては自分たちを放置して消えてしまった担任だからな。